june 11
ぼくが今、恋してるのは、萩野あさみさんだ。
それは揺るぎない事実。
だけど、酒井亜希子の事も、なぜか気になる。
あいつの見せる笑顔や親しげな態度は、ぼくをウキウキさせてくれる。
これって・・・ 浮気?
もしかしてぼくって、気が多い?
いや。
酒井といるのは単に『楽しい』んであって、それは恋とかじゃない。
『可愛い後輩』とか、『友達』としての感覚だ。
あれだけぼくに対してツンツンしていた彼女が、今は笑顔を見せてくれる様になった、そのギャップに萌えているだけなんだ。
そうやって自分の気持ちを整理しながら、何気なく『エースをねらえ!』の第1巻を手に取る。
『メッチャおもしろい』って言ってたけど、どんなもんだろ?
そういう軽い好奇心で読みはじめたぼくは、またたく間にハマってしまい、食事もそっちのけで読みふけった。
消灯時間を過ぎても、頭から毛布をかぶってスマホの灯りで照らしながら、看護師の目を盗んで、徹夜で全巻読破してしまった(笑)。
徹夜したのが
あさみさんは相変わらず美しい。
だけど、彼女とこれ以上の進展がないのが、なにより辛い。
バス停で彼女を見ていても、虚しささえ感じてしまう。
退院できれば…
結核が治って健康なからだに戻れば、彼女に話しかける事もできるし、告白だって、きっとできる。
でもそれはまだまだ2ヶ月以上先の話。
それまで、ただ見つめているだけしかできないなんて… じれったい。
それに、告白した所で、彼女とつきあえる様になるって訳じゃないし、理想と現実とのギャップで、逆に彼女に幻滅したりしないだろうか…
という、いつもの思考ループに陥って、寝不足ですっきりしない頭を抱えながら、あさみさんを見送ったあと、ぼくはサナトリウムに戻った。
病室の前では、いつもの巨体の看護師が待ち構えていた。
思わず身構える。
今日はいったい、どんなお説教を垂れるんだ?
「甲斐くん?」
「は、はい」
「とりあえず、病室に入りなさい」
看護師はドアを開くと、ベッドを指差す。ぼくは素直に従ってベッドに腰を降ろした。
病室のドアをパタンと閉めた彼女は、『ふぅ』とひと息ついて、おもむろに話しはじめた。
「甲斐くん。あなた昨夜、遅くまで本読んでたでしょ」
「…はい」
徹夜したの、バレてたんだ。
「夜ふかしは病気に悪いのよ。ないしょのつもりでも、わたしたちは全部お見通しなんだからね。
いい? 本を読むのはかまわないけど、消灯時間は守る事。約束できる?」
「…はい」
…ったく、口うるさいおふくろみたいだ。
「声が小さいなぁ。それでなくてもお薬飲むのサボったり、不摂生な生活で、症状がなかなか改善されてないんだから。甲斐くんは病気、治りたくないの?」
「そんな事、ないです」
「でしょ? バス停の女の子のためにも、早く病気治して、退院しなくちゃ!」
「?」
え?
なに、それ?
キョトンとした顔をしていると、彼女は軽い微笑みを浮かべて言った。
つづく
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