第61話

 シトラス王都跡から南東に五日ほどの場所、険しい山の麓にそれはあった。レジスタンスの本拠地である。一見すると普通の村にしか見えないが、大人に交じって子供も武器を以って鍛錬しているあたりやはりそうなのだろう。


 そんな中二人は、ゲオルグに連れられて村で最も大きな家、レジスタンスのリーダーの元へ案内された。先に顔を見られると厄介な事になりかねなかったので、セリカだけはフードで顔を隠して行く事にした。



「ゲオルグから話は聞いている。ハーノイン王女の娘らしいな。俺はレジスタンスのリーダーホームズだ、よろしく頼む」


「よろしくお願いします」



 セネトたちが案内されたのはホームズの家、その客間である。リーダーというからもっと年配を想像していたが、意外にも四十手前くらいの男であった。そしてホームズの隣には、彼よりも一回り年配の男の姿もある。



「あいにく俺は王女の顔を知らないのでな。確認の為に彼に同席してもらった」



 ホームズの紹介に合わせて、隣の男も軽く会釈をする。



「では早速だが、そのフードを外して見せて欲しい」


「……はい」



 そう応えたセリカは、少し勿体ぶるようにフードに手をかけ、そして外した。


 沈黙が流れた。セリカの顔を見たホームズは感嘆を声を漏らす。男の反応はもっとあからさまで、すがるような手をセリカに向ける。



「…………間違いありません。この子はラクリエ王女の生き写し、ハーノイン王家に連なる者です」



 噛み締めるように語る男の頬に、一筋の涙が伝った。



「……そうか、済まなかった」


「……えっ?」



 不意にホームズの口から出た謎の言葉。その言葉に疑問を挟む間もなくホームズは立ち上がり、



「聞いていたな、すぐにこの事を村中に知らせろ! 村外の支部にもだ! 今日この日を境に、我らの活動は大きく躍進する事になるぞ!」



 周囲の部下たちにそう命令すると、威勢のいい返事と共に彼らは急いで部屋を後にした。今更考えるまでもない。彼らにとってこれは、それほど重要な出来事なのだ。


 ゲオルグだけが大げさなのだと勝手に思い込んでいた。だがそれは違っていた。セリカは今になってようやく、レジスタンスの旗印になった事、それを受け入れた事が少しだけ怖くなった。



 ラクリエ王女の遺児が見つかったという話は、レジスタンス独自のネットワークにより瞬く間にハーノイン中に広まった。ラクリエはかつて、美しい容姿と控えめな性格から国民に慕われる一方、その悲劇的な最後から半ば伝説と化している人物である。その遺児が見つかったのだ、ハーノイン領民が歓喜しない訳はなかった。


 だが当然いいことばかりではない。報せを知ったハーノイン総統ラインクルズがレジスタンスの関係者を多数捕えて拷問、あるいは密偵を使ってセリカの居場所を探し始めたのである。


 ラインクルズはかつてハーノインの将軍であった。しかしハーミッド戦争の中期に王に内応を疑われ幽閉された。その後ハーノインが敗北すると、ミッドランドによって解放されリチャードの部下に。更にセルミッド戦争でリチャードの側に付き、戦後中部ハーノインの統治を任される事となった。


 だがそんな彼も、領民には全くと言っていいほど人気がなかった。証拠がないとはいえ、ミッドランドと通じてバロック砦の変の手引きをしたとされる人物である。そんな彼が戦後リチャードに気に入られて総統にまでなった。彼がアニス教徒であることも周知の事実であり、怪しくない訳がなかったのだ。



「準備は整いました。我らレジスタンスと義勇兵を合わせれば六千程になるでしょう。今こそ力を合わせて総統を叩く時です」



 ゲオルグがそう力説する。



「分かっている。だが総統府の戦力は三万を超える。無策で挑んでどうにかなる戦力差ではない。それともゲオルグ、何か良い策でもあるのか?」


「それは……」



 ゲオルグは根っからの猛将タイプの人間である。策を用いるのはあまり得意ではない。そんな中……、



「先にロンメルの町を占領……、いえ、一斉決起して本拠地をここに移しましょう。立地から考えて、今後最も重要な拠点になります。初手で取っておくのが得策かと」



 そう発したのは、セリカの恋人という事以外に何の肩書も持たないセネトであった。だが……、



「悪いな坊主、俺たちは今大事な話をしてんだ。少し向こうに行っててくれないか?」


「えぇ……」



 ゲオルグににべもなく却下されてしまう。



「いや待て、ロンメルの町が重要な拠点になると言ったな? その根拠は何だ?」



 対してホームズはセネトの提案に思う所があったのだろう。更なる意見を求める。



「あ、はい。この町はトルーデン山の麓にあり、守りに適しています。数で劣る僕たちが地形を利用するのは戦術の基本。古くはベルガナ戦争において現ガルミキュラ国王の……」


「……そういうウンチクはいいから、要点だけを話しなさい」


「あ、はい。数で劣る僕たちがいきなり総統府を落とせるほど戦場は甘くないでしょう。なのでまずはロンメルの町とユベルの谷のあたりを支配下に置き、総統府を挑発します。これを放置したら国中の町や村が真似をするので、総統府はかならず討伐隊を差し向けてくるでしょう。そこで僕たちがロンメルの町の立地を利用して返り討ちにします。この一戦に勝利する事で、多くの市民はレジスタンスに協力するようになるでしょう。レジスタンスに協力したくても勝てる訳がないと思っている人が大勢集まってくるからです。そこまで行けば戦力差も三対七程度には縮まっているはずです」


「……ちなみに三は?」


「僕たちレジスタンスです」


「……まあそうだよな。だがなかなか面白い戦略プランだ。セネトとか言ったか。君の案、採用させてもらおう」


「あ、ありがとうございます」



 ホームズの決定にセネトが頭を垂れる中、



「いいんですかいリーダー、そんなに簡単に決めちまって……」



 ゲオルグがそう疑問を口にする。



「ゲオルグ、この際だから言っておこう。俺は無能だ。だがな、部下のどの意見を採用するべきか、この一点だけには自信を持っている。大丈夫だ、きっと上手くいく」


「……そうですか、いや失礼しました。ぽっと出の少年だからと色眼鏡で見ていたのかもしれません。スマンな坊主」


「いえ、それが普通の反応だと思います。気にしないで下さい」



 いい意見があれば発言者の立場に関わらず採用するホームズと、間違いだったと分かればきちんと謝罪するゲオルグ。こういったシステムがしっかりしていながらも風通しのいい組織は強い。圧倒的な戦力差がある事に変わりはないが、案外何とかなるのではないかと、セネトは思うのだった。

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