第71話

「氷結の魔導器、と言ったところですか。殴ると同時に相手を凍らせそのまま粉砕する。鎧の上からでもそれが可能で、武器の形状から剣で受ける事もできない、と」


「ご明察。山賊の頭というから脳筋のゴリラを想像してたんだけど、中々教養のある人みたいね。どうしてお姉さんのような人が山賊を率いているのかは知らないけど、おいらに挑んだ事を後悔しながら死んでいくといいよ」



 ようやく面白い戦いができそうだとばかりに、アンリは武器を構え、そして口角を上げた。



「頭……?」



 アンリの言葉を聞いて微妙な反応をする女。だが間髪入れずに殴りかかったアンリに対応して即座に回避した。


 アンリのメイスは事実上の一撃必殺。女の推測通り、鎧の上からでも有効だし剣で受けても能力とは無関係に剣が打ち負けてしまう。そのため女は終始回避行動に徹さざるを得ず、結果じりじりと追い詰められていった。


 女もただ回避に徹していた訳ではない。剣を構え、隙あらば一撃必殺のカウンターを決めるつもりだった。だがそこは帝国一の精鋭部隊と言われるヴァイスリッター、そんな隙などそもそも存在しなかったのである。


 アンリの攻撃を回避しつつも後退していく女性。そうしている間に地面に転がっていた輸送隊員の死体を踏んでしまい、バランスを崩してしまう。それを見逃すようなアンリではなかった。アンリの渾身の一撃が振るわれる。



「くっ……!」



 女が奥歯を噛み締める。死を目の前にしてのこの落ち着きようは、やはり彼女がただの山賊ではない事の証明と言えるかもしれない。だからと言って思いとどまるつもりなど、アンリには毛頭無かったが。


 そして叩きつけられるメイス。その対象が人間であれば、一撃の元に破壊する事が出来る、ハズだった……。



「え……、何で……?」



 それは一体どういう事か。触れたモノを凍結させるメイスの魔導器、その一点において、止めた殴ったの違いなど皆無。だというのに、女を守る形でメイスを受け止めた見知らぬ少女。メイスを止めたその少女の手は、どういう訳か一切の凍結が見られなかった。


 慌てて距離を取るアンリ。



「よく持ち堪えたミーシャ、後はわてに任せろ」


「はい、お役に立てず申し訳ありません」


「そんな事はない。魔導器使いを相手に時間を稼いで生き残ってくれた。十分だ」


「……はい、ありがとうございます」



 動揺するアンリをよそに二人はそんな会話を交わし、女は距離を取るのだった。


 女と入れ替わる形で現れたのは、アンリとほぼ同世代の少女だろうか。長い黒髪が印象的な少女だが、先ほどの会話を聞く限り、本当の頭は彼女なのだろう。



(何この子……、今魔導器が効かなかったことだけじゃない、纏っている雰囲気そのものが普通じゃない……!!)



 詳しい事は分からないし根拠もない。だがアンリの本能が訴えかける。『こいつには絶対に勝てない』と。



(そんなはずはない、おいらはヴァイスリッター。たとえ落ちこぼれ気味でも、帝国一の精鋭部隊なんだ……)



 引く事は出来ない。引けば自分と仲間の名誉に傷が付く。だからアンリは本能の訴えを押し殺し、三度メイスを構えて殴りかかる。


 少女の腰には剣が下がっているが、油断しているのかそれを抜いてもいない。だから仕掛けるなら今しかない。そう判断しての奇襲。しかしその判断はある意味正しく、そして無意味な判断であった。


 振るわれるメイス。まともに当たれば一撃必殺であるはずのその魔導器を、少女は再び素手で受け止めてしまう。と同時に、アンリの鳩尾に少女の拳が叩き込まれた事に気付いたのは、アンリの意識が闇に溶けていく直前の事であった。



「ひえ~~、流石お頭。魔導器使いをたったの一撃で伸しちまうなんて……。敵に回したら恐ろしいけど、味方にしたらこれ以上頼もしい人もいねえな」



 他の兵士たちも既に制圧し終えていたのだろう。少し離れた場所で、見ていた山賊の一人が、決着を見て近寄っていく。



「そうでもない、練習以外で魔導器を起動したのなんて初めての事だ。大した相手だよ」


「えっ、お頭も魔導器を持ってたんですかい? っていうか使えるんですかい?」


「うむ一応な。元は祖父の愛刀だったらしいが、縁あって今はわてが所有者だ」


「へぇ、お頭の爺さんだからやっぱり相当強かったんでしょうねぇ……」



 強いも何も歴史に名前が残るレベルの偉人なのだが、それを公言するのもなんだが身内の自慢をしているようで、少女はあえて何も言わない。



「ところでそいつ、死んでるんですかい?」



 山賊がアンリを指さして言う。



「いや、気を失っているだけだ。時間がたてばじき目を覚ますだろう」


「え、じゃあ早めに止めを刺しておいた方がよくないですか?」


「この子の魔力は決して高くはない。魔導器がなければ外見同様の女の子でしかないだろう。しばらくわての側に置いて説得を続けてみようと思う」


「は、はあ……、お頭がそう言うんでしたら……」


「うむ、ではいつも通り、持ち運べる積荷だけを奪って、残りは近隣の村々にくれてやれ。わてとミーシャは先に帰る」


「へい、お任せを」



 そう言うとお頭と呼ばれた少女は、気を失ったアンリを肩にひょいと担ぎあげると、アンリの持っていたメイスをミーシャに手渡した。



「使えそうか? ミーシャ」


「……いえ、私では扱えないようです。すみません」


「謝る事はない。魔導器は相性と適正が重要らしいからな。こればかりはどうしようもない事だ」


「……はい」


「ところでミーシャ、少し疑問なんだが、たかが山賊退治に魔導器使いが駆り出されたりするものなのか?」



 表情に影を落とすミーシャを見て、少女は不意に話題を変えた。



「いえそうではないでしょう。それもあるかも知れませんが、帝国の本来の目的は中部ハーノインへの援軍だったと考えられます。今、ダーナ城には帝国軍が、フェルビナ城には王国軍の大軍が集められており、一触即発の状態と聞いています。そんな中でまとまった兵を総統府に送る事は難しかったのではないかと……」


「なるほどな、戦いが始まるのであれば是非とも参加したいものだが……、まあ今のわてらの戦力ではそれも難しいか。まあいい、こうしている事が愛する兄と妹の助けになると思えば……」


「……そうですね、私たちがお二人の戦力に加わる事も、そう先の事ではないでしょう」


「そうだな、二人はわてと違って頭がいい。きっと次の戦いでも勝利してくれるだろう」


「……はい。比較相手が悪いだけで、殿下の頭が悪いとは思いませんが」


「うむ、では帰るとするか」


「はい」

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