第五話 「交錯」

 深夜、真っ暗な住宅街の一角、その屋根の上に一人の少女がいた。

 五月にしては随分と厚着だった。緑色のジャンパーは本来なら冬に着る代物だった。それなのに太ももを大きく露出させたジーンズを履いている。

「へェ……案外やるじゃねぇか」

 その人物は感心するように、どこか嬉しそうに呟く。

 その瞳には獲物を狙うような獰猛な光を湛えている。

「……ッと、いけねェ。今はそれどころじゃねェか」

 その人物はかぶりを振ってそう呟くと、屋根を伝って街を疾走する。

 ここに来るのは随分久しぶりだった。もっとも、その理由となった人物と最近会ったばかりだが。

 それでも、そこに来るのはあの日以来だった。

「それで、なんでアンタがここにいるんだ?」

 不快そうにその人物が尋ねる。

 その先に髪の白い少女がいた。手には一振りの刀がある。

「……ここに来れば、あなたに会えると思ったから」

「はッ、それでわざわざ駆け付けたってのか。ご苦労なこった」

 そう笑い飛ばすが、少女の反応はない。

 それを見てその人物も表情を改める。

「で、何の用だ?」

「……要件は二つだけ。一つは貴女と争うつもりはない。もう一つは彼らと接触しないで」

「そりゃ賢明な判断だ。アタシと戦り合えばどうなるか分かってるみたいだな」「……ええ。無駄な争いはしたくないから」

「ま、できたら守ってやるよ」

 そう答えるとその人物はその場を後にする。

 残された少女はその後ろ姿を、ぼんやりと眺めているのだった。

 


「でさ~、気づいたら病院にいたわけ。すっげ~びっくりしたわ~」

 昼休み、三人はいつものように昼ご飯を食べていた。

「それは災難だったな」

「だろ?でも真はあの後どうしたわけ?」

「一応警察に連絡して、こっそり逃げた」

「オレを置いて?」

「……すまん」

「……ま、オレそこそこ重いし、担ぐのは無理だよな~。あ、でも荷物を運んでくれたのは助かったわ。あれ見つかってたら余計面倒なことになってたし」

 能天気に笑う黒斗を見て真は内心ため息をついた。

 あの後、健治が来た後は話の通りだった。三人は一旦現場から離れると公衆電話から電話をかけ、黒斗の荷物を持ってその場を後にした。黒斗を置いていったのは別に重いからとかではなく、意識を失った以上病院で検査すべきだと判断したからだ。

 父からの話だと以前にも似たようなことがあり、事態は早急に終わりを告げたらしい。例のサイトは管轄外らしく詳しいことは知らされていないそうだ。黒斗は念のため入院をし、その場にいた一人として警察から事情を聞かれることになった。

 休日を挟んだ結果、黒斗が学校に現れたのはあの日から三日も経っていた。

「それにしてもなんだったんだろうな~」

「何がだ?」

「いや、途中人のいない倉庫覗いたとこまでは覚えてるんだけど、そっからが全然記憶になくてさ~」

「お前の記憶力だとその程度だろう」

「健治それは酷い」

「ま、とにかく無事で良かった。何かあったらどうしようかと思ったから」

 落ち込む黒斗に対して真が励ますようにそういう。

 お騒がせしました、と頭を下げる黒斗から一瞬だけ健治に視線を移した。


 あの日、英雄になった健治が現れた。が、あの日以降特にその話をすることはなかった。休みの間顔を合わせることもなく、週の初めに健治がごく自然に話しかけてきたため、実は夢だったのでは、と思ってしまう。

