July 16

デジャ・ビュー。


このシチュエーション・・・

覚えがある。


そうだ。


いつかの雨の夜、ずぶ濡れで酒井がここに立っていた時と、そっくりだ。

あの時、酒井の攻撃に切れて、『来るな、迷惑だ』なんて言葉を、ぼくは吐いてしまったんだった。

口にしてしまった後、ぼくは激しく後悔した。

『初恋』だという彼女の気持ちを知ってしまった今、どう接していいかはわからないけど、あの時の二の舞だけはしたくない。

もう、酒井を傷つけたくない。


「酒井さん。よかった。みんな探してたんだよ」


努めて明るく、ぼくは彼女に声をかけた。

だが、酒井はなにも言わない。

じっと黙ったまま、眉を険しくひそめて瞳をカッと見開き、憎悪とも怯えともとれる様な視線で、ぼくを見つめているだけだった。

月明りに映し出された彼女の顔は真っ青で、深い陰影が刻まれている。ふつうじゃない酒井の雰囲気に、思わずたじろいでしまう。


今夜も彼女は、救いを求めてここにやってきたんじゃないか?


そうだろうと予想しつつも、この強烈な視線から発せられる攻撃的なオーラを浴びていると、自信が持てなくなる。

恐ろしい程の緊張が、ふたりの間に漂った。


「…」


唇を震わせ、酒井がなにか言おうとする。

その後に口をついて出てきた言葉は、意外なものだった。


「…愛美が、なに言ったか知らないけど… あたし、先輩の事、なんとも思ってないですから」

「え?」

「ってか、嫌いだから… 気持ち悪い」

「…」

「ムカつく…」

「…」

「先輩… キモいです。顔見てるだけでイライラしてきます。いい気にならないで下さい!」

「いい気って、ぼくはそんな事思って…」


どうしてこんなに、ぼくに対して攻撃的になるんだ?

ぼくの事、好きなんじゃなかったのか?


次第にたかぶっていく彼女の悪口雑言に引きずられる様に、こっちの感情もグラグラ揺れてくる。

戸惑いながらもぼくは、あっこの方へ一歩踏み出そうとした。


「近寄らないでっ! 病気が伝染うつるっ!」


酒井は叫んだ。

その拒絶の声で、かすかに芽生えていた『愛おしい』と思う気持ちも、みんな吹っ飛んしまった。


「ふっ、ふざけんなよ…」


憎悪に引きずられる様に、ぼくの口からも反射的に、罵りの言葉が吐き出されてしまう。


「ぼくだって、おまえの事なんて、大っ嫌いなんだよ!」


しまった!

また言ってしまった。

あれほど後悔したのに。


その言葉を聞いた酒井は、納得した様な、あるいは悟りきった様な笑みを、口元に浮かべた。


「そんなの知ってます。先輩があたしを嫌ってるって。別に… そんな事、どうでもいいです」

「…」


意外な反撃に、一瞬言葉を失う。


「じゃあ、、、 嫌いなくせに、どうして見るんですか」

「え?」

「あたしの事、こっそり見てたじゃないですか」

「なんの事だ?」

「お茶いれてる時やマンガ読んでた時とか、雨に濡れて、Tシャツ一枚でいた時とか…」


…まさか?


「ずっとガマンしてたけど、、、

先輩の視線、、、

いつもいつも、あたしのからだを。

胸とか脚とかおしりとか、イヤらしい目で見てて… キモかった。

すっごくイヤでした!」

「・・・・・・」


うっ、嘘だろ!?

こいつの胸とかパンツを、ぼくがこっそり盗み見てた事、酒井は気づいていたのか?


「気づいてないって思ったら、大間違いです。ほんっとキモい! いやらしい! サイテーっ!!」

「う、うるさいっ!」

  

いちばん知られたくない恥ずかしい部分を容赦なく責め立てられ、ほっぺたに全身の血が集まってしまったかの様に、ぼくの顔は真っ赤になり、狼狽しながら否定する様に叫んだ。


「全っ然興味ないんだよ! おまえのからだなんて。そんな・・・ 見られてるなんて、自惚れんなよ!」


酒井の口許が、微かに笑みを浮かべる。

投げやりな、冷たい微笑み。

なのに、煮えたぎる様な瞳はずっとぼくを見つめたままで、酒井は制服のブラウスのボタンに指をかけた。

上のボタンからひとつずつ、ぼくを睨んだまま、はずしていく。


「な…」


なにやってるんだ?

酒井の仕草から、ぼくは目が離せなかった。


ボタンのはずれたブラウスの隙間から、月明かりで蒼く輝く素肌がのぞく。

両手をブラウスの襟にかけ、肩をよじって袖を抜く。

背中の向こうにヒラヒラと真っ白な布が落ちていき、上半身があらわになる。

なにも言えないまま、ぼくはその光景を呆然と見つめていた。


いったいどうして…

頭が混乱して、からだが動かない。


“ファサッ”


腰のホックに手をかけたかと思うと、スカートがまるで花びらの様に広がりながら、足許に落ち、その音がやけに病室に響き渡る。


身じろぎひとつせずぼくを見据えたまま、酒井は胸元のブラジャーのフロントホックをつまんだ。


つづく

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