第2話 衝動

美奈は破壊と殺戮の衝動を 抑えるのに苦労していた。

本来、神としての自身が司るものを抑えるなど、ありえない話しだった。不条理に破滅を齎してこその神、それをしない理由は一つだけ、現界が滅んでしまうからである。

美奈から見た現界は、生きるに価する魂が皆無だった。魔族を蹂躙する目的で現界に来たものの、この世界の住人の堕落具合には、辟易するばかりだった。

『いっそ殲滅してしまおうか…』

それをしないのは、また一から現界を創るのが「めんどくさい」という理由のみだった。

殲滅は簡単だ。美奈はそう思う。脆弱な現界人を目の当たりにすれば、そう思うのも当然であろう。ただこの世界を創ったのは、創造の神、生命の神、豊穣の神である。この三柱に頭を下げるなど、出来ることではなかった。頭を下げずに協力させるには、殲滅やむ無しと言える程の理由が必要である。

『この怠惰な現状を見れば、それなりの理由になるだろうが、もう一つ確定要素いいわけが欲しい…』

美奈は、様子見で我慢していた。

「とりあえず魔族狩りでもして、憂さを晴らすか。」


フラストレーションの真っ只中にいる美奈に、声をかける者がいた。

「ねぇ、一人?何してんの?良かったら一緒に遊ばない?」

「(不遜な奴め)憂さ晴らしに付き合ってくれるのか?」

「を!いいネ。一緒にスカッとしようぜ!」

魂を見た限り、コイツは邪念で声をかけて来た。己の欲望を満たす為に誘って居るのだろう。

『ふんっ。性欲を満たしたいだけか。』

男に連れてこられた薄暗い部屋には、三人の男がいた。三人とも目がまともじゃない。

『魔術の類いでは無いな…薬か?』

男は飲み物を出す。その瞬間、男達の魂が揺らいだ。

『ほぅ、飲み物に毒でも仕込んだか。まぁ、効かぬがな。』

美奈は一気に飲み干す。どうやら興奮状態にする薬らしい。媚薬というヤツか…このような物が簡単に手に入るのか。見たところ術者や薬師では無いようだが…やはり現界は腐敗している。

「そろそろ効いてきたんじゃないか…」

男達が顔を見合わせ、下卑た表情になった。

「なるほどな。お前達は快楽が欲しいのだな。」

「そういう事だ。天国へ連れてってやるぜぇ…」

「天国か…生憎お前達の言う天国から来たばかりなのだ。逝きたければ勝手に逝け。」

「何訳の分からねぇこと言ってんだ?薬が効きすぎたか?まぁいい。コッチに来いよ…」

男が手を引き寄せ、顔を近付けてくる。美奈は男の顔を払う。

「勝手に触れるでないわ!」

美奈が払った一振りで、男の首から上は、壁に「ゴシャッ!」という音を立てて赤い染みを作った。一瞬遅れて、血の噴水を吹き上げながら、ドサリと崩れ落ちた。

「この程度で壊れるのか。脆い。脆すぎる。」

他の三人は、何が起きたのか理解できないまま、声を発する暇もなく命を刈り取られた。

「ふん!憂さ晴らしにもならん。」

美奈は転がる死体を切り刻み、破滅の炎で灰にした。

「まぁよい。しばらくはこの部屋を使うとしよう。しかし、現界人を殺さぬつもりだったのだがな…仕方ない。多少減っても問題ないだろう。腐敗した者だったし。」

楽天的な殺戮の神、美奈となって初めてのはかいであった。



三日後、日向の通う学校に、一つの噂が流れる。悪い噂で持ち切りだったグループが、全員学校に来なくなった。教師達は、連絡が取れないと慌てているが、魂はそうは言って無い。厄介者が来なくなって、清々しているが、父兄の手前心配しているフリだけはしないと…

噂と言うのは、来なくなった原因について。

街でナンパしている姿を見た者が居て、それ以降の消息が掴めない。組織系の者の情婦に手を出して消されただの、拉致られただの、薬に手を出して中毒死しただの…

ナンパを目撃した者は、警察の似顔絵作成の様子を 自慢げに語っている。誰一人として、本気で心配している者は居なかった。

『厄介者だからなのか?それとも他人に興味が無いのか?』

日向は、この世界で資質の高い魂を探すのは困難だと悟った。半ば絶望感に苛まれていた時、

「なんか、大変な事なのに、みんな不真面目だよね。」

と、声をかける者がいた。ミツルという名のクラスメイトだった。

日向の親が、やたらと口にする名前「ミツル」。どうやら日向に好意を持っているらしく、病院にも見舞いに来ていたらしい。もしや付き合っていたのか?ミツルの魂を見る日向。未熟ではあるが、他の有象無象よりはマシであった。

『私の手で魂を育てるしかないか…まぁそれも一興。試練を与え、魂を導き、練度が上がったところで精子を頂くとするか…』

不毛な学校生活に飽きていた日向は、一つの玩具を手にした思いだった。

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