 だが、健治と目が合うと小さく首を振った。多分、ここでは何も言わないでほしい、という意味なのだろう。黒斗に気づかれない様小さく頷く。

「それよりもさ~」

 見れば黒斗が腕を枕にして机に伏せ、顔だけこちらを向いていた。

「健治のそれは平気なの?なんかヤバくね?」

「これのことか」

 健治は体の数か所に怪我をしていた。かすり傷なのか絆創膏を貼っているが、目に見えてない箇所も怪我している気がする。

 健治はそのうちの一つである左腕を腕時計を確認するような仕草で見ると、

「そんなに大したものでもない。そのうち治るだろう」

「いや、まぁ、それならいいけど……」

 どこか煮え切らない様子で黒斗がそうぼやく。

「とにかくだ、こんなことになった以上その変な趣味はやめるんだな」

「変なのは認めたくないけど、しばらくはやめとくかな~。流石に二度目はヤバいし」

「そうそう。これ以上休むと課題が増えるぞ?」

「うげ……それは嫌だ」

 顔をしかめる黒斗を見て真は笑った。

 それでも隣に座る健治が気になって仕方がなかった。



「健治!」

 放課後になると、そそくさと教室を後にした健治を追って真は昇降口に向かう。

 見ると下駄箱から靴を出している健治の姿があった。

「真か。黒斗はどうした?」

 驚いた様子もなく、健治がそう尋ねる。

「あいつは補習。土日で出されてた課題やってなかったらしい」

「そうか」

 それだけ言うと、健治はその場を後にしようとする。

「あ、おい!」

 真が呼び止めると、訝しそうに健治がこちらを見た。

「どうした?」

「いや、その、えっと……」

 言葉に詰まる真を見て健治はため息をつくと、

「だったら早く来い。置いていくぞ」

 それだけ言うと校舎の外に出てしまう。

 それを見た真が慌ててその後を追う。駐輪場で健治に追いついた。

「言っておくが、自分は結衣先輩のようにはできないからな」

「分かってる。できるだけ邪魔ならないようにするから」

「そうか。ならいい」

 記憶に間違いがないのなら健治の武器は遠距離からの攻撃が基本となるはずだ。それならばできるだけ傍にいたほうがいいだろうし、健治の戦い方を真はちゃんと知らない以上余計なことはしないほうがいい。

 二人は自転車に乗るとゆっくりと漕ぎ始めた。健治が先行し、その後に真が続く。

 移動中二人は無言だった。自転車に乗っているのもあるが、どこか変な緊張感があって話しかけることができなかった。


「着いた。ここだ」

「ここって、工場?」

 連れてこられたのは町の北東にある工場だった。北東部には工場が集中しており、目の前にある工場はその中では比較的小さい部類に入る。それでも学校よりはずっと広く、夕方だからか人の出入りが多い。目の前の道路はひっきりなしに車やトラックが通っている。

「ここ二日で見つけた痕跡を元に探したが、その中心がここを示していた。恐らくだが中に敵の本体がいるのだろう」

「でも、こんなに人がいるのにどうやって?」

「そこは問題ない。一応暗くなるのを待とう」

 そう言って二人は近くにあった公園のベンチで時間を潰した。真は辺りを見渡し、健治は終始本を読んでいた。

 その本が読めなくなるくらい暗くなると、健治は立ち上がり歩き出す。

「時間だ。そろそろ行くぞ」

「でも、これでも入り口は明るくないか?」

 遠目から見ても入り口やその周囲には電灯があるため辺りよりはずっと明るい。なにより警備員が関しているため忍び込むのは難しいように見える。

「言っただろう?そこは問題ないと」

 そう言うと健治はその場で変身をし、真っすぐ入り口を目指す。

「いや、それは流石に──」

「いいからついてこい」

 健治にそう言われ、仕方なくその後に続く。健治の恰好が黒が多いとはいえ、それでも十分に目立つ格好をしている。それに真は制服のままだった。

(絶対ばれるだろ……)

 そう思いつつも仕方なくついていくと、

 警備員の前を素通りできた。

「……は?」

 思わず立ち止まり警備員を凝視する。目が合うがまるで気づく気配がない。

「なにをしてる?」

 健治が立ち止まるとどこか呆れた様子でそう言った。

 真は後ろ髪引かれつつも、健治の傍に近寄る。

「あれ、どういうこと?」

「別に大したことはない。あの人から自分たちが見えてないというだけだ」

「それって、英雄としての力のおかげってことか……?」

「そうなるな。自分の力は一定の範囲の相手に異なる物を見せるというもので、範囲や対象の人数で細かく変化するらしい」

「なるほどな。だからあんなに自信満々だったのか」

「そういうことだ。敵に対してはあまり有効ではないのが難点だがな。色々な相手に試したが一番効果があったのは人に対してだった」

 ここ最近できた傷はそういうことらしい。誰にも言わず一人調べている辺りがなんとも健治らしいと真は思った。

(それにしても、こいつの叶えた願いってなんだろ……?)

 英雄になったということは何かしらの願いを叶えたということになる。だが実際問題健治の願い事なんてまるで想像できなかった。昔からの付き合いだが意外にも知らないことのほうが多い気がする。

 前を歩く健治を見る。足元まで伸びているマントのせいでその姿は見えないが、大体の形式は以前見たので覚えている。似ているものでいうなら学ラン、だろうか。装飾品が多いようだが、黒を基調とした上着にズボンはそれに酷似していて、頭に被る学生帽は以前教科書で見たものと同じに見えた。

 電灯があるが辺りは薄暗かった。既に人気はなく、建物の灯りも消えている。人がいなくなるのが早いような気もするが、実際の所はよく分からない。ただここまで静かな工場はかなり不気味だった。


「よォ、こんなとこでなにしてんだ?」


 唐突に声がした。

 道の向こう、薄暗いから分からないがかなり近い。女の人の声だった。

「それはこっちの台詞だ。貴様こそ何をしている?」

 健治がそう返す。健治には姿が見えているのか特に驚きもせずそう聞き返す。

 電灯の下にその姿を現す。

 まず目に飛び込んできたのは真っ赤な髪。乱雑に切られ、所々が撥ねていた。

 格好もまた異彩を放っていた。足と腹部を大きく露出しているが、季節外れの厚手のジャンパーを着ていた。開かれた首元にはネックレスが下げられ、首筋の一部が紅く光っている。

