第5話 目的地

「魔狼族部隊が王国の城を攻め落とすことに成功。しかしその後、4人の人間の襲撃により隊長ザルド、副隊長クロムそして多数の魔狼族兵士が死亡……」


 秘密工廠の中央管理室、お気に入りの革張りの椅子に身を預けながらザルドの死に関する情報を魔王の書を通して確認するルゥ。


「まさかあの後すぐ死んじゃうなんて思わなかったなぁ……まあ、戦争やってんだからしょうがないよね」


 しかしザルドはルゥの中ではただの知人という位置に置かれているようで、その死をことさら悲しむ様子はない。


「勇者と思われる人間は自らの武器を聖剣だと発言する。生存者の話ではその武器は剣の形をしており、刀身と思われる部分が縦に割れ、光の剣が現れた……」


 そこまで読み上げると部屋の扉が開き、ヨミが入ってくる。


「お待たせしました」


「あ、ヨミも読む? セスルトから送られてきた報告書」


 そう言って魔王の書を差し出すルゥ。


「あの駄犬の死亡の経緯ですか」


 差し出された魔王の書を覗き込むヨミ。


「ヨミはこの件どう思う?」


「……あれは礼儀は知りませんでしたが、戦闘に関しては有能でした。個の戦闘力の高さに加え、少なくとも引き際をわきまえるくらいの判断力はあったはずです。聖剣の話さえなければ人間に倒されるなんて信じてはいなかったでしょうね」


「ヨミはこの聖剣は本物だと思う?」


「難しいですね。魔王様を倒した聖剣ならば駄犬の敗北も納得できますが、実際には人間の特異な魔法で葬られた可能性もあります。むしろ聖剣という情報を敵に与えたことを考えればその魔法を隠蔽するための情報操作とも……ルゥはどう考えているのですか?」


 少し顔をうつむかせ、推論を語るルゥ。


「そうだねえ……この聖剣は光の刃で直接攻撃をするだけじゃなくて光を発射して遠距離攻撃なんかもするみたいなんだけど……」


 聖剣の記述がある部分を指でなぞるルゥ。


「偽物だとしても随分凝った剣だよね。だから魔王様を倒した聖剣と同じ性能かどうかは分からないけど、何かしらの力を持った武器だとは思うんだ」


「厄介ですね。ルゥの言葉を正しいと仮定すると聖剣が偽物だとしてもそれは魔族に対抗できる武器ということになります」


「何よりこっちには聖剣の詳細な情報がないから聖剣と言われれば魔王様を殺した剣だと想定して動かないといけないから色々やりづらいよね。まあ、私達には関係ないとは思うけど」


 厄介そうだと言いつつも、自分には関係ないと楽観的な結論に達するルゥ。


「どうでしょうか? 現場となった王国の城というのはここからそう遠くない位置にあります。人間の足でも数日で来ることができます」


 警戒するべきとの思いを込めて発言するヨミ。


「でもさ、山脈の地下の工廠なんてまず人間達は知らないでしょ? こんな場所に来るくらいなら他の魔族が支配する土地の解放に行くでしょ、普通」


「……そうですね、考えすぎですね」


 僅かな沈黙の後、ルゥの正論に反論する材料がないヨミは同意を口にした。






 同時刻、ザルドが絶命したグラフェルシア王国の城には王国の兵士達が到着し、遺体の収容と城の仮復旧作業が行われていた。


 皆夜間行軍を行い城に駆けつけたため、疲労は隠しきれなかったが、魔族の脅威を直に感じ取れる城の惨状を目にした彼らから不平不満は出てこなかった。


 クロムが調べ物をしていた執務室は指揮所となっていた。執務机の前で兵士達をまとめる騎士が矢継ぎ早に指示を出し、連絡役の兵士達は指示を受け取り退室する。そして彼らと入れ違いに1人の男が入ってくる。


