第10話
夜、ふとイハサが目を覚ますと、窓際で黄昏るもう一人の部屋の主、ラクリエの姿を見つける。考えるまでもない、あの件で悩んでいるのだろう。
「眠れないのですか?」
「あ、ごめんなさいイハサ、起こしちゃった……?」
「いえそれはいいのですが、やはりあの件で……?」
「……うん、聞いたよね、ハーノインの事。あの事件の後、お父様はすぐに心労で病に伏されて、今はクロム兄様が全てを取り仕切っているようです。そして事件の釈明に、私と犯人の引き渡しを求めて交渉していたようですが、ミッドランドがそれに応じずに開戦に至った。……当然ですよね。犯人はともかく私はここにいるのですから。ですがそのせいでハーノインは……」
「姫様、まさか名乗り出ようなんて思ってはいませんよね?」
「それは……」
「絶対にダメですよ、あそこには内通者がいます。もし居場所を知られたら今度こそ本当に殺されてしまいかねません」
「でもこのままだと本当にハーノインは滅んでしまう。せめてお兄様にだけでも私の存命を伝えることができれば……」
「……それも難しいでしょう。姫様は国民に慕われていました。その姫様が襲われて何の報復もしなければ、クロム様は完全に部下や国民の信頼を失います」
「…………っ」
本来こういったことはラクリエの方が得意なはずである。しかし逆にイハサに諭されるという珍事。それだけラクリエが冷静ではないことの証明といえる。
「どうしようイハサ、どうしたらいい? このままだと私のせいでハーノインが滅んでしまう。どうしたらミッドランドとの戦争を避けられる?」
ミッドランドに襲撃された。勝手にゼアルの眷属にされた。王女の立場を失った。それでも明るく振舞っていたラクリエが見せた、弱々しい姿であった。
「姫様のせいではありません、悪いのはミッドランドです。……それにきっと大丈夫。いかにミッドランドが大国といえども、ハーノインもそれに肩を並べる大国。何よりあそこにはわしの父上もいます。早々滅ぼされたりなんてしません。何よりそうならないためにナダル連合が動くのです。今は信じましょう、父上やクロム様、そしてハーノインのみんなを」
「……うん」
イハサがラクリエを慰めるという、いつかとは逆になってしまった二人。二人の身に起こった不運、そして失ってしまったもの。一人ならきっと耐えられなかった。でもイハサにはラクリエが、ラクリエにはイハサがいた。例えこの先どんなことがあっても、自分にとっての一番は今目の前にいる女の子なのだと、互いに強く思うのだった。
遠征を間近に控えたある日、ゼアルは自室にイハサを呼び出した。遠征のことはイハサも知っているが、それに関連した話であろうことはイハサにも想像がついている。
「遠征の事は聞いているなイハサ」
「……はい」
「遠征は我とディルク、そしてヴァルナを連れていく。イハサとラクリエにはその間の留守を任せたい」
「何となく、そうなる気はしていました。遠征はゼアルも同行しなければならないものなのですか?」
「絶対に、という訳ではないな。だが国主たる我が同行しなければ、我らレシエ侯国軍の発言力はどうしても低くなる。その分厄介な役目を押し付けられる可能性が高くなるのだ」
「そう……ですか」
「不安そうな顔をするな。お前たち二人はとてもバランスが取れている。軍事のイハサに政治のラクリエ。お前たち二人であれば我の不在でも何の問題もなく運営できるだろう」
ゼアルはあえて言わなかったが、この二人に関しては能力だけではなく精神的な面でも支え合いバランスを取っていることが大きい。故に二人を引き離すようなことはしたくなかった。
「それでここからが本題なんだが……イハサ、我が留守の間、ラクリエが早まった行動をしないように十分注意しておけ」
「早まった……行動?」
「ハーノインとミッドランドが戦争になると知ったとき、明らかに動揺していたからな。自分の生存が判明すれば戦争を回避できるかも、などと考え実行に移したりしても不思議はない。ラクリエが大切ならきちんと見張っておけ」
「……はい、分かりました」
「うむ、では我からは以上だ」
ゼアルの部屋を出て後ろ手にドアを閉めると、イハサはふぅと溜息をついた。
ゼアルの懸念は真実である。この前釘を刺したとはいえ、十分とは言えない。故に自分にその役目を任せたのだろう。ラクリエが不安定である今だからこそゼアルには傍にいて欲しかったのだが、そうやらそうもいかないようである。
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