 年は同じ年か少し下くらいだろうか。その見た目からは判断しかねるが、それ特有の空気感が彼女にはあった。だが、その瞳には明確な殺意があった。

「ハッ、何かと思えばテメェもそんなことしてんのか。素人連れて歩くとか随分余裕じゃんかよ」

「貴様にどうこう言われる筋合いはないだろう」

 話しながら彼女は近づく、数歩手前で立ち止まった。

「そうでもねぇのさ。こっちは結衣のヤツから頼まれてここに来てるんだ。アンタも英雄なら名前くらい知ってるだろ?」

「結衣さんのこと知ってるのか⁉」

 真の問いにきょとんとするも、苦虫を噛み潰したような表情に変わる。

「くそったれ。なんでいつもこう……」

 彼女はそう呟くと健治の方を向く。

「それなら話が早ぇ。あいつからの伝言でな、死んだらこの辺りをくれるんだとさ。だからここに来たって訳だ。つーわけでさっさと失せな。知らないなら仕方ねぇ、今回だけは見逃してやる」

「断る」

 一瞬の迷いもなく、健治がそう言い切った。

 ピクリと、彼女の顔が小さく動いた。

「おいおい、折角見逃すって言ってんだ。大人しく帰りな」

「生憎だが、こちらも下がれない理由があるからな」

「あっそーかよ」

 何の気なしにそう呟き、

「──ッ‼」

 いきなり槍を放った。

「なっ⁉」

 驚く真を他所に彼女がどこか感心した表情を浮かべる。

「こいつは驚いた。まさか今の攻撃を防ぐとはな」

「これでも、それなりに腕に自信があるからな」

 見れば健治は寸での所で彼女の攻撃を防いでいた。彼の武器である銃で槍の先端を止めたのだ。ギリ、ギリと軋む音がすぐ傍で聞こえる。近くで見ると槍の両端に小さな返しがあり、その形は船の錨に似ているように見えた。

「真、お前は下がれ」

「あ、あぁ。分かった」

 真はそう言うと二人から距離を取る。

 至近距離で不敵に彼女が笑った。

「あの馬鹿に似て優しいことだこと」

「馬鹿?今結衣先輩を馬鹿と言ったか?」

「あぁ、言ったさ。アイツはかなりの強い。それが死んだってことは大方お前らを庇ったか、連れていて油断したってことだろ?」

 黙る健治に対し彼女は吐いて捨てる様に言う。

「くだらねぇ。他人を救おうなんざちゃんちゃらおかしいのさ。それもテメェの命落としてたら何も意味がねぇし、そこまでする必要はどこにもねぇ。大方救われた連中は覚えてすらねぇんだからなぁ」

「……そんなことはない」

「あ?」

 健治は銃で槍の先端を弾くと、彼女の胴に蹴りを放つ。

 槍の腹で受け止めた彼女が勢いに押され後退した。

「少なくとも、誰かを救おうとした姿は勇ましいものだった。そして、それを見たからこそ自分は英雄になろうと思った。死んだあの人に代わってこの町を守ろうと思えた」

 ゆっくりと銃を構える。

「それを否定することも、どこの馬の骨にくだらないと言い捨てられることも、自分は許さない。それだけは決して許せない」

 語る健治を見て茜は心底嫌そうに舌打ちをした。

「あーそーかよ。テメェがそういう愚か者だってのはよーく分かった。そんなら今ここで死んどけや!」

 槍を振り回し、姿勢を低く構える。呼応するかのように纏う衣装が変化する。白を基調とした海兵の着る制服に似ていた。白のショートスカートに、腰に巻かれる鎖に錨のペンラントがぶら下げられ、髪留めもまた錨を模したものだった。

「アタシの名前は若海茜だ!どうせすぐ死ぬんだ!無理に覚えることもねぇさ‼」

 構える銃がミシリと音をたてる。

「星井健治。貴様だけは、決して許さない」

 ここに、二人の英雄が矛を交えるのだった。



 二人の戦いは、思いもよらない方向へと進んでいた。

「チッ!しゃらくせぇ!」

 茜はそう叫ぶと迫る銃弾を槍で弾き後ろへ大きく跳躍、そのまま一回転をしながら勢いを利用して短刀を投擲する。

 健治はそれを構えた銃と空中に出現させた銃を用いて撃ち落としていく。火花が散り、カランと金属が落ちる音が複数回する。

 同じ攻防を既に4回繰り返している。気が付けば真の隣に銀がいた。

「意外だね。もっと経験の差が出るかと思ってたけど、全く互角、むしろ健治の方が優勢だ。相性もあるだろうけど、それよりも健治の力の扱いが成り立てのそれじゃない」

 健治はさっきから殆ど動くことなく銃を幾重にも取り出し彼女へと放っていた。

 真の目には何が起きているのか辛うじて見えたが、それでも戦況は瞬く間に変化していった。互いの攻撃で発せられた風が真の服を揺らしている。

 その様はどこか幻想的で、いつまでも続くように映った。



(互角なんかではない。辛うじてそう見えるだけだ)

