第13話

 三日を境にベルガナ軍の士気は落ちていく。

 ゼアルのこの言葉は、ある意味当たり、そしてある意味では外れたと言える。何故なら実際は、三日を待たずして彼らの戦意は下降し始めたのである。


 とりわけ馬出の効果は絶大で、侵入を試みた兵士が四方から弓を射られ、一方的に打ち取られていく様は、彼らに二の足を踏ませるには十分すぎる効果を発揮した。


 そして兵站。ベルガナ軍は今回、兵糧の準備をほとんどすることなくラザ城攻略に赴いた。そこまで時間をかけるつもりなどなかったし、近隣の村々から買うか、最悪略奪でもすれば事足りる。準備に時間をかけるより、間髪をいれずに追撃戦を仕掛けた方が有効と考えたのである。


 しかし実際のラザ城は、城を改築して万全に近い状態で待ち構えていた。先日敗走させたゲルトとダーナの兵も、どういう訳だか意外なほどに士気が高かった。そうして攻めあぐねている間にも兵糧はどんどん減っていく。当てにしていた近隣の村々には、事前に対策でもされていたのか人も食料もほとんど残っていなかった。多少食料が残っていた村もあったが、ベルガナ全軍を賄うには全くたりず、その事実がまたいたずらに兵士たちの不安を煽った。



「ガイル様、撤退しましょう。ラザ城攻略は失敗です。このまま続ければ火傷では済まなくなります」



 カティアは冷静に、戦況を見てそう告げる。しかし、



「撤退だと? 俺に対して速攻で追撃戦を挑めと言ってきたのはお前だろう!」


「……はい。その判断が間違っていたとは今でも思いません。ただ敵の大将が、ボクの予想を超えて有能だっただけの事。レシエ候ゼアル。彼の詳しい情報は何も掴めていませんが、彼の策がこれで終わりである保証はありません。ここは一度退却して作戦を練り直すべきです」



 カティアの言葉に、ガイルは悔しげに奥歯を噛み締めた。



「……このままラザ城攻略を続ける」


「ガイル様!!」


「撤退してどうなる。ハンナは迎え撃つにはいいが守りには向かない。今この機を逃せばラザ城攻略は更に困難になる。今は犠牲を覚悟してでもレシエ候とラザ城を落としておくべきだ」


「……了解しました」



 ガイルは脳筋だが無能な指揮官ではない。これまで勝ち続けられてきたのも、行動するガイルと考えるカティアとで上手くバランスが取れていたからである。今回に限らずガイルがカティアの案を却下する事はあったが、それでも結果論ではあるが、たいていガイルの判断の方が正しかった。


 故に今回もそうなのだろうと、カティアは自分を納得させるのだが……、



「ガイル様! 大変です! 敵の援軍が現れました!! 奴らはまっすぐに本陣に向かっています!」



 ここに、カティアが恐れていた事が現実となる。



「な、何だと!? 一体どこの援軍だ!」


「奴らが掲げているのはレシエの旗! 今ラザ城を守っているレシエ候の本隊です!」


「そ、そんなバカな……」



 今ラザ城を守っている兵士たち。その中に多くの敗残兵が混じっている事は承知していた。だがまさかほぼ全ての兵がそうであるなどとは夢にも思わなかった。自分の部下でない兵士は忠誠心や意思疎通の関係上、雑兵と大して変わる事がない。つまりラザ城を守るレシエ候は、実質雑兵だけを率いてここまで善戦してきたことになるのだ。



「無念です、ガイル様。敵の大将はおそらく我らが到着するより先に別動隊をテバスにでも移動させていたのでしょう。そして我らが疲れたタイミングで仕掛けてきた。全てはレシエ候の作戦だったのです」



 カティアが俯きがちにそう語る。幸いにも援軍は少数。近くの兵をかき集めて迎撃すれば止められるかも知れない。だがその隙を見逃すような相手ではない事は分かり切っていた。



「……カティア、お前はすぐに降伏しろ。早めに降伏すれば敵も命までは取らないかもしれん」


「え、ど、どういう事です!? ではガイル様は?」


「俺は大将だ。降伏したところで助命はないだろう。第一そんな死に方など俺の性に合わん。戦場で果てるのが俺の望みよ」


「ガイル様……」


「行けカティア。お前は俺を嫌っていたかもしれんが、お前とのコンビは嫌いじゃなかったぞ」



 言い終えるとガイルはカティアから視線を外し、周囲の兵士に向かって呼びかける。



「近くにいる奴は俺に続け! 敵の援軍を迎え撃つぞ!」



 ガイルの雄叫びのような声と、それに合わせて吹き鳴らされる角笛に導かれ、次第に城を攻撃していた兵までもが彼の元に集い出す。その中にあってガイルは、何のつもりなのか自ら先頭に立ってレシエ軍を待ち構えた。



