第28話

 木々の生い茂る山中、偵察隊の案内の元彼らが辿り着いたのは、朽ち果てた二階建ての小さな砦であった。なかば廃墟と化しており、砦としての体を成してはいないが、山賊団の規模を考えると最適な大きさと言える。


 討伐隊は飛び道具を扱う隊員で三ヶ所ある出入り口を固め、イハサやエマを始めとした近接戦主体の隊員で砦に攻め入った。完全に不意を突けたのもあるが、それ以上にイハサの強さに対して山賊たちは何ら対応する事も出来ないまま、討伐隊は砦の一階部分を瞬く間に制圧した。


 直接イハサと戦った者は一瞬で斬り伏せられたが、そうでない者の多くは慌てて上の階に逃れたようである。逃げた山賊はあえて深追いせず、まずは一階部分を制圧する事に努めたのだ。



「どうやら階段は二ヶ所あるようですね。反対の階段から逃げられたら面倒です。二手に別れて同時に攻め込みましょう。階段の出口の所で待ち伏せているかも知れません。油断しないようにしてください」



 実戦経験のあるイハサが現場で指示を飛ばす。狭い場所から開けた場所にでる所、そこを多勢で待ち伏せするのはセオリー中のセオリーである。砦の出入り口はそうやって固めているし、思えばあの日の夜もそうやって待ち伏せされていたのではなかったか。



「それならうちは向こう側の階段から行くよ。こっちの階段はイハサに任せてもいいかな?」


「もちろんです。任せて下さい」



 そしてイハサとエマは突入部隊を二つに分け、半分を西階段のイハサに、もう半分を東階段のエマに付けた。


 一階での戦いは完全な奇襲だった事もあり、味方の被害はほぼゼロと言っていい。逃げた山賊が外ではなく上を目指した理由は不明だが、混乱している人間の思考や行動など得てして理にそぐわないものだろう。



「そこのお前、階段を上って二階の様子を見てくるです」



 唐突に、イハサは目についた隊員にそう命令を下す。小太りの冴えない男であった。



「ええっ!? 私がですか?」


「そうです。無理そうだったら違う手を考えるから、とりあえずやるです。先に山賊の死体を使って囮にするです」


「は、はい……」



 有無を言わせないイハサの勢いに押され、諦めたように男は死体を漁りだした。


 一階から階段越しに見えるのは、正面にある二階の壁のごく一部のみ。敵が待ち伏せをしているのであれば、下からは見えない位置、つまり左右と背後だろう。


 切り落とした山賊の首を槍の先端に刺し、それを生きている人間に見立てて階段下部からゆっくり持ち上げていく。山賊の首が二階の床に届こうかというそのタイミングでそれは起こった。文字通り瞬き程の一瞬で、首が複数の矢で貫かれたのである。


 驚いた男が、槍ごと首を落としてしまう。



「案の定……ですか。でも困りましたね。流石にここまで厳重だとは思いませんでした」



 最初からアジトが襲われた時はこのように対処するよう決めていたのだろう。ここまでの迅速な動き、そうでなければ説明がつかない。



(こんな時、ゼアルなら一体どうするだろう……)



 階段越しに二階の壁を見上げながら、イハサはふとそんな事を考えた。



「そこまでだ。この女の命が惜しけりゃ、全員武器を捨てな」



 イハサ達が攻めあぐねていた時、そう言って階段の奥に立つ男女の姿があった。


 顔に無数の傷のある色黒の男で、その男に拘束される形で見知った女性が一人。



「エマ……!?」


「ごめんイハサ、しくじった」



 咽元に刃物を突き付けられたエマの姿がそこにあった。


 東階段まで多少距離があるとはいえ、戦闘が始まれば気付かない訳がない。つまり戦闘すら起こらずにエマ達は敗北した事になる。


 男の言葉に、イハサを始め西階段のメンバーは互いに戸惑い顔を見合わせるも、重ねて男が、



「どうした? この女がどうなってもいいのか?」



 と脅しをかけたため、渋々武器を捨てざるをえなかった。


 彼らは人殺しに何の抵抗も持たない連中である。そんな彼らの前で武器を捨てる事は命を捨てる事に等しい。だがそうと分かっていても、イハサにエマを見捨てるなんていう選択肢はなく、更に東階段のメンバーを欠いた現状ではどうする事もできなかった。



(ゼアル……)



 イハサは一人、悔しそうに奥歯を噛み締めた。

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