第12話

 敗戦の報から五日が過ぎた頃にベルガナの兵は姿を現した。全軍の到着を待っているのだろう。すぐには仕掛けてこず、整列したまま弓矢の射程圏外に陣取った。


 彼らは時間と共にその数を増やしていき、昼を回ってもなお増え続けていた。



「予想より大分多いな、八千から一万と言ったところか」



 つまりベルガナは、元から東征軍に倍する兵力を有していたにも関わらず、わざわざテバス、ラザを取らせて東征軍の油断を誘ったことになる。



「だ……大丈夫でしょうか?」



 ヴァルナが不安そうな声を漏らす。実戦は初めてなので無理もない。



「心配するな。ある意味敵の数が多ければ多いほどこちらの思う壺でもある」


「それは……?」



 しかしゼアルはその疑問に答えることなく、



「ヴァルナ、最低限の兵だけを残して他の兵を全員広場に集めてくれ」


「い……今からですか!?」


「そうだ。大丈夫、全軍が揃うまではそうそう仕掛けてはこないし、最低限の人員さえ残っていればすぐに対処できる。必要なことだ」


「……分かりました」



 程なくしてラザ城の広場に、全軍の九割もの兵士が集結する。ゼアルは彼ら全員が見渡せる場所に立ち、右から左、そして左から右へと一望する。


 やはり不安なのだろう。多くの兵から戸惑いや恐怖、焦燥といった感情が読み取れる。



「……間もなく、ベルガナ軍による総攻撃が始まるだろう。奴らの数は我らの三倍ほどだが心配はいらない。結局城を直接攻め込める人員は限られる。与えられた持ち場で各々の役割を全うすれば負ける事はない。三日だ。最初の三日を何としても乗り切るのだ。おそらくその間、ベルガナ軍は昼夜問わず激しく攻め立ててくるだろう。だが裏を返せば、奴らもそれだけ必死なのだ。ハンナでの敗戦からまだ八日、我らに猶予がなかったように、奴らも城を攻略するための十分な準備をしている余裕はなかった。故に数にモノを言わせて強引に攻めざるを得ないのだ。三日をどうにか耐え抜くことができれば、それ以降、奴らの勢いは日毎に下がっていく。次第に攻防は逆転していき、最終的に勝利を収めることができるだろう。だから頼む、ゲルト、そしてダーナの兵たちよ。どうか我に力を貸して欲しい」



 そこまで言い終えるとゼアルは、再び居合わせた兵達を一望する。三日間だけ死ぬ気で頑張れば負けない。その点を強調する事で兵達にも余裕とやる気が出たようである。


 そこに、不安に駆られる先ほどまでの兵達の姿はなかった。



「では、全軍配置に着け! 敵を一歩足りとも場内に踏み込ませるな!!」



 怒号のような声でそう言い放つ。


 その怒号に、兵達は歓声を以って応えた。




 程なくしてベルガナの総攻撃は始まった。角笛の音を合図にして城の前後から同時に攻めかかるベルガナ軍。ハシゴを城壁に立て掛け、よじ登ってくる敵兵たち。正門では巨大な丸太を抱えた十数人の兵士たちが、繰り返し城門に丸太を打ち付けていく。


 そしていとも容易く破壊される城門。無理もない、ラザ城の城門はつい先日にも破壊されている。今の城門はそれを軽く補修しただけのモノに過ぎないのだ。


 そしてなだれ込む敵兵たち。しかしそうして敷地内に踏み込んだ兵士たちを待ち受けていたもの、それは四方八方から降り注ぐ弓矢の雨であった。




 馬出という物がある。出城の一種で城の出入り口を囲むようにして建てた異なる種類の城壁である。この馬出の裏に兵を忍ばせ、侵入しようとした兵を一網打尽にするのである。一年ほど前、まだゼアルが一人旅をしていた時に知った概念であり戦術であった。


 これを城の内外各所に作ることで、ほぼ一方的にベルガナ軍を打ち取ることが可能となった。ゼアルがラザ城入りしてから造っていたものの正体である。




 ラザ城城外、ベルガナ本陣にて、一人の男が忌々しそうに戦況を眺めていた。ベルガナの将であり、現在のテバス、ラザ、ハンナの総統を務めている。名をガイルと言った。



「ええい、部下たちは一体何をやっているのだ! 貴様らマジメにやっているのか!!」



 ガイルは周囲の兵たちを激しく叱責する。その剣幕に、兵士たちはただ身を竦める他なかった。



「城内が色々と改築されているようです。もはや我々が知るラザ城とは別物と考えた方がいいかと」



 そんな中にあってただ一人、ガイルに物怖じすることなく意見を述べる一人の少女の姿があった。よく鍛えられた兵士たちの中にあって、一際異彩を放つその少女の名はカティアといった。



「その話なら聞いている。ハンナでナダルを打ち破ってからまだたったの七日。その報が届いてから五日と言った所だろう。たった五日で何が出来たというのだ。それも敗残兵を取りまとめながらだぞ」


「……そうですね、申し訳ありません」



 そうカティアは謝罪するも、その思考は更に前へと進んでいた。



(たった五日では大したことはできない。それは事実だろう。けど問題は、本当に五日なのかどうかという点だ。もしラザが落ちたその時から改築を始めていたとするなら或いは……)



 しかしカティアは、すぐに自分の考えを否定する。



(連合の油断を誘う為に、わざわざタダ同然で城を明け渡した。だからこそゲルト、ダーナを容易く粉砕することができた。けどその中にあって、ハンナ攻略に参加しないどころか、戦場になるかどうかも分からないラザ城を粛々と改築するような、そんな人間が本当にいるのだろうか……?)



 それしか考えられないとする自分と、ありえないと考える自分とが鬩ぎ合う。しかしその鬩ぎ合いに、当分決着は付かないのであった。

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