July 4

 夏休みが近づいてきて、梅雨も末期。最近では激しい雨がゲリラ的に降ってくる様になった。

そんな空模様と同じ様に、ぼくの心も最近はまだらうつ模様だ。


あの日以来、例の看護師は態度がなんかぎこちなくなって、ぼくに対するのは腫れ物でも触る様。

ぼくもあんな態度を取ってしまった事で、罪悪感とか後ろめたさとか警戒心とかがあるみたいで、ふつうに話せない。


『エースをねらえ!があと2巻残ってるんで、また読みに行ってもいいですか?』

とか言ってきたものの、酒井亜希子は、あれから姿を見せない。

こないだのやりとりで『仲直り』できた筈なんだけど、まだなにか気まずいところでもあるのか、メッセさえない。

気にはなるけど、『いつ来る?』とこちらから連絡するのもなんだか変だし、とりあえず今は、向こうからアクション起こすまで待ってみる事に決めた。

それでも、いつ来るのかもわからないものを待っているのは、じれったいもんだ。


あちこちがギクシャクしてしまって、モヤモヤしたイヤな気持ちをすっきりさせるには、やっぱりあの人に会うしかない。

萩野あさみさんの顔さえ見る事ができれば、嫌な事なんてみんな忘れて、ときめき色に染め直せるだろう。

萩野あさみさんを愛する事が、今は自分自身のアイデンティティでもあるのだから。


朝の散歩を再開させるのは看護師の目も気になるが、今度はぼくの方から、『今日は彼女に会えたよ』と言ってみようかな。

それこそ『コペルニクス的転回』だ。

ぼくの方から歩み寄りさえすれば、あの看護師ともうまくやっていける様になるかもしれない。

毎日顔を合わせて世話してくれる人なんだから、やっぱり関係は良好な方がいいし。


そう決めてしまうと、なんだか心も軽くなる。

よし。明日さっそく実行だ。



“コツコツ”


その時、病室のドアをノックする音が聞こえ、まさるが入ってきた。


「久し振り。元気だったか、、、 って病人に言うのもヘンだな」

そんな前置きの後、まさるはいきなりiPhoneをいじり出した。


“ポピン”


ぼくのiPhoneが着信音を発する。画面を見るとメッセージが来ていて、画像も添付してあった。


「見てみろよ」


ニヤリとまさるが笑う。

なんだろ?

ぼくは画像を開く。

瞬間、息が止まるかと思った。

あさみさんが… 笑ってる!

萩野あさみさんがこちらを向いて、笑っている画像だ!


腰から上の、涼しげな夏の制服姿のあさみさんと、後ろにはドアが開いたバス。

彼女はカメラ目線で、口許をほころばせ、親しげな微笑みをこちらに向けているじゃないか。

どうして…!


全身の血液が、一気に頭に上がってくる様に感じた。

iPhoneを握る手が震える。

そんなぼくの動揺に気づかず、まさるは得意げに鼻をそらせて言った。


「最高の入院見舞いだろ」

「まさる、おまえ… あさみさんに『写真撮らせて』とか頼んだのか?!」

「心配すんな。約束は守ってるよ。話しかけたりしてないって」

「じゃあ、どうしてこんな写真が撮れるんだよ。アップで。しかもカメラ目線で!」

「簡単さ。バス停で彼女のすぐ後ろに並んで、iPhoneカメラを立ち上げて、顔の前に構えて、画像かなにかを見てる振りしてな。『ぐぁ!』とか大声上げるんだ。当然、彼女は振り向くだろ。その時、思いっきりヘン顔しとくのさ。それを見た彼女は笑うだろ。そこを狙ってすかさずシャッター切るんだ」


ドヤ顔でまさるは説明した。

そう言えばあさみさんの笑顔は、『微笑んでいる』っていうより『失笑してる』って感じだ。

だけど、その画像にまだ現実感がなくて、ぼくは質問を重ねた。


「でも… シャッター音がするだろ。彼女に写真撮ったってバレるじゃないか?」


iPhoneをいじりながら、まさるは憐れむ様な顔をした。


「ちひろ~。おまえまだまだスマホビギナーだな~。今はシャッター音を消すアプリがあるんだよ」


“ポピン”


さらにまさるからメッセージが届く。


『決定的瞬間!』

メッセージとともに添付されたその画像を見て、今度こそぼくの心臓は止まった。


つづく

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