満天の星空の下、私を照らす一番星を
「……どうか、したの?」
躊躇いがちに聞いてみる。彼の様子が少し、本当に少しだけ、今までとは違って見えたから。
気のせいかしら。そうだと良いんだけど。
「……あ、ごめん。ちょっと思い出したことがあってさ」
「思い出したこと?」
彼は自分の背負ってきたリュックサックを引き寄せて、中から銀色の魔法瓶を取り出した。
「なに、それ?」
「まあ、そう焦らない焦らない」
彼の顔には柔らかい笑みが浮かんでいて、見ているこっちも笑顔になりそうな効果があった。
一体、中に何が入っているのかしら?
「いくよ?」
彼の問いかけに静かに頷いた。
そして蓋を開けると中から白い湯気が立ち込めて、甘い匂いが倉庫中に広がっていった。
「わあっ、これ紅茶なの?」
「ご明察」
彼は得意げな顔をして、エッヘンと胸を張った。
「なんなの、それ……ふふっ」
子供っぽいその振る舞いが面白くて、つい笑みが漏れる。
気がつけば、先ほどまでの妙な焦りは、遥か遠くに置いてきてしまっていた。
「はい、どうぞ。……口に合うと良いけど」
温かい紅茶の入ったコップを受け取ると、自然とため息を吐いた。
「ふぅ。……ねぇ、それ、少なくとも私のセリフだと思うわ」
「それもそうか。なんかおかしいと思ってたんだ」
いいえ、気のせいなんかじゃない。
ぎこちなく笑う彼に、明確な違和感を覚えた。
それが何なのか、少し探りを入れてみよう。
「ねえ、秋仁。クイズ研究会の島崎先輩って、覚えてる?」
「ああ。あのクイズバカ先輩か」
島崎さん。私達の一つ上の先輩で、三度の飯よりクイズが好き、を地で行く人。
ルックスも上々。成績だって常に上位。
欠点があるとすれば、その無類のクイズ好きであることだけだった。
「彼のことが好きだった、そう、橋本さんとめでたくゴールインしたって話よ?」
「えっ、でも一回振られて無かったっけ?」
「それでも諦めなかったんでしょう。この前、写真が送られてきたわ」
そう言って、彼らのツーショット写真を見せる。
彼は不思議そうな顔をしながら、こう言った。
「今でも、春海はあの人たちとは交流が続いてるんだな」
「ええ。何か変かしら?」
「いいや、素直に嬉しいんだ。——————だってお前、俺くらいしか友人と呼べる奴、いなかっただろう?」
いつもなら、自惚れないでって返すところだけど、あまり頭が回らなくて私は思わず黙り込んでしまった。
そんな私を見て、彼は慌てていた。
「い、いや、違うぞ。決して悪い意味じゃなくて! っていうか、紅茶冷めるから飲んでくれ」
悪い意味って何なのよ、と内心愚痴を吐きながら、コップに口をつける。
「……」
様子を伺うように、私の方をまじまじと見つめてくる彼。
「~~~~~っ」
体の熱が一気に上がり、紅茶の熱さなんて既に分からなくなっていた。
感じるのは、甘い香りと、申し訳程度に入っている砂糖の甘さ。
そして、彼が淹れてくれたんだという愛しさと、心の暖かさだけ。
「……」
「何か言ったらどうなのかしら?」
なるべく平静を装って、本心が気づかれないように取り繕う。
「不味かった?」
「
「ほ、本当に!?」
彼が大きくガッツポーズをする。それも何だか、こっちがくすぐったくなってしまう。
***
結局、杞憂に終わってしまった。
彼が何を考えているのか、再びのぼせ切ってしまった頭では、どのように返事をされてもマトモに返せる自信がなかったから。
だから、問いただせなかった。
「……馬鹿だなぁ、私」
彼に聞こえないように、そうっと呟いて、ホウッと息を吐いた。
扉の隙間から月光が差し込んで、頭上には星が見える。
「私ね、友達なんて要らないって思ってたの」
「え?」
突然のことに、彼は上手く聞こえていなかったらしい。
「有象無象の星には興味なんてない。私が興味惹かれるのは――――――」
一番星の、あなただけ。
その言葉を必死に飲み込む。
それだけは絶対に言えない。言ったら、今の私達には戻れなくなる。
でも、どうしても言わなければいけない理由があって。
「私、引っ越すの」
「なんだって?」
彼の声が、震えている。それを少し申し訳なく思って、それでも続けた。
「そう遠くに引っ越す訳じゃないの。ただ、私は今まで以上に忙しくなる」
今まではバイト+親の脛を齧って生きて来た。いい加減、それは止めにしたかったから。
「環境を変えるにはちょうど良い機会かなって。最初のうちはまだ、親を頼っていかなきゃだめなんだけど」
執筆に全てを捧げて来た人生も、終わりにして次に進むために。
「だから、私ね……」
「春海」
機関銃の如く喋り続けて来た私を、彼が制止する。
「春海。話が、あるんだ。……大事な話が」
彼の真剣な声が、私を幻想的な気分から、一気に現実へと引き戻した。
その目は、一つの覚悟を決めた目をしていた。
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