june 6
午前中の青空が嘘の様に、午後から急に天気が崩れて、雨が激しく窓に打ちつけてきた日の事だった。
空には幾重にも雨雲が重なっていて、一年でいちばん日の長い時期だというのに、4時くらいには外はもう真っ暗になっていた。
「もう、サイテ~っ!」
悲鳴の様な叫びと共に、酒井亜希子が病室に飛び込んできた。
ハァハァと肩で息をしながらハンカチを取り出し、無造作に顔を拭く。
「バス降りたら土砂降りで、走ってきたけどもうずぶ濡れ。気持ち悪い~。もうやだ~っ!」
ずぶ濡れの酒井は不機嫌そうに顔をしかめる。
以前のぼくならそんな彼女を見て、こちらまでイヤな気分になったりしていたけど、『もうやだ~っ!』という彼女のリアクションが、今はなんとなく可愛く感じられる。
こいつが腹を立てるのはいつも瞬間的で、あとあとまでその気分を引きずらない。潔い性格だ。
最近になって、そんな事に気がついた。
それもこれも『コペルニクス的転回』のおかげかな。
「あ、先輩。そこのタオル借りていいですか?」
「ああ。いいけど…」
ぼくの返事も待たないで、酒井はベッド横のテーブルに置いてあったタオルを手に取り、ゴシゴシと髪を拭きはじめた。
髪や服からはポタポタと水滴が垂れていて、床のあちこちに小さな水たまりを作る。
制服の白いシャツもびっしょり濡れて肌に張りついてて、微妙な素肌のふくらみと色が、透けて見える。
シャツの胸元も濡れて透けていて、白いブラジャーのドット模様がかすかにわかる。
横を通ったときに、酒井の体臭が、ムンと鼻を突いた。
バス停から走ってきた間に、いっぱい汗をかいたんだろう。
それが梅雨の気温と湿気で蒸れて、匂いを放っている。
だけどそれは不快なものじゃなく、女の子独特の甘酸っぱい、痺れるような甘美な香り。
こいつがこんないい匂いを漂わせているなんて、今まで気がつかなかった。
「先輩、なに見てるんですか?」
「え… えっ?」
そんな事を考えながらぼうっと酒井の方を見ていたぼくは、
まずい!
そんないやらしげな事を考えながらこいつを見ているのがバレたら、また不機嫌になられてしまう。
「い、いや。凄い濡れてて… それってすぐ乾くのかなって…」
その場を繕う様に、ぼくは思いつく事を適当に言った。
「そうだ。着替え貸そうか?」
「え?」
「そんなに濡れたままじゃ、風邪引いちゃうからさ」
「いいんですか?」
「ぼくの着替えしかないけど、それでいいんだったら…」
『先輩の服なんて、気持ち悪くて着れません』
そんな最悪な反応が一瞬頭をよぎる。
だけど酒井は案外素直に、ぼくの提案を受け入れた。
「お願いします。もう、ベタベタからだに張りついて、気持ち悪くって」
「そこの引き出しを開けたら、Tシャツとか入ってるから、適当なの着ていいよ」
「すみません。お借りします」
そう言って彼女は、ぼくの指さしたクロゼットの引き出しを開け、服を選ぶ。
「これ、着てもいいですか?」
「ああ」
いちばんお気に入りのディープパープルのTシャツを選んだ酒井は、それをからだに当て、当惑した様に言う。
「先輩… ちょっとあっち向いてて下さい」
「えっ?! あっ! ああ…」
こっ、ここで着替えるのか?
思いもよらない展開。
ぼくは慌てて酒井に背中を向けた。
“カサカサ”
背中越しに衣ずれの音が聞こえてくる。
酒井が服を脱いでいるんだ。
びしょ濡れのシャツが擦れる音。
ボタンをはずし、袖を抜く。
肌に濡れたシャツが張りついて、脱ぐのに苦労してるっぽい。
じっとりと汗ばみ、ヌメヌメと鈍く光る酒井の肌。
ぼくの後ろで今、酒井亜希子がその素肌を晒しているんだ。
ドット模様の真っ白なブラジャーの下には、はちきれんばかりに膨らんだ、あっこの胸。
そんな妄想でぼくの頭の中はいっぱいになってしまい、思わず下半身に血液が集まり、固く膨らんでくる。
「もういいですよ」
酒井が後ろから声をかけても、こんな状態だとなんだか恥ずかしくて、すぐには彼女の方を向けなかった。
幸い、下半身は毛布の中に隠れているので、形態の変化した股間を彼女に悟られる心配はない。
おずおずと寝返りを打って、ぼくは酒井の方を見た。
つづく
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