 健治は表情に出すことなくそう思う。

 健治の得た力は「幻惑」だった。一定の範囲ならどんな事象をも惑わせる少し変わった力を、どうしてか難なく扱うことができた。銃の扱いも文字を書くようにすんなりとこなすことができ、そこから応用した戦術まで簡単に思いついた。

 だが、彼女相手に一発も弾は当たっていなかった。つまりは、

(単純に相手のほうが強いってことか)

 要所要所、つまりは決めるために放った弾だけ確実に防がれている。恐らくこちらの力に戸惑っているが、咄嗟に優先度を決め、対処しているのだろう。用いる技と武器の応用や使い方なんかは明らかに相手が上手だった。

 そのうえ相手は恐らく一度も力を使ってない。使いどころを見定めているのか、単に使うまでもないのか分からないが、実力の底が全く見せてくれていない。

 それでも、不思議なことに相手の動きを予測するのは容易かった。憶測に任せ弾を放てば自然に彼女がそこにいた。考えるまでもなく体が動いてくれる。

 ただ、この感覚を信用できるほどの経験値がないため、どこか手持ち無沙汰にしてる状態のまま銃を放つ。

(ここで即断はできない、か。ひとまずはこのまま様子見だな)

 既にさっきまでの怒りの感情はない。

 今はただ目の前にいる彼女に集中できていた。



(マジでイラつくな……)

 茜は内心そう呟きつつ舌打ちをする。

 彼女がイラつく要因はいくつかある。新人相手に苦戦していることや思いのほかに健治が強いということだが、一番の理由はそれではない。

(多分幻惑とかだろうな。その力で形成された弾丸を通常の弾丸と混ぜてやがる)

 力自体は比較的大したことない。それにやっていることを理解するのにも大して時間はかからなかった。

 それでもなお攻略できていないのは、

(で、通常のヤツと力で作ったヤツとの違いが全く分かんねぇんだよなぁ……)

 普通の弾丸ならまとめて弾き落として終わりだが、健治の弾丸はそうできない理由があった。一つは幻影の弾丸はただの幻であって実体がない。例え弾こうにも手ごたえはないため虚空を切る。振るう槍のリズムが乱れ接近する機会を失う。

 かといって中途半端に弾こうとすると今度は本物の弾丸の勢いをいなしきれず、他の弾丸の対処が困難になってしまい、これもまた接近する機会を失う。

 解決するには本物と偽物かを見極めればいいのだが、現時点で全く判別がつかない。結果として半端に攻め込むことしかできずにいる。

(それに、なんだこの感覚……)

 言葉にすれば既視感、だろうか。もう何度も戦ったかのような感じが会った時から胸の中に居座っていた。

 でも茜自身にその覚えはない。ましてや同じ系統の力の持ち主とも戦ったこともないし、健治とは正真正銘初対面だ。

(埒があかねぇな……)

 薄ら寒い違和感を抱きながら、先ほどと変わらず正面から突っ込むのだった。



 そうしてどれくらい経っただろうか。随分長く感じたが、案外大した時間が経っていないのかもしれない。いづれにせよ、真にとっては濃密な時間だった。

 だが、その時間は突然に終わりを告げた。

 前触れもなく、当の二人が変身を解いたのだ。

「ひとまず、今日はここまでか。正直気に食わねぇが」

「妥当だな」

 そう言うと二人は一歩だけ下がった。

 それだけで張り詰めていた空気がほどける。

「アタシはアンタの考え方は容認できねぇしするつもりもねぇ。それだけは言っておく」

「構わない。もとより理解してもらうつもりがないからな」

「はっ、言うじゃねぇか。んじゃまたな。次会うまでに死ぬんじゃねぇぞ」

「貴様もな。次は倒す」

 茜は来た道を翻し、あっという間に暗闇へと消えていった。

 健治もまたほっと息を吐くと、こちらへと戻ってきた。

 その表情は疲労こそあるが、どこか凛々しいものだった。

 それほどの死闘、それほどの出来事だったのだと、真は今更に理解した。

「健治、お前凄い強いんだな。びっくりしたわ」

「いやはや驚いたよ。君がここまでやれるなんてね」

 出迎える二人はそろって健治のことを褒めたが、健治は特に嬉しそうではなかった。

「いや、正直あのままだと死んでたのは自分だ。今回は運が良かった」

 そういうと二人の間を抜け、辺りを見渡す。

「……残念だが敵は既に移動したみたいだ」

 健治はため息をつくと、銀の方を見る。

「それにしても、銀はいつの間に来ていたんだ?」

「丁度戦いが始まったくらいだよ」

「そうか。全然気が付かなかった」

「だろうね。凄い集中してたみたいだし」

 話す二人を真は静かに見つめる。


 凄いと思った。真の目から見てもその戦いぶりは結衣さんに劣っているように見えなかった。

 俺はどうすればいいのだろうか。

 こうして立派に英雄としての役目を果たす健治の背中を見て、そう思ってしまう。

今更英雄になっていいのだろうか。叶えたい願いが思い浮かばない、そんな俺が。

 なにより、これだけ強い健治がいるのになる必要があるのだろうか。

(どうしたら……)

