june 3

「そう言えば、おまえの初恋の女の名前がわかったぞ。教えてほしいか?」


いきなり意外な展開だった。

6月最初の日曜日に見舞いに来たまさるは、病室に入ってくるなりそう言い、じらす様にニヤリと笑った。

あさみさんとは毎朝の様にバス停で会って(?)いるが、最近は特に目立った進展もなかっただけに、まさるの言葉は刺激的だった。


「え? ほんとに? まさかおまえ、直接訊いたんじゃ…」

「心配すんな。本人に直接会ったりしてねーって」


サクサクとiPhoneを操作しながらまさるは答え、ぼくの方に画面を向けた。


「ほら、この制服だろ?」


画面に映ったそのサイトには、もう見慣れたあさみさんの学校の制服の画像が映っている。まさるは戦果を自慢するかの様に言う。


「『JK制服図鑑』ってサイトがあってさ、そこからおまえが言ってた制服の特徴を、近くの街に絞って探して、それで学校名がわかったのさ。そこからオレの彼女とか女友達のツテを辿って、おまえのあさみちゃんに行き着いたってわけ。苦労したぜ~。 …知りたいか?」

「…いいよ。自分で調べるから」

「無理すんなって、結核で入院していて、しかも女友達もいねーおまえに、あさみちゃんの事調べられるわけね~だろ。素直になれよ」

「ほんとはおまえが喋りたいんだろ?」

「はは。わかってるじゃん」

「なら、勝手に喋れよ。聞いてやるから」

「相変わらず上から目線なやつだな」


『ふふ』と笑ったまさるは、『まあいいけどな』と前置きを入れて、まるでアイドルのデータを読み上げる様に話しはじめた。


「萩野あさみ。活泉女学院2年1組。出席番号18番。所属クラブは帰宅部。

身長162cm、体重43kg、サイズは上から80B、57、83… これは推定だけどな。

生年月日は11月12日。さそり座かぁ、深いな。

血液型はB。これまたミステリアスだ。

座高88cm、視力両目とも1.0。

家族構成は父、母の3人暮らし。ひとりっ子。

住所は中谷町3丁目17-15。ケーバン090-3761-2517」(作者註*架空のものです)

「…よくそんだけ調べられたな」

「まだまだあるぞ。

得意科目は国語と英語、趣味はエレクトーンを弾く事とお菓子づくり。

好きなシンガーは… これが渋いんだな。『オフコース』ときたもんだ」

「…もういいよ」

「え?」

「わかったよ。ありがとな。凄いよ、それだけ調べ上げるなんて」


まさるの羅列する単語に次第に違和感を感じながら、ぼくは続きを遮った。ヤツはまだなにか言い足りない様な顔で、ぼくを見る。


「まだ、肝心な事言ってねーよな」

「肝心な事?」

「彼氏いるかどうかって事」

「…」


その言葉に、一瞬震えがきて、緊張で頬の筋肉が強ばる。

それは、ぼくが一番聞きたくない情報だ。

もし、『彼氏がいる』なんて言われたら、ぼくの初恋はその場でガラガラと、音を立てて崩れかねない。


「よ… よせよ!」


話を遮ろうとしたが、まさるはニヤリと笑った。


「安心しろよ。現時点でフリーみたいだぞ」

「…」


そうか。

なんだかホッとひと安心。

まさるみたいな第三者から、そんな情報を聞かされるのはいい気分しないけど、知ってしまえば妙に心も落ち着く。


「でも油断するなよ。いくら女子校って言っても、彼氏くらい簡単にできるんだからな。おまえもウカウカしてらんねーぞ。いつコクるつもりなんだ?」

「そ、そんなの… できるわけないよ」

「なんで?」

「だって、ぼくは結核で入院してんだよ。そんな病人がいっちょまえに告白だなんて… それ以前に、結核のからだで彼女に近づく事さえ、躊躇ためらわれるのに」

「そんなこと言ってると、向こうだってさっさと男作っちまうぞ。おまえ、それでもいいのか?」

「い、いいって事ないけど…」

「じゃあ、すぐコクれよ」

「だから… ぼくには彼女を傷つけることなんて、できないんだよ」

「傷つくって、、、 どういう事だ?」


つづく

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