「来い、レシエの兵たちよ! 貴様らに武神ガイルの最後の戦いを見せてやろう!」




 同時刻、ラザ城城壁にてテバスの方角を注視していた兵があるものを見つけて声を上げる。



「来ました! レシエの旗、援軍です!」


「来たか、ディルク」



 その言葉を聞いて、ゼアルはほくそ笑む。



「よし、レシエ軍と連携して一気に片を付ける! 行くぞお前たち!」


「「おうっ!」」



 ゼアルの呼びかけに応じたのは、予備兵力として残しておいた五百の兵たち。対して敵の本隊は未だ三千を下らない。数の上では心許ないが、今はこれで十分なのだ。何故なら今この状況が、古今東西圧倒的に有利とされてきた挟み討ちの形になるからに他ならない。


 敵の将とてそれは理解しているのだろう。だが背後のレシエ軍に対して全力で当たらなければどの道討たれるのは必定。故に来ると分かっていてもそうせざるを得ないのだ。


 そしてついに、ゼアル以下五百の兵たちが城外へと踊り出る。敵の本隊、否、敵将ガイル目指して一直線に駆け抜ける兵達。後方のベルガナ軍が対処に当たるもどうにもならず、ゼアルとディルクに率いられた兵士たちによって、遂にベルガナ本隊は壊滅する。


 しかしそこでゼアルが目にしたものは……。



「どうした! 貴様の力はそんなものか!!」


「くっ……!!」



 ゼアルをも上回る大柄な体躯と、それに匹敵する巨大な剣を振り回し、たった一人でレシエ軍を圧倒する一人の男。まともに打ち合えているのはディルクのみ。彼以外で接近戦を挑んだものは、トマトのように一瞬で斬り飛ばされた。ディルクにしても防戦一方であり、まともに打ち合えているとは言い難い。



「ヴァルナ、あの男は……?」


「敵の大将、ガイルと見て間違いないでしょう。武神の異名を持つ猛将です。お気を付け下さい」



 体中に無数の矢を受けてもなお高らかに笑って敵を圧倒する姿は、なるほど確かに武神の名に相応しい。その苛烈なまでの戦いぶりに、ゼアルはとある人物の姿を重ね見ずにはいられなかった。



「我が出る。ヴァルナは下がっていろ」


「なっ! 危険です!」


「奴の動きは理解した。問題ない」



 そして不安の色を隠せないヴァルナやその他の兵士をよそに、まっすぐガイルに向かって歩いた。


 剣を携え、ガイルの背後に静かに近付いていくゼアル。ガイルの剣をまともに受ければゼアルとてひとたまりもないだろう。ヴァルナはゼアルを信じてはいたが、それでも不安は拭えない。


 そしてゼアルがガイルの背後二メートル程にまで迫ったとき、それは起こった。


ガイルがディルクに対して放った横薙ぎの一撃。ディルクはそれを紙一重で回避するが、ガイルはそのまま大剣の勢いに任せて、背後のゼアルをも攻撃してきたのである。不意を突かれたゼアルは回避こそ間に合ったものの、その一撃で剣を弾き飛ばされてしまう。


 息を呑むナダルの兵たち。ここでガイルが剣を切り返せば、間違いなくゼアルは死ぬ。その時ゼアルは――あろうことか丸腰のまま前進し、直接殴れそうな距離にまで間合いを詰めたのである。そして……



「爆ぜろ、炎よ」


「何っ!!」



 至近距離で放たれたゼアルの魔術。その瞬間、空間が爆発した。そうとしか表現できない魔術をまともに受け、宙を舞うガイルの体。常人であれば即死していたであろう高火力の魔術をその身に受け、実に十数メートルも吹っ飛ばされた挙げ句地面に叩き付けられたのである。


 背中から落下して一瞬意識を失いかけるが、それでもまだ意識が残っている事に歓喜し、再び立ち上がって戦おうとした所で……、もはや指一本たりとも動かせない事に気付いて、ガイルはようやく自らの敗北を悟ったのだった。



(さっきの男がゼアルか……。部下に守られてふんぞり返っているような奴かと思っていたが、まさか直接俺を討ちに来るとはな……)



 そして見事にガイルを打ち果たした。悔しくないと言えば嘘になるが、それでもあいつに負けたのであれば否やはない。


 そうしてガイルの意識は深く沈んでいくのだった。

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