第9話

「ふむ、ではそのキアヌという穀物が最も良く育ったのだな?」


「はい、収穫前に枯れてしまったものが半数、収穫量が不十分だったものが半数の中、この穀物だけが原産地をも上回る取れ高を記録しました。レシエの気候が栽培に適していたのでしょう」


「分かった。では収穫できた実は必要な分だけを残し、他は全て栽培、調理法と共に周辺の村々に配って回るのだ。そして引き続き、キアヌを含めた農作物の研究に当たってくれ」


「はっ!」


「では次の報告を――」


「はい、レシエ山道の利用者は先月と比べて二割ほど増加しています。このペースで増え続ければ、今年中には施工にかかった費用をペイできる計算です」


「うむ、このままベルガナが戦渦を拡大していけば、利用者は更に増えるだろう。だが何事にもピークはある。いつまでも増え続けるなどとは考えず、節制をもって運用に当たるように」


「はっ!」




 月一の報告会を終えたゼアルは、自室に戻るなり溜息をつく。


 ゼアルが国主代理に就任してから早半年。最初は目の回るような忙しさだったが、就任当初から行ってきた事業のいくつかがようやく軌道に乗り始めたこと、ゼアル自身が業務に慣れたこと、また部下に仕事を委任する事を学んでからは、だいぶ楽になった。特にラクリエは元から政治的な判断力やバランス感覚に優れていたようで、すぐに大役を任されるまでに成長した。


 逆に政治感覚に乏しく軍事に秀でていたのがイハサ。元々真面目で自頭も悪くはなかったため、しばらくディルクの元で軍略を学ばせた結果、ディルクも太鼓判を押す優秀な将へと成長したらしい。


 対して器用貧乏だったのがヴァルナ。軍事、政治どちらにも通じている反面、自分の頭で考えて判断する事が苦手であり、補佐としては優秀だが組織のトップに立たせられるような器ではなかった。



 ゼアルが自室で休んでいるとき、不意に部屋のドアがノックされる。



「ゼアル様、ご在室でしょうか? たった今ナダル候国の使者を名乗る者が参られました。至急ゼアル様に取り次いで欲しいとの事です」



 どうやらろくに休憩する時間もないらしい。やむなくゼアルは、



「分かった、すぐ行く」



 そう返事をするのだった。




「初めましてゼアル様。国主代理就任より半年、ゼアル様の評判は私共も聞き及んでおります。さて、私共が参ったのは他でもありません、かねてより我らナダル連合と交戦状態にあったベルガナ、これよりひと月後に攻勢を仕掛けるため、ここレシエ侯国からも兵を出して頂きたいのです」


「ベルガナ……、確か防衛ラインをヤーデ川のほとりまで後退させた結果お互いに攻めあぐね、事実上の停戦状態になったと聞いたが、なぜ今になって攻勢を……?」


「はい、その後ベルガナはハーノインとも戦端を開きました。我々としてはベルガナの事はハーノインに任せておけばいいと、そう考えていたのですが、つい先日、そのハーノインがミッドランドに対して宣戦を布告しました。このままではハーノインがミッドランド、ベルガナ両国によって滅ぼされかねません。故、我らも本腰を入れてベルガナと戦うべきと判断するに至ったのです」



 ハーノインがミッドランドに宣戦布告。まず間違いなくバロック砦の件が原因だろう。むしろ開戦まで半年もかかった事の方が不思議なくらいである。



「承知した。して、その内容は……?」


「ナダル候グノン様より書状を預かっております。詳細はこちらで確認してください」


「うむ、確かに受け取った」


「それでは私共はこれにて失礼させて頂きます」



 そういうと使者は、休む間もなく帰って行ってしまうのであった。



「出兵か……、出さない訳にはいかない事は理解できるが……」



 領地経営がようやく軌道に乗り始めた矢先のこれである。正直タイミングが悪いとしか言えない。



「ディルク、現状で兵はどれくらい出せる?」


「はっ、遠征に連れて行けるのは千人が限界かと」


「そうか、ではディルク、お前は遠征に連れていく兵士を選出し、訓練を行っておけ」


「はっ!」



(後はこちらの人選か。我とディルクが出るならイハサとラクリエは残すべきだろうな。ではヴァルナは……)



 一つの問題が片付いた矢先に出てくる新たな問題。ゼアルがゆっくり休めそうな日は、当分来ないのであった。

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