August 2

 その後、病気も順調に回復し、退院は8月25日に決まった。

今は比較的平穏で、平和な毎日が続いている。


いや・・・


恥ずかしながら、『あっことのラブラブな毎日が続いている』と言うべきか。


テニスの練習に励みつつ、あっこはここにも頻繁に顔を出してくれている。

お見舞いに来れない時でも、メールか電話でほとんど毎日連絡をとってる。

ケンカする前から読んでいた『エースをねらえ!』も、無事に全巻読破した。

ぼくの病室にはいつも、あっこが持ってきてくれる花が飾られている。

まさるがそれに気づき、問い質してきたので、ぼくは正直にすべてを打ち明けた。

あれだけ『あさみさんが好きだ』と言ってた自分が、いきなりあっこと付き合い出したので、軽蔑されるかとも思ったが、まさるはそんな事気にする様でもなかった。


「…で? あさみちゃんの事はどうすんだ? おまえの初恋だろ」


窓辺の椅子に腰かけ、あっこが置いていったアイスハーブティを飲みながら、まさるは意地悪い口調で訊いてきた。


「あさみさんの事は口惜しいけど、おまえの言うとおりだったよ」

「女神さまってやつか」

「…それは自分でも感じてたんだけど・・・ 認めたくなかった。

でも、彼女のナマの感情をちょっと垣間見ただけで、自分の理想の恋愛が崩れる様で、おどおどしてしまって…

彼女を好きだっていうより、彼女を好きな自分の気持ちに酔ってるんだって、気がついたのかもしれない」

「…そうか。でもよ。もし、あさみちゃんが、おまえの事好きだとしたら、どうする?」

「え?」

「理想化したあさみちゃんじゃなく、ちゃんと現実の彼女と関われるんだぜ」

「それはありえないだろ」

「まあ、ふつうはそうだな。

『バス停で会った男に一目惚れする』なんてベタベタな少女漫画みたいな事って、まずありえないよな」

「…というか、嫌われてるみたいだし」

「例の、『視界から逃げ去って影でクスクス笑われた』ってやつか?」

「あのときは折れそうになったよ。だからもうこれ以上、彼女の事深追いしたって、自分自身の初恋を汚す事になるし、なによりあっこを傷つける事になるだろうし」

「そりゃそうだ。はじめての彼氏が、いきなり別の女と二股かけてるなんて。最悪だもんな」

「だから~。あさみさんに対する気持ちは、そんなんじゃないって。

それに今は、あっこの事をいちばん大事にしてやりたい。あさみさんの事は、きっぱり諦めるよ」

「そっか~、、、」


まさるは大きく伸びをし、窓辺に飾ってある花をしばらく見ていたが、おもむろに振り返って言った。


「まあ、、、 おまえがそう感じたのなら、そうなんだろうな」

「なんだよ、その意味深な言い方」

「乙女心はわかんねぇからな〜」

「どういう意味だ?」

「オレの豊富な知識と経験によれば、それってフラグじゃねぇか?

『おまえの事が好き』っていう」

「はぁ・・・?」


あまりに突飛なことを言い出すので、思わず目が点になる。


「いや、すまん。やっぱそれって、メチャクチャ嫌われてる証拠だわ。次会ったら、毛虫踏んづけた様な顔されるぞ」

「どっちなんだよ!」

「悪ぃな。揺さぶっちまって。恋愛ビギナーだってのに」

「まさる、楽しんでないか?」

他人ひとの恋バナをいじるのって、楽しいよな」

「おまえ・・・」

「はは、すまん。

なんにしても、おまえがちゃんと女に目覚めてよかったぜ。あのままずっとあさみ教の信者でいたんじゃ、不毛だったもんな。今度あっこちゃんにも会わせてくれよ!」


まさるはそう言うと、バシバシとぼくの背中を叩いて笑う。

萩野あさみの事は、それこそまさるの手のひらの上で転がされたみたいで、ヤツの思惑どおりに運んだ様な気がして、ちょっと口惜しい気もするけど、ぼくの事を考えてくれての事だし、まあよしとするか。


後日、まさるとあっこが偶然この病室で鉢合わせした後、まさるのやつは、


「あっこちゃんってまだ高1だろ? 犯罪的な巨乳だな。揉みてぇ~~~」


とかヌカしたので、またグーで殴ってやった事を付け加えとく。


つづく

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