July 2

………『あたし、実は先輩の事が好きだったんです』


酒井亜希子… あっこはそう言って、ぼくに抱きついてくる。

戸惑いながらもぼくは、彼女のくびれたウエストに腕を回す。

大きな胸が押しつけられてきて、そのぬくもりと感触が伝わってくる。

ぼくを見上げて、あっこはわずかに唇を緩め、目をつぶる。

それが合図だったかの様に、彼女にキスをする。

そのままぼくの手はあっこのからだを這い、たわわな胸をゆっくりと揉んでいく。


『あっ…』


あっこは声を漏らし、ぼくにしがみつく。

たまらずぼくは彼女をベッドに横たえる。

指先があっこのうなじから胸、おへそ、尻を這いまわり、パンツのなかへと吸い込まれていく。


『挿れるよ、あっこ』

『先輩。来て』


充分に濡れた秘部を指でなぞったぼくは、大きくなったモノをそこへ埋め込んで………


そんな妄想をしながら、その夜、ぼくはベッドの中でまた自慰に耽ってしまった。


「あっこ… か」


賢者タイムを迎え、彼女のニックネームを口にしてみる。

今は『酒井さん』としか呼びかけられないけど、みんなが呼んでいる様に、『あっこ』と、ぼくも呼べる様になるといいな。



 だけど翌日、酒井はなかなか来なかった。


今日は朝から雨が降っていて、テニスの練習も屋内で筋トレくらいしかできないだろうから、部活も早く終わるだろうと思っていたが、酒井は日が暮れても来なかった。


“ガチャガチャ…”


待ちくたびれてウトウトとまどろんでいたぼくは、ドアノブを回す音で目が醒めた。


「酒井?」


そう言って入口に目をやると、彼女が無言で、そこに立っていた。


「今日は遅かったね。また家に帰ってごはん食べてき…」


そう言いかけて、ぼくは口を閉じた。

髪の先から水滴が跳ねて、床に滴り落ちている。

まるで頭からバケツをかぶったみたいに、びっしょりと制服を濡らし、酒井は突っ立ったまま、ぼくを見つめている。


いや。

睨んでいる…

と言う方が正しい。


「ど… どうした? そんなに濡れて」

「…」

「酒井?」

「…」

「なにがあった?」

「…あたし」


震える声で、酒井はひとこと言うと、また黙って、唇を歪めた。

が、カッと瞳を見開いたかと思うと、ぼくに憎悪の塊をぶつける様に叫んだ。


「あたし。先輩のとこなんか来るんじゃなかった!」

「え…?」

「先輩になんか、関わりたくなかった! 先輩の事なんか、放っとけばよかった! そうすればよかったのよ! そうすれば…」


そう言いながら、悔しさを滲ませる様に、歯を食いしばって目を閉じてうつむき、力が抜けた様にその場に座り込んだ。


「あ、あっこ!」


思わずニックネームで呼びながら、ぼくはベッドを飛び出し、彼女の側へ駆け寄って、肩に手をかけた。


「触らないでっ! キモい! 病気が感染うつる!」


そう叫んだ酒井は、ピシャッとぼくの手をはねのけた。

なにがなんだかわからなくて、混乱する。

それまでシッポ振って寄ってきていた犬から、いきなり噛みつかれて吼え立てられた気分。

怖じ気づくと同時に、理不尽な怒りがこみ上げてくる。

ぼくにとった態度を一瞬悔んだ様に、酒井は瞳をそらしたが、それでも両手をぎゅっと握ったまま、うつむいて黙っていた。


「そんなに…」


ぼくの声も、怒りで震えていた。


「そんなにキモいなら… 来るなよ」

「…」

「なんでいちいち、ぼくにそんな事言いに来るんだよ。しかも、こんな夜に。 わけわかんないよ。なんかの嫌がらせ? 迷惑なんだよ!」


口に出した言葉で、余計に気持ちがたかぶってくる。


「…」


酒井はなにも言わずに立ち上がった。

思わずぼくは、二・三歩後ずさりしてしまう。

しかし、彼女は黙ったまま、クルッと背を向けて、荒々しく病室のドアを閉めて出ていってしまった。

声をかける隙さえない。

ぼくは呆然とその場に立ち尽くした。


どうしてこんな事になったのか?

……わからない。


つづく

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