キミの一番星になりたいんだ
正直に言う。俺は気が動転していた。
彼女が引っ越すって聞いて、マトモに頭が働かなかった。
でも口にしないと、どこかで後悔しそうで。
「春海。話が、あるんだ。……大事な話が」
彼女を呼び止める。その目は、揺れ動いていた。
「春海、俺さ。お前のことが――――――」
「
彼女の指が、抱き寄せた膝に痛いくらいに食い込んでいる。
「……だって、そんなっ。今、心の準備も出来てないのよっ」
彼女の月光を反射させる瞳から、涙がポロポロと零れ落ちていく。
「ずるいっ、ズルいわよっ」
泣きじゃくる彼女の手を取り、両手を優しく包む。
今まで俯いていた彼女の顔が、俺の目を見た。
「……あなたも、物書きの端くれでしょう? 有り体な言葉なんて、聞いてあげないんだからっ」
「……うん」
彼女の意図を察して、俺は口元を綻ばせた。
そうして、握る両手の力を少し強めて、彼女の前に屈んだ。
さながら、お姫様と
「……キミの一番星になりたいんだ、春海。一緒に過ごしていくうちに、キミの存在が次第に大きくなって行ったんだ。まだ未熟だし、心配かけるかもしれないけど、キミのことが大好きに、なりました。
──────俺と付き合ってくれませんか」
彼女が息を呑む。
そうして、頬が涙を伝う。
「……はい。よろしくお願いします」
***
「何年も待ったのよ。もう言ってくれないのかと思ったんだから……」
また震えだした肩を、そうっと優しく撫でる。
「何年も、か。……ごめんな、春海」
「もう良いのよ。ねぇ、手、握っても良い?」
「ああ。遠慮なんてしなくていいからな」
「ありがとう」
少し躊躇って、俺と彼女は手をつないだ。
彼女は深く息を吸って、空を見上げた。
その手は少し冷たかった。たぶん、俺も同じだろう。
「ねえ、知ってる? 物書きは二度と同じ文章は紡ぎ上げられないの。
……一度しか言わないから、ちゃんと聞いてね?」
俺は静かに頷いた。
そうして彼女は、静かに語りだした。
「私ね、こんなに誰かを好きになったの、初めてなの。こんなに泣いて、笑って、怒って、喜んだ姿を見せたのも、家族以外ではあなたが初めて。
最初は、なんでこんなに鬱陶しいんだろうって思ってた。構わないで欲しかったのに、あなたは土足で踏み込んでくるんだもの」
柔らかい笑顔を俺に向けてくる。
今まで何気ないように思っていたその笑顔ですら、今の俺には――――――
「この感情すら初めてで、こうして話してる今でも心臓が暴れてて、どうにかなりそうなの。それでもね、こうやって紡いで語ってる言葉も、文章も、もう自分の気持ちを偽らなくて良いんだって思うと自然に溢れてくるの。
最初のうちは、私の世界には、一番星のあなただけで良かった。
でもあなたと関わっていくうちに、クイズ研究会の人達、あなたのお義父さん、お義母さん。他にも色んな人と出会って、それは私の夜空を照らす星たちになったの。
――――――もう、一人でなんて生きていけないくらい、私はこんなにも多くの人と、幸せで満ちているって、確かに実感できる。
全部、あなたに貰ったの。これからも、あなたと一緒に歩いて行きたい。
このピリオドのない物語を、あなたと一緒に。
──────秋仁くん、大好きです。私と、付き合ってください」
手をさらに強く握ると、それに応えるように強く握り返してくれる。
不思議な充足感が心に満ち溢れている。
「──────はい、喜んで」
俺は静かにそう言った。
***
「たまに、連絡してくれると嬉しい。アレ、俺からするのって結構勇気いるんだよ」
「もう3年以上一緒にいるのに?」
「仕方ないだろ?」
彼女がクスッと苦笑する。
「おかしいわね。……でも、私からするのも恥ずかしいのよ?」
「それでも、普通に返信されることより、何倍も嬉しいんだよ」
「本当におかしいわね。そういうものなの?」
「そういうもんだよ」
握った手の力を少しだけ強める。彼女もそれに応えるように、優しく微笑みながらギュッと強くしてくれた。
「ふふっ。なんだか、恥ずかしいわね」
「俺も。……顔、赤くないかな?」
「赤いわよ。暗くても分かるくらいに。……私、今ね、顔がすごく火照ってるの」
握った手も、トクン、トクン、と拍動が早くなっている感じがする。
たぶん、気のせいではないと思う。
「ねぇ、秋仁」
「ん?」
「秋仁っ」
「どうした?」
「大好き」
「うん。俺もだよ」
「ほんと? ふふっ……」
「その顔、反則……」
頬を朱に染めながら何度も名前を呼び掛けられるのが、こんなに恥ずかしくて、幸せなことだとは思わなかった。
だから、彼女と離れるのが、怖くなってしまった。
「春海、いつでも会いに行っていいか?」
そう言うと、目を丸くしてから、柔らかく微笑んだ。
まるで、その答えを待っていたかのように。
「ええ。いつでも、大歓迎よ」
待ってるから、と言って体を少しだけ俺に預けてくる。
何分も前に止まってしまった『愛の夢』を思い出しながら、俺たちは夜明けを待った。
美しいと感じた、光の差す道を歩いていく。
二人で手を取り合って、時には怒ったり、悲しくなったりするのだろう。
だが後悔だけはしないと、それだけは心に誓った。
だってそれ以上に、嬉しいことも楽しいことも、俺たちの手で増やしていけるから。
そしていつまでも、彼女を照らし続ける一番星でいられるように。
俺は彼女を支えていこう。
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