第30話

「イハサ、何でその人がここに……? それに今ゼアルって呼ばなかったか? まさかとは思うけど、その人は……」



 背後からイハサを呼ぶ声があった。先ほど頭目に殴られ倒れ込んだエマである。



「エマ! 怪我はなかったですか!?」


「ああ、殴られた怪我はあるだろうけど、多分それくらいだ。それよりイハサ、さっきの話だけど……」


「あっ、ええと……」



 ばつが悪そうにゼアルに視線を向けるイハサ。ゼアルの登場があまりにも予想外だったため、とっさに本名で呼んでしまったのだ。ゼアルはやれやれという顔で薄く笑うと、



「イハサ、エマのロープを解いてやれ」



 とだけ指示を出し、エマに対して片膝をついてみせた。



「察しの通り、我はレシエ連合盟主のゼアル。町長の娘自ら山賊討伐に赴く姿勢、深く感じ入った。こうして出会えたのもきっと何かの縁。もしよければ、卿のザイートと我がレシエ候国とで交易を行いたいのだが、いかがだろうか?」


「こ、交易? 別に断る理由はないけど、いいのか? この時期にうちらと交易なんてしたら、ミッドランドから敵とみなされかねないぞ? 何よりうちはあくまで町長の娘。交易の可否を決められる訳じゃない」


「分かっている。国同士の交易であればともかく、連合の一国家とハーノインの一地方都市。大した問題ではない。それともう一つ。我は卿にレシエとザイートとのパイプ役になってくれる事を望んでいる。交易そのものが第一目的ではない事は知っていて貰いたい」


「な、なるほどそういう事なら……」


「うむ、よろしく頼む」



 やがてイハサによって手枷を外されたエマが、その場で立ち上がる。



「ありがとうイハサ。それとゼアル様。結局うちは足を引っ張っただけで、全部君たち任せだった」


「気にするな、部下の功績は上司の功績でもある。父上に誇ってやるといい。後は……そうだな、あそこで伸びている山賊の頭をザイートまで連行して、討伐作戦は終わりとしよう」



 最初にゼアルに蹴飛ばされた頭目だ。あのままずっと気絶していたため、運良く殺されずに済んだらしい。



「なるほど、わざわざエマの手枷を解かせたのはこの為ですか」



 切れば早かったろうに、と思っていたイハサは、そこでようやく合点が行ったとばかりにポンと手を叩いた。



「では、我は元の一隊員に戻る故、二人とも、我を本名で呼ばないようにな」


「あ……はい」



 するとゼアルの体は黒い霧に包まれていき、再び霧が晴れたその場所に立っていた人物、それは……。



「えっ? ええええっっっっ!?」



 思わず声を上げてしまうイハサ。それもそのはず、ゼアルが化けた人物、それは、イハサが強引に二階の偵察をやらせた小太りな男その人だったのだから。知らなかったとはいえ、イハサは主君であるゼアルを顎で使った事になる。



「ではイハサ様、エマ様、参りましょうか」



 そう発言する男の言動は完全に小男のそれであり、先ほどまでのゼアルとのあまりのギャップに、二人は苦笑するしかなかった。




「それじゃあエマ、ここでお別れなのです。色々あったけど楽しかったです」


「うちもいい勉強になったよ、ありがとう。でも報酬は本当にいらなかったのかい?」



 それから四日後、特に何事もなくザイートの町へと帰還した討伐隊は、町長に頭目の身柄を引き渡すと共に、一部を除いた討伐隊のメンバーに報酬を渡して解散となった。



「わしはわしの事情で参加しただけです。どうしてもというのなら、ゼアルの分と合わせて今後レシエと友好的な関係を結ぶことを報酬にして下さい」


「なるほど分かったよ。そしてゼアル様、ベルガナ戦争の英雄と言われたその手腕、確かに見せて頂きました。貴方がいなければ私は殺されていたか、或いは人質にされていたでしょう」


「気にするな。卿ならばきっと良き町長になれるだろう」


「ありがとうございます」


「では、我らはこれより国に帰る。帰還次第使者を向かわせるつもりだ。また会える日を楽しみにしているぞ」


「はい、二人ともお元気で。道中お気を付けてください」



 去っていく二人の後ろ姿を見つめながら、エマは一人呟く。



「……そりゃそうか、イハサのような剣士がフリーな訳はないよな。それに、主君があの人じゃあぐうの音も出ない」



 山賊討伐が終わったら、エマはイハサを自分のお付きにしようと考えていた。だが彼女には既に主君がいたのだ。ゼアルという、エマとでは比較するのもおこがましいような主君が。


 ゼアルが魔術師であるという事は知っていた。だから勝手にインテリなイメージを抱いていた。実際それは間違いではないのだろうが、同時に彼は白兵戦でもイハサに引けを取らないような、そんな人物だったのだ。


 イハサを取られて悔しいはずなのに、不思議とそんな気持ちが湧いて来ない。それどころか、イハサ自身を羨ましいとすら感じてしまうのは一体どういう事か。



「ゼアル様……か」



 二人の姿が完全に見えなくなるまでずっと、エマは二人の姿を眺めていた。




「ねえゼアル」


「ん? どうした?」


「山賊退治の時、お前なら一体どんな風に戦ったですか?」


「そうだな……我なら一階を制圧した後に二階へは攻め込まず、壁や柱を破壊して建物ごと崩落させる作戦を取っただろうな」



 しかしその作戦があまりにも予想外だったのか、イハサは言葉を失う。



「それは……いえ、確かに理に適っているのです。廃墟同然の建物を壊すのに、大した労力も必要なかった……?」


「イハサ、確かにお前は強いが、それ故に正面から戦う事に固執している節がある。だが戦わずして勝つ。ある意味これ以上の最適解はない。広い視野を持ち、極力犠牲を出さずに勝つ、常にこの事を頭に入れておきなさい」


「はい」


「うむ、では帰るか、我らの国に」


「はい!!」

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