第63話

 程無くしてハーノイン総統府から、討伐隊一万二千が差し向けられる事になった。対するレジスタンス側は、支配下に置いた町や村から少しずつ兵を集め、六千程の数になっている。それでも討伐隊の半分以下、総兵力だと五倍以上もの戦力差があるのだが、その戦力差に委縮する者はいない。


 ハーノインが滅んでから実に二十年、その間どこかしらで反乱は起こっており、領民もそんな中で育ったのだ。何より今はハーノイン王家に連なる者もいる。故に彼らに恐怖はなく、それどころか自分たちの力でハーノイン王家を復活させるのだと息巻いていた。



 トルーデン山から南東に向かって流れる川、ハン川。さほど大きな川ではなく、危険な生物等もいない。その為討伐隊の本隊五千はごく自然に渡河を実行した。目的地であるロンメルまではまだ距離があり、斥候は使っていたものの過剰に警戒する必要もなかったのである。


 渡河は問題なく完了し、彼らは濡れた体を温めるために火をおこし野営を始めた。もちろん常識的な範囲で警戒はしており、何の問題もない筈であった。だが……、



「隊長、大変です! 北西の森より謎の部隊が姿を現しました! その数、推定二千!」


「何!? 斥候は何をやっていたのだ!」


「分かりません。しかし今そんな事を言っている場合では……」


「そ、そうだな。全軍に伝えろ! 得物だけでいい、準備の出来た者から陣形を形成しつつ、遠方から矢を放って敵部隊を牽制しろ! 別動隊の援軍が来るまで何としても持ち堪えろとな!」


「はっ!!」



 隊長の指示の元、野営をしていた討伐隊本隊は一気に蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。いかに兵力差があると言っても陣形はおろか満足な装備すら身に付けていない状況では敗北は必定なのだから無理もない。



「とにかく弓を射かけ続けろ! 狙ってまで当てる必要はない、あくまで牽制だ」



 そんな指示に従いがむしゃらに矢を放ち続ける討伐隊。だがそんな彼らの元にもう一つ、彼らを絶望の淵に叩き落とす報せが届く。



「隊長、大変です! 今度は南方から騎兵がこちらに向かっています! その数、推定一千ほど!」


「な、何だと……!?」



 彼、討伐隊を率いる隊長ヨーゼフは、十年近く反乱軍の鎮圧に携わってきたベテランである。その経験で学んだことの一つに、反乱軍の規模に差異はあっても、その中身は対して変わらないというものがあった。先の戦争でハーノインの軍隊は壊滅しており、その兵学を知る者がほとんど生き残っていないのだから無理もない。


 そのような経緯もあり、過去に起こった反乱はどれも精彩さに欠け、烏合の衆の域を出るものではなかった。だが今戦っている反乱軍はどうだろう。タネは分からないが上手く斥候の目を欺き、討伐隊の野営地を的確に攻撃してきた。烏合の衆には絶対に出来ない事である。



「隊長、我らが隊はまだ隊列すら満足に組めていない状況です! この状況で挟み撃ちでもされたら……」


「分かっている。部下たちに撤退命令を…………」



 そこでヨーゼフはある事に気付いてしまう。一体何処に撤退しろというのかと。西からは歩兵二千、南からは騎兵一千。そして背後にあるのは先ほど渡ってきたばかりの川……。



「……隊長?」


「…………貴様は南の騎兵隊を相手に時間を稼げ、五分でいい」


「ご……五分ですか!? その間隊長は一体何を?」


「わ、我に必勝の策がある。だがそれを実現するには少し時間が必要なのだ」


「流石です隊長! して、それは一体どのような策で……?」


「教えてやりたいのは山々だが、どこで誰が聞いているかも分からん。敵に察知されたら上手くいくものも上手くいかなってしまうからな。教えてやる事は出来ん」


「……そうですか」



 だがそれを聞いた兵士は訝しげに顔をしかめた。既に戦いは始まっている。仮に隊の中に内通者がいたとして、この状況で一人隊を抜け戦場を移動するなど正気の沙汰ではない。高確率で死ぬだろうし、運良く生き残っても五分以内に敵部隊の隊長に伝えられなければ意味がないのだ。ありえない。


 そして彼は考えた。必勝の策など嘘っぱちで、この隊長は部下を犠牲にして自分だけ逃げるつもりなのではと。



「では俺は策の準備をしてくる。しっかり時間を稼ぐんだぞ」



 隊長はそう言うと、一人陣地の奥に駆けていくのだった。


 たとえ隊長の意図が分かったとしても、帝国において上官の命令は絶対。だが命令に従った所で討ち死にする事は分かり切っている。



(部下には死を命じておいて自分は逃亡か。同じ逃げるにしてもやり方ってもんがあるだろうに……)



 そんな風に考えたとたん、兵士はふと、あんな隊長の為に命を張る自分が馬鹿らしく思った。何故あんなやつの為に自分が死ななければならないのかと。



「隊長は我らを見捨てて逃亡した! 他の者たちも死にたくなければ早く逃げよ! 最早この戦場に勝機はない!!」



 気付けば彼は、周囲の仲間達に向かって大声で叫んでいた。自分は隊長とは違う。自分が逃げるのであれば仲間達にも逃亡を命じるのだと。


 その効果は絶大で、一人が逃亡を始めたら俺も俺もと連鎖的に逃亡していき、やがてそれは、西側の歩兵に対処していた部隊にまで感染していった。だが逃げた先にあるのは当然川。彼らは逃げるために川を渡らざるを得ず、そうして無防備になった彼らを反乱軍が弓で仕留めるというやり方で、討伐隊はどんどん打ち取られていった。


 討伐隊の本隊が壊走する中、その報せは少し離れた場所で野営していた分隊にまで伝わった。彼らも本隊が全滅したのであれば最早勝機はないと判断。そのまま一戦も交える事無く総統府に引き返して行くのであった。

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