第2話 堕天使押しかけちゃった♡

「……ッ!!」


夢、か……


目を開くとアパートの天井が目に飛び込んできた。


俺は絨毯に寝そべったまま溜息をつく。


天使が全員堕天してるだって? 俺が間違えて殺されて天界通信使とか得体の知れない役職に就いただって?


「ハッ、なかなか笑わせてくれる夢じゃねーか」


俺は意味もなく1人で強がってみた。

と、そこに


「かなたー、おはよう」


「ああ、おはようございまぁぁぁぁせぇぇぇぇぇん!!」


俺は驚きのあまり奇々怪界な挨拶をした。

声がした方へ見やると、夢の中で見た銀髪美少女ロリ天使が俺のベッドに腰掛けていた。

ふんわりと柔らかな雰囲気を纏っていたが細められた目だけは妖艶に輝いていた。


正直に言おう。

こいつは尋常じゃないくらいにかわいい。

だがしかし、俺はこいつの本性を身をもって知っている。悪魔? 否、堕天使である。

故に……絶対に追い出してやる!


「お前がどうして俺の部屋にいんだよ」


俺は単刀直入にまっとうな疑問をぶつけてみる。


「そんなのかなたが天界通信使になったからに決まってるじゃない! これから私を養ってね♡」


堕天使はさぞ当たり前のことのように言った。


「いや、決まってねぇぇぇぇよ!! てか、あれ夢じゃなかったのかよ!」


「夢だけど事実って言えばいいのかな。かなたは確かに夢を見たよ。でも夢の中のかなたを私がうっかり天界に呼び出しちゃったのは本当なの。だから夢の中で見たとしてもあの天界は紛れもなく本物の天界だよ」


「そうかそうか……なるほどな……」


俺はしばらく状況について理解しようと思考する。

そして思い至ったことを述べる。


「やっぱ理不尽すぎじゃねぇ?!」


俺は自室でうたた寝をした。

ただそれだけ……

それだけで天界に強制召喚され、いきなり天界通信使になるか死ぬかを選ばされたのだ。


「ギクッ」


白銀の天使は明らかに動揺した。


「そもそも、仕事もしねえくせにどうやって俺を呼び出したんだよ!」


天使の仕事をこなしていれば確かに間違えて一般市民を召喚するようなことも100歩譲ればあるかもしれない。しかし、そもそも仕事をしないならば間違えようもないはずだ。

ーーーーなんて考えた俺は甘かった……


「あ、あー。それね…… ネトゲのせいだよ。ネトゲ」


「は?」


ネト、ゲのせい……なのか。

なんだろう……聞くまでもなく伝わってくるこの絶望感は……?


「深夜にログインしてたら格上ばかりでカモられちゃってね、腹が立ったからパソコンを床に叩きつけたらTENKAIネットワークがバグっちゃったんだよ。まあそういうことだから強いて言うのなら悪いのはネトゲってことになるよ。 だから、かなたの不幸は別に理不尽じゃないと思うよ? あまり気にしないでね?」


ふむふむ。なるほど。

どうやら俺はこの堕天使がネトゲで負け込んだ腹いせによる事故に巻き込まれたらしい……


「何が『気にしないでね?』だよ!? 思いっきり理不尽じゃねぇかあぁあ?! 思いっきりお前が戦犯じゃねぇかあぁあ?!」


「せ、戦犯は深夜にログインして格下をカモにするクソニート共だよ? ホント、働けって思わない?」


「てめぇがそれを言ってんじゃねぇよおおお?! てぇめえぇぇが仕事しろよおぉお?!」


「ゲッ……」


「確かに、格上にカモられて負けが込んだら腹が立つのは分かる。でも、それで俺は壊滅的被害被ってんですけどお?! 少しは反省しろよおぉおお?!」


「ま、まあ私だって反省は……してるよ?」


歯切れが悪そうに堕天使は言った。


「嘘をつくな。さっきまでのお前を見る限り絶対反省していないだろ」


「だってかなたが面白いんだもん」


「なっ!?」


面白い……だと?!

この俺が……?