 歩き出した彼らを眺めながらそう思う。

 先に延びる夜の道はどこまでも昏く、永遠に続くように映った。



 深夜、その少女は縁に腰かけるとビルの屋上から町を見下ろしていた。

 ビルの隙間を抜けた風が頬を撫で、赤い髪を大きくなびかせている。

 ピクリと鼻が動く。呆れた様子で彼女はこういった。

「ビックリするくらい匂いがねぇな、アンタ」

 白い髪に白い瞳、手には刀を持ち、制服を身に纏う人物がそこにいた。

「……どうして、彼らと接触したの?」

「なに、約束があるんでな。こればかりは勘弁してくれ」

「……これからは彼らに近づかないで」

「出来る限りはそうするさ」

 そう言うとフェンスを乗り越え、その上に腰かける。

「それで、要件はなんだ?」

「……同盟」

「なるほどな。確かにそれは美味しい話だ」

 獰猛な笑みを浮かべてそう言った。

 英雄は本来敵対するのが普通だが、稀に互いの利益が噛みあうと同盟を結ぶのだ。それは共同で敵を倒したり、情報を共有したりと、形式はいくつかに分かれる。

「それでそっちから出せるカードはなんだ?」

「……『ヤツ』についてよ」

「──テメェ、その意味を理解して言ってんのか?」

 一気に彼女の声色が変化する。

 ──『ヤツ』とは英雄の間に語り継がれている噂の一つで、

 曰く、そこにいるだけで町を破壊し尽くし

 曰く、それは空間を作ることはなく

 曰く、ただ一人として勝利したことのない最凶の敵であると。

「はっきり言ってアタシは眉唾だと思ってるけどな。そんなのがいるとしたらこの世界はとっくの昔に滅んでるだろ?それに仮にいたとして、そいつは今どこにいる?」

「……それらを含めた私の持つ全ての情報、これが同盟の条件」

「見返りは?」

「……別に。ただ奴が現れた際、力を貸してほしいだけ」

 そこまで聞いて彼女は一考する。

 彼女にとってこの話はメリットだけでデメリットがない。そもそも情報を貰っても戦わないといけない決まりはない。自分の領地に来たのなら倒す必要があるが第一ここは茜の領地ではないし、拘る要因はもうない。

(だけど、アイツの言ってたこともあるからな……)

「分かった。同盟に応じる。ただ、基本的には連携はしない。それでいいか?」

「……えぇ。その際に味方であってくれるならそれで構わない」

 白い髪の少女はそう言うとその場を後にする。

 残された少女は「つくづく気味がわりぃな」と呟くのだった。



 数日経ったある日、真は職員室にいた。日直の仕事で課題を先生に提出するためだった。

 もう一人の日直は日誌の記入や黒板の手入れを担当しているので、こういった力仕事は真がすることになった。

(だからって、一人でやるのはキツい……)

 三往復してクラス全員のノートを運び、すっかり痺れ切った両腕をブラブラと揺らしながら内心悪態をついて職員室を後にする。

 職員室から少し離れた所に見知った後ろ姿があった。そう言えば少し前にも同じことがあったな、と思いながら走って近づく。

「久しぶり、和ちゃ……ん……?」

 振り向いたその人の顔を見て真は疑問を浮かべた。その人は真だと気づき、そして戸惑っていることに気づくと頭をペコリと下げる。

「お久しぶりです。竹内君」

 そう言って笑う彼女は間違いなくあの閨崎和だった。背丈も声も、特徴的な亜麻色の髪もそのままだった。

 ただ一つ、顔にあった火傷の後だけが見る影もなく綺麗に無くなっていた。

「えへへ。変、ですかね?」

 恥ずかしそうに前髪に触れる。よく見れば少しだけ前髪が短くなっている。前は目が隠れていたが、今は髪の毛と同じ色の亜麻色の瞳が露わになっていた。

「い、いや全然!結構雰囲気が変わっててビックリしたっていうか……」

(もしかして……)

 真の中であることが附に落ちた。それはどうして気づかなかったのか不思議なくらいに綺麗にそこに収まった。むしろ今まで気づかなかったことが恥ずかしいとさえ感じるほどだった。

 二人は教室に戻っている最中だということを思いだし、軽く笑い合うと歩き始めた。

 隣に歩く和はいつもより背が高く思えた。

「やっぱり、気が付きます、よね」

 和がどこか言いずらそうにそう切り出す。真は「まぁ、ね」と返した。

「私も何が起こったのか分からないんです。ただ、目が覚めると火傷の跡が消えていて、それも前触れも何もなかったから」

「そっか……」

「最初は戸惑いました。でも、今は素直に嬉しいと思ってます。昔からずっと、火傷の跡には嫌なことしかなかったから。あ、でも竹内君達と仲良くなれたのは良かったのですけど」

