July 17

“パチン”


勢いよく、ブラのカップが左右に跳ね、大きなおっぱいが解放される様に、プルンとはじける。


初めて見る、酒井のおっぱい・・・

お椀を伏せた様な綺麗な半円を描き、そのいただきには薄桃色の小さなポッチ。

目が吸いついてしまいそうだ。


最後に残った一枚…

ショーツにも、酒井は腰の部分に指を入れ、ぼくから視線をはずさないまま、するすると下ろしていった。


ソックス以外、一糸纏わぬ酒井亜希子の姿。

窓から入ってくる明かりが余計になまめかしく、その裸体を浮かび上がらせる。

まるで月の女神の様に圧倒的に美しく、脳みその奥の方まで揺さぶられる様な、酒井亜希子の裸。


もっと見たい。

だけど・・・


目のやり場に困り、ぼくはうつむいて視線を逸らせた。


「好きなだけ見ればいいでしょっ。あたしの胸も、脚も、あそこも… 見たかったんでしょ! いくらでも見ればいいわよっ!」

「…」

「痴漢か泥棒みたいにコソコソ盗み見てないで。堂々と見ればいいのよ!」

「…」

「そんな勇気も度胸もないくせに… 先輩なんて… サイテー!」

「あっこ!」


思わず発した大声にビクンと肩を震わせたあっこは、まるで憑き物が落ちたかの様に、いきなり頬を上気させて狼狽えると、両腕でからだを隠し、嗚咽しながらその場にへたり込んだ。


「うっ… うっ… うっ…」

「あっこ…」

「先輩… うっ…」

「…」

「全部… バレちゃった」

「…」

「もう終わった… あたしの、、、 初恋」

「…」

「先輩… ごめんなさい…」

「あっこ…」


部屋の隅でからだを丸め、生まれたままの姿で酒井は泣き続けた。

涙がリノリウムの冷たい床にポロポロとこぼれてはじけ、真珠の様な粒を作っていく。


「うっ… ごめん。ごめんなさい…

こんなこと言うつもりなんて、なかったのに、、、

あたしって、サイテー… どうしようもない。

先輩に嫌われるの、当たりまえ。どうしようもない…」


うわ言の様に酒井はつぶやく。

その姿がなんだかとても小さくて可愛く、愛おしい。


女心なんて、ぼくにはわからない。

だけど、力の限りぼくを罵る事で、彼女の心の振幅がいかに大きいかが、おぼろげながら伝わってきた。

タオルケットを手に取って、ぼくは彼女の側に寄り、肩からかけてあげる。


「先、輩…」


涙のいっぱいたまった瞳で、ぼくを見つめる酒井。

綺麗すぎてドキドキする。


「そんな事ないよ。ごめん。ぼくも言いすぎた。心配ない。大丈夫だから…」


なにが『大丈夫』なのか、自分でもわからない。


「先輩っ」


そう言うとガバッとからだを起こし、酒井はぼくの首にしがみつく。


「先輩! うっ… うっ…」


嗚咽しながら彼女は、ぼくにギュッと抱きつく。

張りのある大きな胸が直接押しつけられ、尖った先端の感触が伝わってくる。

酸っぱい様な汗の混じった香りに、頭がクラクラしてくる。

はじめて見てはじめて触れる女の子のナマのからだは、二次元の画像なんか、全部吹っ飛ばすくらい、迫力がある。

艶かしく、ふっくらすべすべしてて悩ましい曲線を描き、その肉の内側からは濃厚なエネルギーが放たれ、なにも考えられなくなるくらいに強烈に惹きつけられる。


いや。


『女の子』なんて記号で呼ぶのは、酒井に失礼だ。

ぼくが惹きつけられたのは、『酒井亜希子』っていうひとりの女の子。

彼女の魅力の前では、薄っぺらな理性なんてなんの役にも立たず、立つのは下半身ばかりで、ぼくは思わず背中に腕を回し、思いっきり彼女を抱きしめた。


「あっ…」


漏れる様な声を発して、酒井はぼくにからだを預ける。

抱きしめた両手から伝わってくる、素肌のぬくもり。

首筋にかかる、熱い吐息。

すべてが愛しくて、気持ちがたかぶる。


「先輩、、、」


まじまじとぼくの瞳を見つめていた酒井だったが、不意に目を閉じて、唇を重ねてきた。

あたたかなマシュマロの様な彼女の唇の感触が、ぼくの頭を朦朧もうろうとさせる。

口の中が溶けそうになるくらい、あったかくてヌルヌルしてて…


このままずっとキスしていたい。

だが、それはしちゃいけない事…


「ダメだよ!」


彼女の肩をつかみ、ぼくは強引に引きはがし、言った。


「結核が、伝染うつるから…」


ぼくは結核患者。

感染防止法の二類感染症2号に指定されている、恐ろしい伝染病患者なのだ。

菌はほとんど出なくなったとはいえ、まだまだ入院療養中の身。こんな濃厚感染の元になる様な事をして、彼女に病気を伝染うつすわけにはいかない。

テニス部の有力メンバーで、心からテニスが好きで打ち込んでいる彼女に、ぼくの結核なんかでその想いを途絶させ、クラブに迷惑をかける様なマネはできない。

なにより、こんな病気なんかで、彼女を辛い目に遭わせたくないのだ。


なにか言いたげに唇を震わせていた酒井は、穴があく程ぼくを見つめていた。

だけど、瞳をうるませて、


「先輩の病気なら、伝染うつったっていい!」


と言ってまた唇を重ね、まるでぼくの病気を全部吸い取ろうとするかの様に、激しく口を吸った。


もうダメだ。

もう、どうでもいい。

ぼくだってこのままずっと、酒井とキスしていたい。

抱きしめていたい。

酒井が愛しい。

酒井が好きだ!

ひとつになりたい!


初恋の萩野さんには感じる事のなかった、怒涛の様に押し寄せてくる生々しい感覚。

これが、まさるの言っていた、『リアルな恋』ってやつなのかもしれない。


夜の病室の片隅で、月明かりに照らされながら、ぼくと酒井はいつまでも、ひとつのシルエットのままだった。


つづく

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