第29話
「済まない、うちのせいでイハサまでこんな目に……」
「……それはともかく、一体何があったのです? 戦闘の音すら聞こえませんでしたが」
するとエマは忌々しげに、
「討伐隊の中に裏切り者がいたんだ。……いや、間者と言うべきか。覚えているだろう、酒場で君に負けた男で、ゲバンと名乗っていた」
「あいつが……?」
その後、討伐隊の全員は武器を奪われ、一ヶ所に集められた。ロープが足りないのか縛られたのはイハサとエマだけであったが、それでも武器を奪われた以上、ここからの逆転は絶望的と言える。
「お頭、例のちっこいのを連れて来ましたぜ」
やがて二人は、お頭と呼ばれた先ほどの男の前に連れて来られた。頭目の隣には見覚えのある裏切り者の姿もある。
「なるほどこんなガキがねぇ……、見た目じゃ想像も出来ねぇが」
「けどお頭、こいつに仲間が何人も……」
「分かってる、疑ってる訳じゃねぇ。おいガキ、てめぇ一人に仲間が世話になったそうだが、何か言う事はあるか?」
「お前もそいつらの仲間に入れてやるです」
「テメェ!!」
イハサの言葉にゲバンが激怒し、胸倉を掴み上げる。だが、
「構うな、お前は下がってろ」
という頭目の言葉に、渋々ながらも従った。
「なぁガキ、俺と取引しようじゃねぇか。今の失礼な態度も、仲間を何人も殺ってくれた事も全部許してやろう。俺の仲間になれ」
その言葉にイハサは眉をしかめるが、イハサ以上に驚いたのは隣にいるゲバンであった。
「ほ、本気ですかお頭! こいつに仲間が何人も……」
「だからお前はバカだっつうんだよゲバン。考えても見ろ、この外見にその強さだぞ? 用心棒でも暗殺でも何でも有りだ。利用しない手はねぇ」
「け、けどよぉ……」
「お前の意見は聞いてない。少し黙ってろ」
頭目に怒られ、ついにゲバンは口を閉ざさざるをえなくなったようだ。
「つう訳だ、今ここで殺されるよりはマシだろ? どうする?」
誰もが躊躇するであろうこの状況。しかしイハサは、
「わしの答えは最初から決まっています。お前たちのような悪党に協力するくらいなら、今この場で潔く死を選びます」
一切の迷いなく、イハサはそう言って退けた。だがそれを聞いた頭目は一笑すると、
「なるほどな、じゃあこうしよう。お前が俺たちの元で戦っている間は、この女は殺さないでおいてやる」
「なっ……!!」
それほどまでにイハサの力が欲しいのか。エマを助けるために一度は己の魂とも言える刀すら捨てている。故に今度も断らない。そう考えたのか。
エマは助けたい。けれども彼らに従う事は、そのままゼアルを裏切る事になる。それだけは絶対に嫌だった。
「イハサ、うちの事はいい。元々君は部外者だし、うちらの事は見捨てて逃げろ。君一人なら武器がなくても逃げられるはずだ。君の力はこんな所でこんな奴らの為に振るわれるような安い物じゃない」
エマ自身、自分のせいでイハサを窮地に追いやってしまった負い目があるのだろう。そして、たとえ武器がなくても、両手を縛られていても逃げるだけなら可能である事も察していたようだ。
「ったく、うるさいのがもう一匹いたか」
だがその言葉が頭目の癪に障ったのか、次の瞬間、頭目の拳がエマの鳩尾へと叩き込まれた。
「ごはっ!!」
その場で膝をついて倒れ込み、お腹を庇うように蹲るエマ。しかし頭目は許さず、蹲るエマの横で踵を持ち上げる。
「待って! エマには手を出すなです!」
「…………いいぜ、止めて欲しいなら……分かるよな?」
「わ、分かったです。だから止めるです!」
「それじゃあ分からねぇな。はっきり言ってみろよ」
「わ、わしは……」
「おぅ」
「お前たちに……」
「おぅおぅ」
しかし紡いだ言葉もそこまで。イハサの脳裏に浮かんだのはゼアルとラクリエの姿。その二人を思うと、どうしても『従う』の言葉を紡ぐ事が出来なかった。
「……チッ、残念、見捨てられちまったな!」
頭目が一際大きく踵を持ち上げた、その時であった。
「今までよく頑張った。後は我に任せろ」
この場にいるはずのない人物の声。しかし今最も聞きたかった声。それがイハサの耳に届いた。
まさかとイハサが顔を上げたその時に見た物。それは、見間違うはずもない、ゼアルの蹴りをまともに受けて吹っ飛ぶ頭目の姿であった。
「なっ! テメェは!!」
その様子から察するに、ゲバンすら気付いていなかったのだろう。ゼアルの存在に気付いて距離をとる間もなく首を掴また。そして何と、ゼアルはそのままゲバンを宙吊りにしたのである。
「が、がああああ…………っ!!」
全体重を首で支えるそれは、実質的に首吊りと同じである。足をバタつかせながらゼアルの手を押し広げようともがくも、まるで機械で締め上げたかのごとく、ゼアルの手は開かない。
やがて糸が切れたように脱力したゲバンを見て、ゼアルはようやくゲバンを乱雑に放って解放したのだった。
(……怒ってる?)
