第5話 安河内という男

高級住宅街にあって、一際広大な敷地の建物、仕立てのいい黒のスーツを着たもの達が敷地内を巡回し、百人程の者が常に常駐している。高級車が五台程の並べてあり、ゼネコンや議員、組織系の幹部まで、時折出入りしている。

表札に書かれた名は安河内。人の心と欲を知り、人とカネの使い方が巧みな男。裏の世界では、名の知れた顔役であった。

「力が無いのなら、力のある者を手懐ければいい。それが神であってもな。」

安河内は一人ほくそ笑む。弄せずして今力を手に入れた。玩具を与えられた子供のように、あの神なら邪魔者を壊してくれるだろう。

「これが本当の天下りってやつだな。文明に浸して、堕落させるのも一興か?」

安河内は美奈というおもちゃを得て、美奈には安河内が文明おもちゃを与える。このところ、人間達との腹の探り合いに飽きていた安河内は、久しぶりの高揚感に満たされる。

「いっそ現界の王にでもなってみるか?なんてな。」

実祭にそれは可能だろう…と安河内は思う。それをしないのは、そこまで興味が無いからだ。誰にも咎められず、好き勝手やりたい。それが安河内という男の行動理念だった。

美奈の相手は、配下の人間には無理だろう。例え総理大臣の依頼を保留にしてでも、美奈の使いっ走りを優先すべきだと安河内は思った。

「さてさて、くだらぬ人間共の話しは簡単に済ませて、自由に動ける体制を整えなければ。」

屋敷に戻った安河内は、来客の応対を手短に済ませ、後の仕事を幹部に割り振った。

「大きな仕事が入った。私はそちらに掛かりっきりになるだろう。後のことは任せたぞ。」

「「はい!会長。」」

「連絡は取れるようにしておく。どうしても私にしか対処出来ない案件は、こちらへ回せ。あと、使いが出来る者を何人か連れて行く。以上だ。」



美奈は引きこもっている。テレビという額縁が、面白くなってきたのだ。特に魔物を退治する番組がお好みのようで、色とりどりの仮面の五人組や、銀色の巨人、鉄の馬に乗る者…時に見た事もない術を駆使し、魔物を駆逐する。実に爽快であった。

「お楽しみですかな?美奈様。」

「おぉ、ヤスか。私もあの魔物、狩りに行くぞ!」

「美奈様、残念ながらあの魔物は、人間共の作った、紛い物でございます。」

「なに!魔物を作り出すのか?召喚魔法か?」

「いえ。布や革を貼り、見た目だけを魔物に仕立てただけで…」

「だが、多様な魔法を使うではないか!」

「あれは、魔法を使っているように見せる、人間の術でございまして…」

「…そうか、ではあれほどの破壊力は、」

「ございません。」

「冷めた…」

「まぁ、作り話の見世物でございますので、ただしあの術を体現出来るのは、美奈様位ではないですかねぇ…」

「うむ。そうかもな。そういう目で見れば、アレも私の役に立つな…そうと解れば、試してみたくなるなぁ…ヤス、なんとかならんか?」

「それでしたら…丁度壊そうと思っていた建物がございます。そちらでお試しになりますか?」

「うむ。そうしよう。」


ビル街の中に、ぽつんと一軒だけ民家があった。買収や立ち退きにも応じない、強欲な男の住む家。安河内は、周りのビルも壊し、巨大商業ビルの建設計画を請け負っていた。

民家の男は、福引で当たった温泉旅行に行っているらしい。

「美奈様、あそこの古汚いあばら家にございます。」

「うーん…小さいなぁ…あれでは技を試す程も無いじゃないか。」

「手始めに、アレを壊します。後に家主との話しをわたくしがしますので、それがまとまり次第、周りのビルも壊して頂きます。」

「今まとめてでは、駄目なのか?」

「はい。あまり目立ちますと、他の神々も見過ごさぬようになります。横槍を入れられるのは、美奈様も面白く無いでしょう?」

「確かに。ヤス、そこまで考えていたのか。わかった。お前の策に乗ろう。」

美奈は右手の五指に「地、水、火、風、聖」のオーラを宿す。色とりどりの五人組の戦士が、それぞれのオーラを一つに合わせて放つ「必殺技」を見て思いついたのだ。

「さて、複合魔法、どのような破壊力になるやら…」

手のひらで一つにまとめ、あばら家に放つ。光のドームに包まれたあばら家は、ミシミシと音を立て崩壊して行き、ドームの収縮に合わせて押し潰された。

「なるほど。重力系の魔法と呼ぶべきか、たいしたマナは使ってないが、なかなかの力だな。だが…もっと大爆発を期待したのに、ちと物足りんな…」

美奈は瓦礫を見つめ、技の改良に思いを馳せるのだった。

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