half year later





         half year later



 酒井亜希子と手を繋いで、むせ返る様なアスファルトの国道を歩いた、あの夏の日から、もう半年・・・





夏の日射しが薄れる様に、萩野あさみさんに対する初恋の炎は、少しずつかげっていき、ぼくは入院する前の日常に戻っていった。


今までの遅れを挽回するかの様に、テニスの練習に励み、次の春季大会では、再びレギュラーの座も見えてきた。

学校の方でも特別に補習授業を組んでくれ、試験も実施してくれて、なんとか進級のメドも立った。

クラスのみんなからも、病気の事でからかわれる事は、もうなくなった。

『ほんとに結核にかかってたのかな?』と、入院していた実感さえ、なくなる事もあるくらいだ。


なにもかも入院前と同じだけど、今、ぼくの隣には、いつも酒井亜希子がいる。

部活でもクラスでもみんなから冷やかされまくるし、ふたりケンカもしょっちゅうだけど、あっこがいてとても幸せだし、毎日が充実してる。

スッタモンダあったけど、いっしょに大人の階段も登る事ができて、さらに彼女の事を愛しく想い、大切にしてやりたいという気持ちが強まっていった。


あの時・・・

萩野あさみではなく、酒井亜希子を選んだ事を、ぼくは悔やんだりしてはいない。



すべて、今までどおりみたいな日々だけど、ぼくの心の隅には、なにかがまだ、くすぶっている。


『失しものをして探していたら、いっしょに探してくれた』


と、あの時とっさにあっこに言い訳したけど、確かにぼくは、あの夏の日のバス停で、『なにか』を失ってしまったみたいな、漠然とした喪失感を抱えている。


なにかとは・・・


それは、とっても大事なもののはずなんだけど、思い出せないもの。

心のメモリーの奥底に沈んでしまった、二度と味わう事のできない、郷愁めいたもの・・・


きっとそれはぼくの人生の中で、いちばん美しく、夢の様な恋なのかもしれない。


萩野あさみさんが写った3枚の画像・・・


まさるが撮った、彼女の笑顔とパンチラ写真。

そしてぼくが撮った、バスに乗るあさみさんが点景で写ってる写真。

それは今でも、『beautifulmorning』という名前のフォルダを作って、パソコンに保存してある。

『akko』と名付けたフォルダには、日々、新しい画像が増えていって、頻繁にデータを出し入れしてるのに、『beautifulmorning』は、滅多に開かないし、これ以上画像が増える事もない。

だけど、この3枚の画像は、CD-Rにバックアップをとっておくほどの、ぼくの一生の宝物なのだ。



秋からは、『Face Book』をはじめてみた。

あっこと繋がっているのはもちろんだけど、ぼくには密かな期待があった。


もし…

もしも、あの時…

ぼくが彼女に、メアドを教えてたら・・・・・



メアドは伝えられなかったけど、萩野あさみさんはぼくの名前を覚えてくれてて、ネットで検索して、このページに訪れてくれるかもしれない。

メールかメッセージをくれるかもしれない。

そんなによくある様な名前じゃないし、学校名も部活でテニスをやってる事も載せてあるから、その気になれば簡単に見つけられるだろう。


そんな、ずるいような淡い期待を、ぼくはまだ抱いてるのだろうか?


そんなの、あっこに対する裏切りみたいな気もする。

でも、女の恋愛は『上書き保存』で、男の恋愛は『フォルダを作って別々に保存』なんて言うし…

『萩野あさみ』というフォルダは、永遠にぼくの心のメモリから消える事はないだろう。




だって、それはぼくの一生一度きりの、『初恋』なんだから、、、


END


6th Mar.2012 初稿

6th Jun.2019 改稿

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