「隊長、今大丈夫でしょか?」


 入室した男は騎士の前まで進み、問いかける。


「ヴィレール殿? 構いませんが、どうされました?」


 特に気にした様子もなく尋ね返す騎士。


「救援が間に合わず申し訳ありません」


 そう言いヴィレールと呼ばれた男は頭を下げる。


「とんでもない。たまたま近くにいた遊撃隊である貴方達に無理を言ったのは私です。仇を取っていただいただけでも感謝しております」


 突然の謝罪に戸惑いつつ、礼を言う騎士。


「そう言っていただけるとありがたいとです」


 騎士の言葉にヴィレールは申し訳なさそうな顔を見せつつ、再度頭を下げる。


「我々はこの城の復旧を進めなければなりませんが、遊撃隊はこれからどうするのですか?」


 ヴィレールの様子を気にしては騎士は話題を変える。


「自分達はこれからすぐにエルティア山脈に向かおうと思います」


「エ、エルティア山脈? 魔族占領域にある山脈ですか? 私の記憶では魔族の砦や補給拠点はなかったと思うのですが……」


 予想外の場所に困惑をする騎士を見てヴィレールは懐から丸めた羊皮紙を取り出す。


「これは魔族の隊長格と思われる男が所持していた物なのですが……」


 そう言いながら机の上に羊皮紙を広げる。


「地図ですか? しかしこれは……」


 広げられた地図には魔族の文字が記されていたが、騎士は読めないために顔をしかめる。


「はい、魔族の地図です。読めないので、古代文字が読める仲間に解読を頼んだのです」


「ああ、魔族の文字は古代文字と共通する所が多いのでしたね」


 研究者達が魔族の文字や魔法を必死に調べた結果、判明した事実を思い出し、納得する騎士。


「ええ、それで完全に読み解くことはできなかったのですが、それでも分かったことがあります。この地図はどうもこの周辺の地図のようなのですが、魔族の占領地に関する物らしいのです」


「なるほど言われてみれば……あ、ちょっと待ってください。確かここに……」


 そう言いながら騎士は机の引き出しを漁り始める。


「あった、あった」


 騎士が引き出しから探し出した人間の地図を魔族の地図の隣に広がる。


「こうした方が分かりやすいと思ったので、話を遮ってしまい申し訳ない。しかしこうして見ると都市の位置などはほぼ一致していますな」


「ええ。ただ問題はエルティア山脈なんです」


 そう言ってヴィレールは魔族の地図の山脈の位置を指差す。そこには魔族の文字がしっかりと記されている。


「確かにエルティア山脈ですね。しかし難所ではありますが、要衝とは言えない土地のはず。どういうことでしょう?」


 人間と魔族の地図を見比べながら首をかしげる騎士。


「分かりません。しかしそこに魔族の拠点があるなら王国による反攻作戦のためにも調査は必要です」


「そうですね。詳細不明のままというわけにはいきませんね。ですが、山脈は最前線にあるわけではなく魔族の占領地の中にあります。いくら聖剣を持つ貴方でも危険では?」


「危険は承知しています。しかし今魔族は生き残った魔族からの情報で多少混乱しているはずです。あえてこれは聖剣だと言いましたから」


「魔族を打倒できる聖剣。真偽不明の情報で混乱していれば隙も生まれるということですか?」


 騎士の言葉に頷くヴィレール。


「幸い仲間には加速や隠蔽の魔法が使える人間がいます。そして聖剣の力があれば、成功の確率は低くないと考えます。そこで大変申し訳ないのですが物資の融通と王都への報告をお願いできませんか?」


「……分かりました。我々の目的はこの城の復旧ですから全面支援はできませんが、可能な限り、物資は融通します。報告について内容は簡易的なものになりますがよろしいですか?」


 頭を下げるヴィレールにわずかな沈黙の後、騎士はできることを口にする。


「ありがとうございます!」


 ヴィレールは礼を言い、再び頭下げた。






 石畳の広い空間、魔狼族が宴を開いていた場所では多くの兵士が行き交っている。そん彼らを1人の男と2人の女が眺めていた。


「なあ、本当にエルティア山脈に行って良いのだろうか?」


 髪をポニーテールにした女が行き交う兵士達から視線を外すことなく疑問を口にする。


「ロゼッタ? 急にどうしたんだい?」


 隣にいた金髪の男がその疑問に反応する。


「いや、何があるかもわからない山脈に行くぐらいなら他の選択があるのではないかと思ってな……」


「例えば彼らの手伝いとか、かい?」


 金髪の男はロゼッタと呼んだ女から兵士達に視線を移しながら尋ね返す。


「いや、流石にそれはないよ、アル。あんたやシルカなら魔法でなにかできるかもしれない。けど戦闘用の魔法しか使えない私みたいな女にできることがないことぐらい理解している」


 ロゼッタは金髪の男をアルと呼び、シルカと呼んだ女へと視線を移す。


「では、ロゼッタさんは他の魔族の占領地へ行くべきだと考えているのですか?」


 それまで口を閉じていた修道服に身を包んだ女、シルカが会話に加わる。


「ああ。聖剣で魔族を、それも指揮官クラスの強力な魔族を倒すことができると証明できたのだから、他の占領地の魔族を奇襲することで王国軍の攻略を支援すべきではないかと思っている」