一年以上ゼアルと共に生きてきたイハサには分かる。いつも冷静沈着だったゼアルが、今激昂している。イハサの知る限り、ゼアルが戦場以外で人を殺したのはただ一度だけ。ましてや今のように苦しめて殺すなんて初めての事である。
「やれるか? イハサ」
イハサの手枷を焼き切りながら取り出したのは、彼女の武器、刀。
「もちろんです。でもどうしてゼアルがここに?」
「話は後だ。二人でエマを守りながら戦う」
「はい!!」
やがて騒ぎを聞きつけた他の山賊らも集まりだし、三人はあっという間に取り囲まれてしまう。
「何だかあの時のようですね。わしがいてゼアルがいて、守るべきお姫様がいて……」
「全くだ。あの時より大分楽そうなのが救いだな」
危機的状況だというのに、今の二人にはまるで緊張感がない。だがそれも当然か。あの時と似た状況とはいえ、敵の数はおよそ五分の一。加えて敵の錬度も低い。こちらも五分の一とはいえ、その戦いを無傷で生還した二人だ。恐れる理由は何もない。
そして敵の反応。イハサ一人にすら手も足も出なかったのに、そこに同等以上の強さを持つゼアルが加わったのだ。心折れない訳がなかった。
二人合わせて十人も殺しただろうか。勝てないと悟った生き残りが二人に背を向けて逃げていく。それを見たイハサが追撃しようと踏み出すも、
「追わなくていい。エマを守る事を優先しろ」
というゼアルの言葉で足を止めた。
「えっ? ですが……」
「心配しなくても外には討伐隊の仲間が待ち伏せている。あの数ではまず抜けはしないだろう」
「それじゃあ……」
「ああ、この戦い、我らの勝利だ」
「ゼアル……」
勝った。そう理解した時、イハサはごく自然にゼアルに抱きついていた。
「良かった、一時はどうなる事かと……。でも一体どうしてここに?」
そう助かったのは事実だが、イハサの目には本当に突然現れたようにしか見えなかった。大体国際問題になると言って参加を断ったのはゼアルではなかったか。
「何、ようは連合盟主は予定通り国に帰ったという建前があればいいだけの事。国境を越えた後に外見を変えて一人戻ったとしても、それと分かる者はいない。我の魔術は角を隠すだけではないぞ」
「あっ……」
それもそうか。旅先でも使い魔を通じてヴァルナと連絡を取り合っているゼアルが、人に化ける魔術一つ使えない訳がなかった。
「とはいえあのような状況にでもならなければ、最後まで正体を表さないつもりではいたがな」
「うっ……」
「一つ重要な事を教えておこう。味方こそが最悪の敵になり得る。無作為に数を揃えようとすれば、高確率で間者も混ざる。忘れないことだ」
「……はい」
己の失態に肩を落とすイハサだったが、それを見たゼアルは、
「お前はまだ若い。これから学んでいけばいい」
そう言ってイハサの頭を撫でるのだった。
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