第62話
中部ハーノインにそびえ立つ巨大な山、トルーデン山。中部ハーノインから西部ハーノインに移動するにはこの山を北か南に迂回するしかなく、北がグリント街道、南がユベルの谷に繋がっている。
この山の南東に位置するロンメルの町は入り組んだ地形をしており、町の規模もそう大きくはない。だがその立地の重要性を見抜いたセネトの指示の元、徐々にこの地にレジスタンスのメンバーが集められていった。
ロンメルの町に常駐する帝国兵はおよそ四百人。その四百人を、レジスタンスのメンバーがあるタイミングで同時に襲撃したのである。
元から数が少なかったこともあるが、帝国側はロンメルの町の重要性を理解していなかったのだろう。そしてロンメルの町を落とした時とほぼ同じ作戦とタイミングで、トルーデン山の南にある主要な町数ヶ所を立て続けに占拠したのである。
理由は簡単、総統府はロンメルの町のずっと東北にあるため、総統府から討伐隊が出てもロンメルの町が盾になってくれるという安心感があったのだ。これによりトルーデン山の南西側はほぼ全てレジスタンスの支配下となり、町の住民も帝国の報復を気にすることなくレジスタンスの協力する事が可能となったのである。
「凄えなあの坊主。あっという間にユベルの谷周辺の土地を手中に収めちまった」
「セネトの立てた作戦は理に叶っていると思っていた。何より奴の容姿に少し思う所があってな……」
「えっ? そりゃどういう……」
「何でもない、こっちの話だ」
「そ、そうですかい?」
ホームズの発言に引っかかりを覚えるも、それ以上ゲオルグは追及することはしなかった。
「いえ、今感心してもらっても困ります。大変なのはこれからなんですから。何せ僕たちはまだ一度も帝国軍と戦ってはいません。早ければ二ヶ月、遅くても三ヶ月後には討伐隊がやってくるでしょう。それまでに可能な限り防衛の準備を進めておきましょう」
「そうだな、その通りだ」
ここまでの戦略を発案したセネトは、今やすっかりレジスタンスの中核である。当人の能力が高いのは当然として、それ以上になんと言うか彼は、慣れている、と、そんな印象をゲオルグは抱いた。
人を動かした経験が豊富とでもいうべきか。そう言えば元々ホームズも貴族の生まれだったか。アイシャが街で見つけてスカウトしたという話だったが、セネトもセリカも恐らくただの庶民ではない。根拠はないが、ゲオルグは確信していた。
ロンメルの町に集ったレジスタンスや義勇兵が次に行ったこと、それは大規模な土木工事であった。立地に優れているとはいえ、ロンメルの町は普通の町である。そのため戦いに堪え得るような増改築が必要だった。同時に討伐隊が進軍してくるであろうルートを予想し、有利な場所に拠点を築いていった。
ハーノインが滅んでから二十余年。その間小規模な反乱は度々起こっていたが、一戦も交えることなくこれほどの規模に成長した反乱軍は過去一度もない。だからこそ次の一戦、これに勝利する事が出来たのならハーノインの地を帝国から取り返す事も、もはや夢物語ではなくなるのだ。
中部ハーノイン総統府は、トルーデン山の東北に位置する。旧王都シトラスが先の戦争にて機能不全に陥ったため、ミッドランドはシトラスを放棄して現在の場所に総統府を置いた。
ミッドランドは当時、アルヴヘイムという魔族の住む地を植民地にしていたが、ハーノインに勝利する少し前に独立を許してしまっていた。だからミッドランドは、その代わりとばかりに新たに手に入れたハーノインに対して苛烈な支配を敷いたのである。加えて立て続けに起こった連合、そしてセルベリアとの戦争。またラクリエ王女の一件も加わって各地で反乱が相次いだ。ラインクルズを総統に就けたのも、ハーノイン人の方が領民も納得するだろう考えてのことだったが、これは完全に逆効果だったようだ。例の件に関して何かと黒い噂の絶えないラインクルズは領民に全く信用されていなかったのである。
ラインクルズは決して無能でも圧政者でもない。だがそんな状況で国を治めようとすれば力づくで統治せざるを得なくなるのも無理からぬことであった。
(こんなはずではなかった。ハーミッド戦争の最中、ハーノインを裏切ってミッドランドの側に付き、余力を残したままハーノインに滅んでもらう算段だった。だが何故か国王に内通を疑われ、裏切るタイミングを完全に逃してしまった。加えて何を血迷ったのか、王は国土の三分の一を連合に明け渡し、更に多数の国民を亡命させた。結果土地があっても領民がおらず、また残った領民の多くが反骨心溢れる連中だった訳だ……。ハーミッド戦争でハーノイン軍が壊滅した事も大きかった。結果治安維持の為に他所から兵士を連れて来ざるを得ず、領民と総統府との間に溝が出来てしまった。分からない、どこで間違ったのか。強いて上げるなら連合とハーノインが接点を持った辺りからだろうか。その頃から王が過剰に連合に肩入れするようになってしまった気がしないでもない……)
総統府の自室で一人頭を抱えるラインクルズ。そんな彼の部屋の前に、部下の兵士が慌てた様子で駆け寄った。
「ラインクルズ様、ご在室でしょうか? たった今火急の報せが届きました。ロンメルの町を含むトルーデン山南にある町が、相次いでレジスタンスにより占拠されました!」
「何だと!?」
ラインクルズはその報せに驚き、急いで兵士を招き入れる。
「詳しく話せ、そのレジスタンスというのはまさか……」
「はい、ラクリエ王女の遺児とやらを擁している連中です。その件で戦力が集まったため、具体的な行動に出たのでしょう」
「直接は仕掛けず、先に領地を確保したのか。意外だな、もっと城などの戦に適した場所を取ればいいものを……」
「全くです。あんな町をいくつ落とした所で意味などないでしょうに」
「意味はない……か」
「…………?」
(あの町はトルーデン山の麓にあって地形も入り組んでいる。攻める側にとっては不利。加えて山の南側一帯を支配下に置いたというのなら、そのあたりの戦力を全てロンメルの町に集中させることも可能になる。ロンメルの町を素通りして南側を攻めるのは難しい。その先にはユベルの長城とガルミキュラ王国しかないからな。問題なのはこの状況を作ったのが作為的なものなのかという点だ)
ラインクルズは曲がりなりにも元将軍であり、総統となってからも反乱軍相手に戦い続けてきた実績がある。当初こそロンメルの町の立地を軽んじていたが、よく考えると重要な拠点なのではないかと思い始めたのだった。
(ラクリエの遺児というネームバリューにこの戦略。単なる偶然であればいいが……)
これまで幾度も経験してきた反乱軍の討伐。だがこのときラインクルズは、この反乱に対して言い知れぬ不安を抱いたのだった。
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