August 8

「あたしなんて、ムチムチしてて色も黒いし、チビッコだし。髪だってクセっ毛のショートで色気ないし… 性格もこんなだから、ずっと先輩に好きでいてもらえるか…」


そう言うあっこを、ぼくはぎゅっと抱きしめた。


「そんな事ないよ! あっこは可愛いよ!

ぼくはあっこがほんとに好きなんだ。だから… 選んだんだ!」


まるで自分に言い聞かせる様に言うと、まだなにかいい足りない様な彼女の唇を、自分の口でふさいだ。


「…」

「…」


「…先輩。今日から、、、 キスもふつうにできますね」


唇が離れ、あっこは恥ずかしそうに頬を染めて言う。


「はは。そうだな。もう伝染うつる心配、ないもんな」

「先輩っ! ずっとずっと、いっしょにいたいです!」

「あっこ・・・」


なんて嬉しい言葉なんだろう。

だけど…


心の片隅に、不安がよぎる。

初恋という、人生でいちばん特別な恋を、あっこから向けられて、自分がその想いに、ちゃんと応えられるんだろうか?


「あっこはぼくに対して、がっかりしたりとか、違和感あったりとか、した事ない?」

「え? どうしてですか?」

「だって… 初恋だろ?

初めての恋って、相手に対して過大な夢とか、期待を抱きがちなんじゃないかなと思って。

でも、現実がもし、自分の予想してた通りじゃなかったとしたら、余計に、相手に裏切られた気分になるんじゃないかと…」

「…」

「好かれてるのはもちろん嬉しいんだけど、その分、失望させるのが、怖いんだ」

「そりゃ… 恋に夢とか憧れは、持ってますよ。

もしかしたら、先輩はそんな理想と違うかもしれないし、違和感だって、あるかもしれない。

でも、違ってるとこは、合わせればいいじゃないですか。

勝手に憧れて、勝手に失望なんて事、したくないです。

だいたい、今はそんな事考えられないくらい、いっぱいいっぱいなんです。

だから、、、

そんな風に言わないでください」


そう言ってあっこは、ぼくの腕にぎゅっと抱きついた。

彼女の弾力のある大きな胸が、二の腕に押しつけられる。


なんていい感触なんだ。

ドキドキしてしまう。

この感触を、ずっとずっと味わっていたい。

ウジウジと自信のない様な事を言ったりしてちゃ、あっこにだって愛想尽かされてしまう。

そんな事のない様、ぼくももっとしっかりしなきゃ。


「ごめん。違和感なんてお互いの努力で、埋めていけばいいよな。それこそ、テニスのダブルスでペアを組むのと同じかもしれない」

「そうですね。

いいペアになれる様に… ずっとずっと、いっしょにいられる様に、あたしも頑張ります」

「あっこ… 嬉しいよ」


自分のセリフに恥じらう様に、少し頬を赤らめてうつむいた彼女を、ぼくはもう一度ぎゅっと抱きしめ、キスをした。


そう言えば、いつかまさるが、


『好きになったらドンとぶつかってゲットして、キスしてセックスして、その女と一生いっしょにいたいって思うのが、ほんとじゃね~のか?』


なんて言ってたっけ。


率直に言う。

ぼくはいつだって、あっこにキスしたいと思っているし、セックスだって… したい。

自分のたかまったものを彼女の中に入れて、ひとつになれたら、どんなに幸せな事だろう。


あっこのすべてが欲しいし、すべてを見たい。

そして、ぼくの想いを、全部注ぎ込んでやりたい。


そんな、いてもたってもいられない様な欲求に、いつも駆られてくる。

だけどあさみさんには、そんな風には感じなかった。

彼女は最後まで、『清らかな女神様』のままだった。


いや・・・


『清らかなままでいさせたかった』と、言うべきか。


それはきっと、まさるの言う様に、空想の、自己満の恋だったから。

口惜しいけど、あいつの言う事はある意味正しかったな。


「行こう!」


あっこの手をとり、ぼくは歩きだした。

夏の日射しがほとんど真上からふたりに照りつけ、足許あしもとに短い影を作る。

目の前の国道に、もう蜃気楼は見えない。

ぼく達は手をつないで、セミしぐれの中を歩いていった。


つづく

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