「そう言われると恥ずかしいな」

「だから、本当は三人にちゃんとお礼を言いたいんです。特に健治君にはお世話になりっぱなしだったので。だけど全然会えなくて、教室にはいるのは分かってるんですけど、ただ、入る勇気もなくて……」

「ま、そこは仕方ないかもね……」

 これまでの経緯を顧みても妥当だと思った。休み時間に他のクラスに行くのはまだハードルが高いだろうし、真自身あまり他の教室に顔を出したいとは思わない。

「でも、伝えます。これからは皆さんに頼らなくてもやっていけるって、私の口から、そう言いたいんです」

 和の発言には今までにない力強さがあった。それはきっと火傷が消えたことで生まれたのだろう。そう思うと真はまるで自分のことのように嬉しくなり、誇らしく思えた。

「だから、まずは竹内君に。ありがとうございました」

 そう言うと深くお辞儀をする。そのことが無性に恥ずかしくて、「いいよ別に」と早口で伝えた。

 ゆっくり歩いていたが、教室の並ぶ廊下まで目と鼻の先にまで来ていた。真が足を止めると、和が首を横に振った。

「もう、平気です。今なら、一緒に歩いても」

「……うん。分かった」

 そうして曲がり角を曲がる。一瞬廊下が騒めいたが、和は気にしないようにしているのか堂々と歩いていた。

 真達のクラスの前を通る際、本を読む健治の姿が見えた。それだけなのに和の表情がふわりと和らぐ。その様子を真はどこか眩しそうに見ていた。

 真が教室に入る際、和がこう言った。

「今度、ちゃんと伝えるつもりです。なので、どうか……」

「分かってる。さっきのことは言わないでおくよ」

 そう言うと恥ずかしそうに頭を下げて教室へと戻っていった。それを見届けて真も教室に入る。

 健治と一瞬目があったが、特に何も言うことなく視線を本に戻したのだった。



 結衣の時とは違い健治の探索は長時間に渡って行われる。

 基本的に見て回る辺りの傍に自転車を止め、そこから周囲を探索する。健治の特化した箇所は目で、探索する際は周囲をくまなく見て回っている。

「どうだ?」

 真がそう尋ねると健治は首を横に振った。

「ここでもない。あったのだろうが、既に移動しているみたいだ」

「そっか」

 健治の場合、敵のいる場所がぼんやりと見えるのだそうだ。だがこれには欠点があって、実際の距離感がかなり曖昧でどのくらい離れているのかが判断できないのと、今いるのか既にいなくなっているのか見分けがつかないそうだ。

 敵の根は町のそこらへんにあるらしく、一つ一つ見て回る必要がある。

「しかし、毎度悪いな。暇ではないか?」

「そうでもないよ。結衣さんの時もこんな感じだったし」

 結衣の場合は何も言わなければ一切こちらのことを気にかけもしなかった。今ではその理由を知っているため文句はないが、当時は多少なりと不満はあった。

「そうか。手がかりは見つからないが、ひとまず休憩するか」

「だな」

 近くにあった自動販売機で飲み物を買うと、ガードレールに腰かけ一息つく。

「そう言えば、今日和と話していたな」

 気づいてたのか、と思いながらも「職員室で偶然な」と言って、健治の左側に座った。

「……なにも言わないんだな」

「ん?あー、お前の願いのことか?」

「そうだ」

 真は少し考えると、口を開いた。

「正直俺はいいんじゃねって思う。あの子がどれだけ苦しんでたか知ってるし、お前がそのことを凄い気にかけてたのも知ってるし。そりゃ命に代えてまでのことかって言ったら俺にはよく分かんないけど、でも俺がどうこう言うことでもないかなって」

「……そうか」

「ただ、一つ気になったけど、お前最近会ってないんだって?つーか連日敵を探してるからそりゃそうなんだろうけど」

 健治は少し躊躇いながらも「分からなくてな」と言った。

「どんな顔して会っていいか、今までどうやって会ってたのか、会って何を話していいのかが分からない。そうしていたら、火傷の跡が消えたのなら、自分はあまり関わらないほうがいいのではと思うようになってな」

「そんなことないだろ?少なくともあの子は会いたいって言ってたよ」

「だとしても、それはある種の擦り込みのようなものだ。他人を遠ざける物がなくなった今、和が自分と仲良くする必要はない」

 ゆっくりと上体を傾け空を見上げる。

「それに自分はただの人ではなく英雄だ。そんな自分と一緒にいても困るだけだろうし、自分自身英雄としての役割もある。会うのは英雄としてきちんとやっていけるようになって、このことをきちんと伝えられるようになってからだ」

