July 13
酒井がぼくの事を好き?
そんな事があるのか?
これまでの彼女の言動を振り返っても、『ぼくを好き』だなんてそぶりは、まったくと言っていい程感じなかった。
酒井が言い放った言葉の数々を、ぼくは思い出してみる。
『ニヤけた顔でぼけ~っとしてるの、やめて下さいね。気持ち悪い』
『もうイヤんなっちゃう。なんであたしがいっつもいっつも、先輩の面倒見なきゃいけないんですか。ったく、やってられないですよ』
『先輩の所に連絡帳を持って行くのは、結局あたしの係になったんです。あたし1年生だし… しかたないですね』
『先輩のとこなんか来なきゃよかった!』
『先輩になんか、関わりたくなかった! 先輩の事なんか、放っとけばよかった!』
『触らないでっ! きもい! 病気が
どれもひどいセリフだ。
そんな言葉ばかりを吐いておきながら、どうしてぼくの事が好きだなんて言えるんだ?
酒井の言葉には、多少なりとも、ぼくも傷ついた。
だから、こいつはぼくの事を嫌ってると思って…
自分の『敵』だと感じて、それなりに防御してきた。
『きもい! 病気が
そんなセリフ、自分の存在を思いっきり全否定されてる様で、だれだって切れるだろ。
そりゃ、最近は酒井と話すことにも慣れてきて、ちょっといい雰囲気になったりして、ぼくもまんざらな気持ちじゃなかったけど、そんなのは彼女のひとときの気まぐれで、ちょっと心を許したら、まるで飼い犬に手を噛まれるかの様に、ひどいしっぺ返しを受けたりもした。
それなのに、ぼくの事を好きだなんて・・・
わけわかんない。
「先輩。いますか?」
入道雲が真っ赤な緋色に染まった頃、病室のドアをノックする音がして、女の子の声が聞こえてきた。
篠倉か。
『どうぞ』と応えると、肩を落として泣きそうな顔をした篠倉が、入って来るなり、ひとことだけ言った。
「あっこ… 見つかりませんでした」
「…」
どう、応えていいものかわからない。
言葉に詰まったぼくを、篠倉は申し訳なさそうに上目遣いで見る。
「ふぅ、、、」
大きくため息をついた篠倉は、スカートのポケットからハンカチを取り出し、汗を拭う。
この暑い日射しの下をあちこち歩き回ったらしく、額からは玉の様な汗が噴き出し、ブラウスの背中はぐっしょり濡れていた。
「メッセもしたし、家にも電話したのに、レスないし、帰ってもないみたいです」
「そう… か」
「どうしよう、、、」
「酒井も、気持ちが落ち着けば、そのうち連絡してくるんじゃないか?
篠倉もちょっと座れば? お茶かなんか飲む?」
病室の隅のスツールを目で示したぼくは、備え付けの小さな冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出し、紙コップについで篠倉に差し出した。
「ありがとうございます」
「心配しなくてもいいよ。ぼくが飲んでるのじゃないから、結核が
ひと言そうつけ足すと、篠倉は『ふふっ』っと微笑んだ。
なかなか可愛い。
篠倉愛美は、容姿的にはほんわかとした癒し系なのに、先輩の宮沢に面と向かって意見を言った事からもわかる様に、自分の意見をはっきり言えて、芯が強い一年生だ。テニスの腕はいまいちだけど、面倒見がよくて頼りがいがあるので、みんなから慕われてる。
スチールに腰を下ろした篠倉は両手でコップを持ち、長い睫毛を伏せながら、麦茶を何口か飲んだ。そのまま窓の方に視線を移し、また『はぁ』とため息ついて、外の景色を眺める。
狭い病室には、篠倉とぼくのふたりだけ。
なんとなく気まずくて、ぼくは話題を探した。
「そう言えば… こないだメッセで言ってたの… あれ、どういう事?」
以前、『あっこと仲直りして下さい』と、篠倉からメッセが来た事を思い出し、ぼくはその件を切り出した。
「『今度わたしがそっちに行って説明します』って、メッセに書いてたけど?」
「ああ… あれですか」
「説明って、なに? わけわかんないメッセばかり来て、頭、混乱したんだけど」
「そうですね~、、、」
窓の外の景色からぼくの方に視線を移した篠倉は、しばらくは言おうか言うまいか
「まあ、、、 いいかな。宮沢先輩、カミングアウトしちゃったしな~、、、」
ひとり言の様にそうつぶやくと、決心した様に、篠倉はおもむろに話しはじめた。
「実はですね、あっこにアドバイスしたの、わたしなんですよ」
「アドバイス?」
おうむ返しに、ぼくは訊いた。
「『甲斐先輩のお世話をしたら?』って」
「お世話?」
「あっこったら、見ちゃいられないんだもん」
「?」
「こんな事、わたしから言っていいかわかんないけど… あっこはね、先輩の事、好きなんです」
「えっ?」
「初めて好きになったって、、、 初恋。らしいですよ」
「はっ… 初恋っ?!」
あまりにびっくりしたぼくは、思わず目を丸くして、素っ頓狂な声を上げてしまった。
あの酒井亜希子が、ぼくに、初恋だって?
信じられない!!
つづく
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