第31話
その日、ゼアルは自室にイハサとラクリエの二人を呼び出した。これからやる事は決まっている。だがその前に、二人には教えておかなければならない事があった。
コンコンと、ドアをノックする音。そこにラクリエの澄んだ声が続く。
「ゼアル様、ラクリエとイハサが参りました」
「うむ、入れ」
そして入ってきたのは、件の二人。
「よく来てくれた。これから二人には今後の予定と共に大事な話をする故、適当にかけて欲しい」
「はい」
わざわざ自室に呼び出したという事は、格式張る必要はないという事である。二人はそれまでの付き合いから、その事を理解している。だがだからこそ、『大事な話』という言葉に違和感を覚えざるを得なかった。
「近い内に我はアルヴヘイムへ出向くつもりだ。目的はアルヴヘイムの解放。アルヴヘイムでの搾取がミッドランドの国力の後ろ盾になっている事は間違いない。故にアルヴヘイムを解放してミッドランドの国力を削ぐ。……だが理由はそれだけではない」
「それだけではない……?」
アルヴヘイム解放の件は、小耳に挟んだか何かで知っていたのだろう。イハサが疑問の声を上げた。
「うむ、あそこは元々我の父が治めていた土地。だが二十数年前、父はミッドランド、ハーノイン、そしてセルベリア連合軍の前に敗れ、アルヴヘイムもミッドランドの管理下に置かれた。故にアルヴヘイムを解放する事は、我が父ひいては我自身の悲願でもある」
二人の反応を伺うために、あえてゼアルは明言をしなかった。しかし二人が先の戦争、引いては魔族軍を率いた魔王ゼトの存在を知らないはずはない。二人が生まれる前の出来事とはいえ、ハーノインも参加した大規模な戦争である。更にイハサの父は魔王ゼトを打ち取った英雄なのだから。
性格上ラクリエはさして気にしないだろう、とゼアルは予測していた。実際僅かに目を丸くしただけで、既に受け入れているように見える。
問題はイハサだ。黙っていた事に怒るか、ガリュウがゼトを殺した事に負い目を感じるか。いずれにせよこれまでゼアルとイハサが培ってきた信頼関係が問われるのは言うまでもない。
「ゼアル、お前の父親は…………魔王ゼトなのですか?」
何かの間違いであってほしい。そんな質問だった。
「……そうだ」
「どうして今まで黙っていたのですか?」
「父の事でイハサが負い目を感じるかもしれないと、そう思った。だがアルヴヘイム解放にイハサも参加してもらう以上、隠し通す事は難しい。故に今こうしている」
「それじゃあわしを配下に加えたのは……?」
「父を討った剣聖ガリュウ。彼からイハサの存在に辿り着いたのは事実だ。だが実際にイハサの剣技を目の当たりにした結果、我はイハサを配下に加えたいと、そう思った。例えイハサの父がガリュウ殿でなかったとしても、間違いなくそう思っただろう」
「……そうですか。では最後に一つだけ。ゼアルはわしの父上の事をどう思っていますか?」
最後にして最重要とも言える質問。この答えによっては、今後イハサとゼアルの関係も変わりかねないだろう。
「何とも思っていない……と言えば嘘になる。だが我が父もガリュウ殿も、互いに戦士としての誇りをかけて戦った。ならば我はその結果を尊重するだけだ。父は殺されたのではない、殺し合ったのだ。ならばその結末に、否やはない」
「……ゼアルの気持ちは分かりました。すぐには割り切れないかも知れませんが、ゼアルがそう言うのであれば、わしは今まで通り接するだけです」
「ああ、そうしてくれ」
イハサはゼアルの言葉を聞くと、すっと立ち上がり勝手にドアへ歩いてく。
「イハサ? どこへ行くの?」
ラクリエが呼びとめるが、
「ごめんなさい姫様、少し一人にして下さい」
そう言って部屋を後にしてしまった。
「ゼアル様、イハサは一体……?」
「恐らくだが負い目……だけではないのだろう。魔王ゼトを討ち、剣聖と呼ばれたガリュウ殿を、イハサが誇りに思っていたであろうことは想像に難くない。だが今知った事実によって、その誇りが刃となって自身に返ってきた。そんな所ではないだろうか」
「イハサは大丈夫でしょうか?」
「イハサは強い、きっと大丈夫だ。今はそっとしておいてあげよう」
だがそれでも、イハサがこの問題に対してどのような解釈で自分を納得させるのかは、誰にも分からない。
「時にラクリエ、君には我らがアルヴヘイムに行っている間の留守を任せたい。一人にしてしまって申し訳ないとは思うが、戦争をしに行く訳ではない。なるべく早く戻る故、どうか許して欲しい」
戦いが苦手で政治感覚に秀でたラクリエ。だからこそこの人選は至って妥当なはずであった。
「……分かりました」
しかしやはり不安なのだろうか。僅かに顔を曇らせながら応えるラクリエは、言葉に反してどこか納得していないように見えた。
今まではラクリエの精神的負担を考え、イハサと共に行動させるようにしていた。だが今回は違う。最初の四人のうち、レシエに残るのはラクリエただ一人。不安に思うのも仕方のない事かも知れない。
「緊急連絡用に使い魔を一匹置いていこう。もし何かあったら、そいつに手紙を持たせて空に放つといい」
「……はい」
やはりラクリエの表情はどこか晴れない。だが、ゼアルがその表情の本当の意味を知るのは、まだ先の事であった。
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