「面白いとか言われてもちっとも嬉しくないからな!」


これまでの人生でほとんど友達がいなかった神那太にとって、自分のことを『面白い』と言われることが嬉しくないはずがなかった。


「俺がそんなことで気を良くすると思うなよな!」


平静を装おうとするが返ってぎこちなくなる一方であった。


「へぇ〜、かなた、もしかして……」


白玉はいたずらな笑みを浮かべていた。ふんわりした銀髪が瞳のサディスティックさをいっそう引き立てていた。


「な、なんだよ?」


「友達いないの?」


バレた……!!

しかし、こいつを勢いに乗せるわけにはいかない!!


「いるぞ! 今は257人くらいいるぞ!」


嘘はついていない……が……


「どうせツイ○ターのフォロワー数とかでしょ?」


またバレた……!!


「ぐぬぬ……フォロワーは俺にとっては大事な友達だしぃ?! 何か文句でも、あるんですかぁぁぁ?」


「文句はないけど……ぷっ」


吹き出す堕天使。

ちくしょー何が可笑しい?!


「……」


「じゃ、じゃあ……リ、リアルの友達は2人?それとも3人?……」


堕天使は笑いを堪えようとしているのかわなわなと肩を震わせながら言った。


「1人だけどぉ!! なんか文句でもあんのかぁあオラァァァァア!!」


「ぷっ、アハハハハハ! これは傑作! アハハハハハ!」


ついに堪え切れなくなった堕天使は腹を抱えて大爆笑……

俺は灰のようになっていた。

ほんとにもうどこかに消えたい……


「……」


笑いたいだけ笑って満足した堕天使は言った。


「あー笑った笑ったー! こんなに笑ったのは久しぶりだよ!」


堕天使は目尻に涙を浮かべて言った。


「人の不幸がそんなに可笑おかしいかよ!」


「不幸なの?」


「えっ?」


突然何を言い出すんだ……?


「友達なんて1人いればそれで幸せだと思うけどなぁ。私は仲良くしたいわけでもない人に合わせて笑うのって好きじゃない。もちろんそういうのが得意な人はいいけど…… そういう人ばかりじゃないから……」


なんだこいつ。分かってるじゃねーか。


「なんだ。お前も友達いないのか?」


俺は冗談めかして言ってみる。


「いるけど?」


「ですよね〜」


そりゃそうだろうよ。俺のことを散々バカにしたんだからな!


「3人もいるわよ」


「は?」


「3人もいるわよ」


「いや聞こえてるから! お前もほとんど友達がいねぇじゃねえかよ!」


俺がそう言うと堕天使はあっさりと言った。


「かなたの3倍もいるんだけど」


「だって俺の友達1人だからな!!」


俺が言うや否やまた堕天使は吹き出した。

忘れようとしてたからやめて!


「なんでお前俺のこと平気で笑ってんだよ?!」


「私がボッチなのは別に面白くないけど、かなたがボッチなのはめっちゃ面白いもん」


あっさりと言いやがった。

俺が幼女に笑われてどれだけ恥ずかしかったことか……

舌を噛み切って驚かしてやろうかと本気で考えたんだぞ!


「かなた」


「なんだ?」


「さっき理不尽って言ったよね」


「ああ、言ったな」


正直もうこいつ1人くらい養ってやろうと思っていたところだがな……

どう足掻いても無駄みたいだしww


「もしかなたが天界通信使を引き受けて一緒に生活してくれるなら私は絶対かなたを後悔なんてさせないよ。絶対幸せにしてみせるよ。……だから……だから……」


やれやれ女の子にここまで言わせて情けねぇなあ俺。


「その先はもう言わなくていい」


「えっ?」


瞳をうるわせてこちらを見る堕天使。

俺は咳払いを1つして堕天使に背を向けて次の言葉を放つ心の準備をした。


「そう言えば名前をまだ聞いていなかったな。教えてくれ。これから同居するんだろ? パートナーの名前は聞いておかなくちゃな」


言い終わって俺は堕天使に向き直る。

白銀の堕天使はまた瞳をうるわせていた。


「私の名前は白玉。不束者ふつつかものですがどうかよろしくお願いします」


そうして俺と白玉の日常は幕を開けた。


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