「……まぁ、お前がそういうならいいけどさ」

 真は手に持つペットボトルを弄びながらそう答える。

 少しだけ寂しいと、真は思ってしまったが、健治がそう言うなら仕方ないのかもしれない。

「それで、一体何の用だ?」

 見上げた体勢のまま、健治が声を張りそう告げる。

 するとすぐ近く、家と家の間の路地から茜が現れた。

「よォ。相変わらずそいつを連れてるのか」

 変わらない物言いに対し健治は特に反応することなく、

「再戦にでも来たのか?」

「いいや。ここじゃ少しばかり目が付きやすい。今から言う時間と場所に来な。そこで白黒はっきりつけようと思ってな」

「なるほどな。了解した」

 茜は簡潔に内容を伝えるとそのまま路地へと消えていった。

 残された健治の表情が張り詰めたものに変わっている。

 間違いなく、行くつもりだ。

「行ってもいいか?」

 真がそう尋ねる。

「勿論だ。その目で見ていてくれ」

 そこで一度解散になり、時間まで二人は別々に行動することにした。

 真は一人家に帰る。その日に限って圭さんも父親も帰ってこなかった。夕食を済ませ、あらかたの雑用を済ませると、書き置きを残して家を出る。

 二度目の戦い、場所は町を結ぶ橋、その一つだった。



 深夜二時半。市と市を繋ぐ橋の一つに彼らはいた。

 四車両が通れるこの橋は本来なら荷物を運ぶトラックや終電を逃した人を乗せたタクシーが行き来する重要な経路の一つである。

 赤く塗られた鉄骨を骨組みとして、一定の間隔で電灯が並ぶ。歩道とガードレールがあるだけのシンプルな造りだ。

 茜はそこを、再戦の場所として指定した。

「いやいや、健治の力は凄いね。まさか橋をまるごと覆うなんて」

 感心した様子で銀は辺りをきょろきょろと見回す。

 健治が自らの力を用いて作った結界は、シャボン玉のような不思議な模様が空中に描かれている。

 健治が言うにはこれの内側で起きていることは外の人には見えないらしく、外から見ると橋は工事中で封鎖されているように見えるそうだ。

 だからか橋の上には自分たち以外に何もなかった。

 真は健治に言われた通りに橋の端で銀とその光景を眺めていた。

 健治と茜は堂々とした振る舞いで橋の中心で対峙している。

 ここからでは会話は聞こえなかった。

「凄い様になってるな……」

「茜はともかく健治も契約してからそれなりに経ったからね。もう十分立派な英雄だよ」

 当の二人は二、三言交わすと踵を翻し、少しだけ距離をとった。

 そこから少しの間、静寂が辺りを包んだ。

 僅かに吹く風の音と、遠くから聞こえるエンジンの音、それに自らの心臓の音。

 普段あまり気にしないような微かな音がいつもより強く感じられた。

 そして、


 ────────ッ!!


 二人が動いた、と思った瞬間にはもう地面を滑りながら距離を取っていた。

 遅れて爆発音に似た音と金属がぶつかり合った音、そして彼らが動くことでもたらした突風が真の頬を叩いた。

「な……ッ!」

 真が驚く暇もなく二人の姿が消える。

 地面はえぐれ、鉄骨が曲がる。まるで小さな竜巻がそこにあるかのように辺り一帯を破壊していく。

 まるで違う。健治の初陣とも、今まで倒してきた敵と戦う時とも、比べることすらおこがましい程にエネルギーが違う。破壊力が違う。

「これが、英雄同士の本気の戦い……」

 真はその光景を、ただ眺めることしかできなかった。



 戦いは終始茜が有利を取ったまま進んでいった。

 前回、距離をとったのが敗因だと考えた茜は離れることなく、至近距離からの攻撃を仕掛けた。

健治もまた、前回勝ちきれなかった要因は弾丸を見極められなくてもダメージになら ない距離に離脱されてたことだと考え、あえて接近戦に持ち込んだのだ。

 だが、

「おらぁあ‼」

「くッ……!」

 頭上から振り下ろされた茜の攻撃を銃で受け止め、銃がミシミシと軋む。

 その衝撃を銃を少し傾けることでどうにか逃がすと、空いた手で銃を生成、即座に撃つ。

 だが茜は頭を振ることで難なく回避すると空中で素早く回転し、頭を傾けた方と逆の足で回し蹴りを放った。

 健治はなんとか銃を生成し蹴りを防ぐも、勢いを殺せず吹き飛ばされてしまう。

 それでも牽制のために銃を複数生成。地面を転がりながらも茜の方へと放つ。

 これを手にした槍で素早く弾くと一呼吸で距離を詰める。

 そして健治が銃を生成しこちらに構えた瞬間に更に加速し、その背後を取ると手にしている錨で背中を殴りつけた。

「グッ⁉ガハッッ‼」

 健治は受け身も取れずに地面の上を転がる。

 ようやく止まり数回せきこむと、少し離れたところから茜が獰猛な笑みを浮かべ問いかける。

「どうしたルーキー。まさかと思うがあの時互角だったから今回は勝てる、なんて思ってねぇよなぁ?」

 健治は答える余裕すらなかった。

 ただ悔しそうに茜を見つめる。

「だとしたら甘チャン過ぎるぜ。テメェの力は確かに脅威だが種さえわかればどうってことねぇ」

 槍を両手で自在に振り回すと、重心を低く、やや後ろにとる構えをとり、

「遊びはここまでだ。悪いがさっさと決めさせてもらう」

 宣言通り、そこから先は一方的な展開だった。

 元より踏んできた場数が違った。前回健治が茜と互角にやり合えたのはその力の特性故だった。例え見切っていても、万が一を考え彼女は踏み込んでこなかった。

 だが二度目で、彼女の見立てに見落としがないことを確信することになった。その上で彼女は未だ力を一度も見せていなかった。

 茜の攻撃は苛烈さが増し、健治はボロボロになりながらもどうにか茜の攻撃を躱し続けていた。

 躱すだけで精一杯だった。

 もはや時間の問題だと、戦う二人がそう思ったその時、


 それは唐突に訪れた。


 まるで羽毛が舞い降りてきたかのような軽やかさと静かさで、それは健治と茜の間に割り込む。

 白く長い髪、手には一振りの刀。

 四ノ宮鈴だった。

 真の目にはまるで理解できなかった。化かされたかのように茜は槍を下し、健治は同じ体勢のままそこにいた。

「おい鈴!何すんだ!そこをどけ!邪魔だ!」

「同意見だ。戦いの邪魔をするな」

 噛みつく二人をまるで意に介さず髪を手でなびかせると、静かに告げる。

「……二人とも、今すぐ変身を解きなさい」

「はぁ?なんでアンタの言い分を聞かなきゃいかねぇんだ?」

 茜が食い下がった。対する健治は渋々といった表情で変身を解いた。

「……もう一度言うわ。今すぐ変身を解きなさい」

 さっきよりも低い声で告げる。

 わずかに声を詰まらした茜は、大きく舌打ちをすると変身を解いた。

 それを見ると、鈴は茜の方に振り向く。

「……言ったわよね。今後彼らと接触するのは避けてって」

「言われたな。でも提案したのはアンタだ。律儀に言い分を聞く理由があるか?」

「……そうね。なら」

 気が付くと茜の背後に鈴がいる。

 いつの間に抜いたのか刀の刃を首に当てていた。

「……今ここで、白黒つけてもいいのよ?」

「……チッ。分かった分かった。もうしねぇよ」

 おだけるように両手を上げた。

 鈴は刀を納め、真と銀の間を裂くように通り抜ける。

 その際、

「……言ったこと、まさか忘れてないわよね?」

「そうだけど、でも健治のことほっとけないだろ」

 その圧に屈することなく真が答え、鈴は返事をすることなくその場を後にする。

 その後に続く茜は、どこかすまなそうに頭を掻きながら真に話しかける。

「何か、悪ぃな」

「いや、俺は別に……」

 やけに親し気に話しかける茜に対し真は戸惑いながらそう答える。

「そっか。ま、アタシにはアンタらの事情はよく分かってねえんだけどよ」

 耳元に顔を近づけ、囁く。

「健治のこと、注意して見とけ。少しだけ危ねぇ気がすっから」

 どういうこと、と尋ねる前に茜は遠くで座り込む健治に大声で叫ぶ。

「二度目になるが、次こそは必ず決着つけるからな!それまで死ぬなよ!」

 健治から「あぁ」と返事が聞こえると、茜は「んじゃな」と真に告げると鈴の後を追うようにその場を後にした。

 真は二人がいなくなったのを確認すると健治に近寄る。

「大丈夫か?」

「……おかげさまでな」

 渋い顔をしながらも健治はそう答えると、差し伸ばされた手を取って立ち上がった。

「しっかし、凄かったな二人とも」

 真は目の前の光景を眺めながらそう呟いた。

 爆撃でもされたかのように橋はボロボロだった。それだけで、さっきまでの戦いの壮絶さがよく分かった。

 そして、この惨劇を作りだした要因の一人が、自分の幼なじみだということに少しだけ理解が追いついていなかった。

 健治は前回とは違い、表情はどこか浮かなそうだった。

「どうした?」

「いや、なんでもない。じきに結界が消える。帰ろう」

 そう言うと健治は鈴たちがいなくなった方向とは逆の方に歩き出す。



(……あの女、やはりただ者ではない、か……)

 健治は目の前で起きた光景を反芻する。

 鈴が割って入った時、それは茜がとどめを刺す瞬間だった。

 まさに渾身の一撃。食らっていれば間違いなく生きてなかっただろう。

 それを難なく、小さい子供の攻撃を受け止める大人ぐらいの軽さで受け止めていた。だが健治の目には何が起こったのかまるで理解できていなかった。そもそも受け止めたのかすら怪しむほどに先ほどの現象は自分の常識の外側のものだった。

 どちらにせよ、それだけで彼女の実力は計り知ることができた。

(……クソ)

 足りない。実力も、経験も。何もかもが鈴にも茜にも、そして結衣さんには到底足りていない。足元にも及んでいない。

 胸の内に広がる苛立ちは腹部の鈍い痛みと共に増すばかりだった。

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