第70話
数日後、ダーナ城からある輸送隊の一団が旅立った。彼らの目的地は中部ハーノイン総統府への支援である。開戦が近いため多数の兵士を送ることはできなかったが、装備に兵糧と必要不可欠な物資である事は確かである。量産品である鎧を身に纏う彼らの中にあって一人、鎧らしい鎧も身につけていない、うら若き少女の姿があった。
少女の名はアンリ、ヴァイスリッターと呼ばれる特務隊に名を連ねる精鋭であった。
「アンリ様、もうすぐ例の場所に入ります」
連絡役と思しき男の言葉を受けて、アンリは静かに顔を上げる。
「……分かった」
中部ハーノインに物資を送るのは初めてではない。以前にも一度物資を送っているが、そのときは山賊に襲われて失敗しているのだ。輸送隊とはいえ正規の軍人、数が少ないとはいえ山賊ごときに数で劣るほど少なくもないはずなのに、である。そんな訳で今度はヴァイスリッターであるアンリを伴い、護衛兼実態の調査を行う事になったのだ。
(全く、どうしてオイラがこんな役目を……。調査も何もどうせ油断してたに決まってるのに……)
どうせそんな所だろうと思ってはいるが、それを表に出すほど彼女は愚かではない。戦争が近いというのにこんな妙な仕事を押し付けられたのだ。この憂さは山賊どもにぶつけてやろう。ヴァイスリッターと言ってもその大半は平民の生まれであり、彼女自身も例外ではない。彼らに尊敬の念を抱く者もいれば、懐疑的に見る者も少なくない。だから本当に山賊が襲ってきたのなら、その実力をいかんなく見せつけてやる事が出来るのに、と。
不運なのか幸運なのか、程無くしてその機会は訪れた。輸送隊がトルーデン山の北側、崖と森に挟まれた場所を移動していた時である。突如何者かの弓による襲撃を受け、一瞬で全ての馬車馬を殺されてしまったのである。
馬を失ってしまえば当然荷物の運搬が困難になる。隊員達に動揺が走った。
(まずは足を奪ってからの襲撃。一見合理的なようだけど、荷物の運搬が困難になったのは山賊にとっても同じはず。アジトが近いのか単なるバカか、あるいは他に運ぶ手段でもあるのか……)
アンリが冷静に状況を分析する中、近くに隠れていた山賊たちが一斉に襲い掛かる。山賊の事は把握していたとはいえ、アンリがいる事で慢心していたのだろう。しかしそれでも正規兵。馬車を背にして囲まれないように応戦する。
「さてと、そろそろオイラも参加しますか」
アンリがメイスを手に構えると、その先端は青鈍色の光を持った。
「何だ嬢ちゃん、雑用係か何かかい? 死にたくなかったら武器を捨ててその場に伏せな」
だが賊に捕まった少女がどうなるかなど考えるまでもない。第一その少女は山賊を狩るために同行したのだ。投降などあり得ない。
アンリは不敵に口角を上げると、あっという間にその山賊との間合いを詰めた。そして手に持ったメイスで彼の横腹に一撃を叩き込んだのである。
相手が少女という事で油断していたのだろう。不意を突かれた山賊は何も出来ないままその攻撃を受け、文字通り砕け散った。
戦場に不釣り合いなその快音。それはその場にいた多くの人の視線を集め、結果アンリと魔導器の存在を知らしめる結果となる。
「気を付けろ! その娘、魔導器使いだ!」
「お頭を呼べ! 絶対にあの娘と戦うな!」
山賊たちが大声で指示を飛ばす。やはりただの山賊ではないのか、魔導器の存在を知りつつも引く様子もない。それ所か、彼らの口振りから察するに、彼らの頭目は魔導器使いと渡り合えるという事なのか。
ともかく彼らが応戦しないのであれば自分から仕掛ける他ない。アンリは適当な山賊に狙いを定めると、メイスを構えて一気に駆け寄った。
「ひいっ!!」
狙われた山賊が恐怖に顔を引きつらせる。だが今更遅い。アンリはメイスを振りかぶり、その先端が山賊の頭部を…………捕えようとした瞬間、その山賊は有り得ない動きで状態を逸らして回避し、そのまま地面へと倒れ込んだ。
「交代だ、この場はわたしが引き受けよう」
先ほどの山賊の動きは、彼女が後ろから引っ張った結果なのだろう。山賊と入れ替わる形で現れたのは、アンリよりも少し年上と思しき若い女であった。
山賊とは思えないほど身なりがよく、品もよく、身長もある。山賊連中の中にあって一際異彩を放つその女性、おそらく彼女が山賊の頭なのだろう。何故彼女のような人が山賊を率いているのかは不明だが、彼女の振るう剣には確かな型があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます