第14話

「ありがとうございますゼアル様。お陰で助かりました。しかしゼアル様はもはやレシエにとって無くてはならないお方。ゼアル様自らが敵将と剣を交える愚行は今後お控え下さい」


「そうだな、気を付けよう」



 ディルクはゼアルに対して苦言を呈するが、彼が最も憤っていたのはゼアルにそうさせた己の不甲斐無さに対してなのだろう。彼はそういう男なのだ。



(ううむ、どうにか勝てたが恐ろしい相手だった。もしこの場にイハサがいれば、はたしてどうなったのか……)



 とはいえイハサに留守を命じたゼアルに、それを悔やむ資格はなかったが。



「ゼアル様、敵の大将にはまだ息があるようですが、どのように致しましょうか」


「怪我の手当てをした上で牢に放り込んでおけ。その後の処遇は経過を見て決める」


「承知しました」



 それから程なくして、ディルクの指示の元城内に担ぎ込まれていくガイルをゼアルは見送った。


 ガイルが生きていたのは偶然ではない。そうなるようにゼアルが魔術の威力を加減したのである。それでも本当に生き残るかどうかは賭けではあったが。



(やはり生き延びたか、ガイル)



 そしてゼアルは僅かに口角を上げるのであった。




「ゼアル様、敵の参謀をお連れしました」



 ラザ城での勝利の翌日、ゼアルの元に一人の少女が連れてこられた。ガイルの副官であり、参謀でもあったカティアである。



「うむご苦労。下がっていいぞ」


「はっ!」



 連行した兵士を下がらせると、その場にはカティアのみが残る。丸腰とはいえ何の拘束もされていないのは、それだけ無力だと思われているが故か。



「君が参謀か、これはまた随分と若い。まあいいまずは掛けたまえ。此度の戦争について色々聞きたい事があるのだ。気負わずに知っている事を教えてほしい」


「…………はい」



 気負わずに、とは言ったが、現状ゼアルがカティアやガイル、その部下たちの生殺与奪を握っているのは事実である。それ故か、平静に努めながらも恐怖と緊張の色が隠せていない。



「最初の質問だ。どうしてベルガナは今回の戦争を引き起こした? ナダル侵攻まではまだ分からなくもないが、ハーノインは明らかに国力に差がありすぎる。そんな相手に戦争を仕掛けて一体どうするつもりだったのだ?」



 ベルガナは元々大陸の南西部、海峡を隔てた先にある島国である。ナダル領とハーノイン領に挟まれたユートリア地方を支配下に収めたのもこの数年内の事で、何故そこまで領土の拡大に拘るのか、ゼアルはずっと疑問だった。



「……ベルガナ本島が元々流刑地だった事は知っていますか? 大陸中から島流しにされた罪人が不定期に送り込まれてくる。それがかつてのベルガナの姿です。それでもベルガナはどうにかやってきました。先の戦争が始まるまでは」


「先の戦争……、人魔戦争の事か」


「そうです。ベルガナは直接戦っていませんが、流刑地であるベルガナには連日捕虜となった魔族の兵士が、これまでとは比較にならない規模で送り込まれてきました。彼らは人より生命力が強いために死に難く、その上地元民と交わって子を成していったため、急速に増えた人口は、ついにベルガナ本島の土地だけでは支えきれなくなったのです」


「増えすぎた国民を喰わせていく為に広い土地が必要になった。仮に手に入らずとも、戦って自国の民の数が減るのであればそれでよし、と言ったところか?」


「……はい」



 なるほど一見無軌道に見えたベルガナの戦略プランも、理由が分かってしまえばどうと言う事はない。



「ふむ、では次だ。テバスとラザが落ちたとはいえ、ベルガナは未だユートリア地方の大半を支配している。それほどの土地があってもまだ足りないのか?」


「いえ、ユートリア地方を配下に収めれば、当分は支えていけるはずでした。ハーノインの件は一部の主戦派が勝手にやった事です。ナダルとの戦いが消化不良のまま終わってしまっていたため、手柄を立て損ねた連中が功を焦って仕掛けたのです」


「……一部が勝手にやったこと、か。我にとっても他人事ではないな。まあいい、卿の名は何と言う?」


「ぼ……私はカティアと言います」


「ではカティアよ、卿はこれより我の下に付き、この先の戦いをサポートせよ」


「……えっ?」



 ゼアルの言葉を聞いて、それまで俯き加減だったカティアが一瞬素に戻る。



「聞こえなかったのか? 我の下につけと、そう言ったのだ」


「正気ですか? 昨日まで命のやり取りをしていた相手を配下に加えると?」


「既に過去の話だ。それにお前もガイルもベルガナ軍として立派に戦った。そこに咎められるような事など何もあるまい」


「そ、それはそうかもしれませんが……、貴方の意図が分かりません」


「有能な人材がいれば配下に加えたいと思うのは、別におかしな話ではない。特に君にはガイルを説得する役目も担って貰おうと考えている。そうでもしなければあの男が配下に加わってくれるとも思えないのでな」



 ゼアルの言葉に、カティアは閉口する。


 なるほど段々とこのゼアルと言う男の事が分かってきた気がする。彼は常に二手三手先を読んで行動しているのだ。今ガイルを理由に自分を味方に引き入れ、そして近日自分を使ってガイルを味方に引き入れる。それだけに飽き足らず、自分とガイルを味方にすることでこれからの戦いで有利に立ちまわるつもりなのだ。……いや、場合によってはこの男、自分でも予想出来ないほど先を見据えて行動しているのかもしれない、と。



「……分かりました。その話、お受けします」



 それはカティアの口から紡がれた、実質的な敗北宣言であった。

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