July 1
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7月に入って長雨が続いているのもあって、ここ半月ほど朝の散歩は、週二回くらいのペースに落ちてしまっている。
あさみさんに会えないのは辛いけど、会ってどうなるってわけでもないし、『会う』っていうよりは『見る』って表現の方が適切だし…
なにより、『全部お見通し』っていう看護師の言葉から、自分の行動がすべて見透かされている様なのが、なんかイヤなのだ。
看護師の『お願い』が医者に通じているおかげか、まじめに薬を飲む様になったおかげか、今のところ、外出禁止も面会謝絶も免れていた。
そうやってしばらくは、平和な日々が続いた。
予告どおり酒井亜希子は、ヒマを見つけては『エースをねらえ!』を読みに、この病室に通ってきている。
部活の帰りや、休みの日に。
7月に入ってすぐにはじまった期末テスト中はさすがに来なかったが、試験から解放された日はさっそくやってきて、この病室にいる間中、読書に没頭していた。
期末の後、夏休みまで授業は午前中だけになって、余裕があるためか、じっくりと
「あと残り2巻かぁ。いよいよ国際トーナメントですね。でも、巻が進むにつれて絵柄もドンドン変わって、話も難しくなってくるし… あたし的には宗像コーチが死んでしまうまでが、一番よかったかな」
本をラックに戻しながら、酒井は感想を述べる。
「そうだね。2部の方は話もちょっと説教臭くなってきて、キャラもみんな仲良しになりすぎてるっていうか、前半みたいな盛り上がりに欠けるよね。その分精神的に深くなってるけど」
「えっ? 先輩もしかして、全巻読んだんですか?」
「あ… 勢いで、つい」
「先輩はどのキャラが好きでした?」
「そうだな・・・ オーソドックスに主人公のひろみかな」
「ひろみってすごいですよね。才能以前に、努力の天才ですよね。あんな風にテニスに打ち込めるといいなぁ~。あたしも憧れてしまいます。
でもあたしは、お蝶夫人の方が好きなんです。あの、報われない愛に生きるところが、なんだか切なくて共感できて」
「へぇ。そうなんだ」
「まあ… あたしの事なんてどうでもいいですよね」
「…」
そう言ってふっと見せた酒井の寂しそうな微笑みに、なんだかドギマギしてしまい、ぼくは話題を探した。
「そう言えば、You Tubeで『エースをねらえ!』検索してみたら、昔のアニメが出てきたよ。見てみる?」
「えっ? 見たい見たい!」
iPhoneを手に取ったぼくのすぐ横に椅子を持ってきて座り、酒井は画面を覗き込んだ。
動画が流れ出すと、さらにからだを寄せて、画面を覗き込んでくる。
ほんのりと香る石鹸のなかに、ツンとわずかに酸っぱさの混じる、汗の匂い。
でも、嫌いな匂いじゃない。
どうしてこいつは、いつもこんなにいい香りがするんだろう。
ピンピンとはねた髪の毛がぼくの顔を撫でて、くすぐったい。
彼女のかすかな息づかいと体温が伝わってくる。
そんな酒井の存在を真横に意識して緊張したせいか、iPhoneを操る指先が微妙に震えた。
しばらくふたりでYou Tubeの動画を見た後、酒井は椅子から立ち上がると、本をラックに戻し、『さよなら』と頭を下げ、病室のドアを開けた。
「あ、明日も来る?」
思わずそう言って、ぼくは酒井を呼び止めた。
彼女は振り向いて少し考える。
「ん~… 明日は部活が忙しそうだから…」
「そうか。もうすぐ県大会はじまるしな…」
そうつぶやいたぼくの脳裏に、悔しさがかすった。
あれだけ、猛練習したのに。
レギュラーの座も目の前だったのに。
なんでぼくは、こんなところに一日中、グダグダと寝てなきゃいけないんだ!
「…でも。部活の後にでも来ます」
ぼくの寂しげな表情を読み取って気を遣ってくれたのか、酒井はそう言ってペコンとお辞儀をして、ドアを閉めて出ていった。
ぼくはその後ろ姿をずっと見ていた。
明日… か。
…もしかして・・・
ぼくは彼女が来るのを、心待ちにしているんだろうか?
最近の酒井は機嫌もよく、ぼくの事も嫌ってない様に思える。
…というより・・・
むしろ…
ぼくは酒井の事が好きなのか?
あいつの親しげな態度。
はにかむ様な微笑み。
酒井はぼくにはいつもツンツンしてると思っていたが、最近はデレた態度も見せている気がする。
『あっこはおまえに、気があるんじゃないか?』
って、クラブの仲間に冷やかされた事があったけど、案外当たっているのかもしれない。
………『あたし、実は先輩の事が好きだったんです』
つづく
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