 そう言いながら腰に下げている鞘に収まったサーベルを眺めるロゼッタ。


「ま、確かにね。僕も最前線から離れた魔族の拠点調査よりはそっちの方が遊撃部隊としては真っ当な運用だと思うよ」


 自身の言葉を肯定するアルが気に入らないロゼッタはわずかに顔を歪ませる。


「ならあんたはなんで山脈を調査するべきだとロランに言ったんだ?」


 語気を強めながら問いただすロゼッタ。


「……あまりに不確実だからさっきは言わなかったんだけどさ、あの地図には仕掛けがあって文字に触れると何かしらの情報が中空に表示されるんだ」


 わずかに悩む素ぶりを見せたアルだったが、観念して語り始める。


「何かしらの情報?」


 歯切れの悪い言葉に困惑するロゼッタ。


「完全な解読はできなかったから、あくまで僕の推測でしかないけど、おそらく品目と数字の組み合わせ。つまりその拠点の物資を表していると思う」


「そんなことまであの地図に……」


「あくまで僕の推測だよ。配備されてる兵士数や占領地に残された人間の数かもしれない。で、あの山脈は他より数字が大きいかったんだ。桁違いにね。放置するには不気味だろ?」


「そういうことだったんですね」


「それならそうと言ってくれ、そうすれば私も悩まずに済んだのに……」


 素直に納得するシルカと疲れたような表情で呟くロゼッタ。


「言っただろ、不確実だって。判断材料と考えて良いか正直今でも迷っている」


 苦笑いを浮かべながらアルはロゼッタへ弁明するようにゆっくりとした口調で話す。


「……この件、ロランは?」


「一応伝えてあるよ。ただ我らがロラン・ヴィレールの中では王国の反攻作戦の具体的な日程がまだ最終決定されてない現状ならば奇襲より調査を優先して不確定要素をなくすべきだって最初から決まってたみたいだけどね」


 自分の不確実な情報がロランの判断に影響を与えてはいないことを主張するアル。


「そしてその不確定要素に自分が真っ先に飛び込むことも即決だったんだろ?」


「まあね」


 自分の言葉を肯定するアルに再び顔を歪ませるロゼッタ。


「あいつはいつもそうだ! 生き残った自分の役目とか理由つけていつも自分をないがしろにする!」


「魔族との戦いに敗れた王国軍の撤退作戦を成功させた英雄。しかも名誉職を嫌がって騎士団幹部から傭兵になるような男だからね。普通の人間と思考が違うと思うしかないんじゃない?」


「で、でもそんな自分のことより人のことを常に考えて行動するロランさんだからお2人もついてきたのでは? 少なくとも私はそうです」


「……」


「ま、それは否定しないよ。ただ僕の場合、宮廷魔導師をクビになってすぐにロランに誘われて傭兵になったからなあなあでここまできたって感じかな。ロゼッタは……ま、分かりやすいよね」


 自分語りを終えるとロゼッタへと視線を移すアル。


「どういう意味だ?」


 若干の呆れを感じさせるアルの視線に対して抗議するように発言するロゼッタ。


「好きなんだろ? ロランのこと」


「なっ!? どうして……」


 赤面し俯く彼女を気にすることなくアルは言葉を続ける。


「不祥事を起こしたわけでもないのに騎士から傭兵になるなんて彼くらいぶっ飛んだ思考の持ち主じゃないなら恋ぐらいしか理由ないでしょう?」


「ですね。ロゼッタさんがロランさんの幼馴染だとしても普通は傭兵になってまでついて行くという選択は恋愛感情がなければ難しいと思います」


「……ロランも気づいているのか?」


 シルカにまで悟られていたことにロゼッタは観念したのか恥ずかしさに耐えながら言葉を紡ぐ。


「さあ? 聞いたことないね」


「私もです。でも邪険にしてないんですから脈ありなのでは?」


「ま、こんなご時世なんだからさっさと告白した方が良いんじゃない? 傭兵なんていつどうなるか分からない職業やってるんだから迷ってると後悔するかもしれないよ」


「そう……かもな……」


「それに子供ができればロランの思考も変わって最前線から身を引くかもしれないしね」


「こ、子供!?」


 告白、結婚という過程をすっ飛ばして発言されたアルの提案に動揺し、大声を出してしまうロゼッタ。


「子供がどうかしたのか?」


 彼女の背後から声をかけたのは騎士との交渉を終えたロランだった。


「なっ!? いや……な、なんでもない!!」


 動揺を隠そうと必至に取り繕うものの声が上ずってしまう。


「そ、それよりどうだった!? 物資は融通してもらえるのか?」


「え? ああ、ある程度融通してもらえるし、王都に報告もしてもらえる。こっちの要求はほぼ通った」


 強引な話題転換に若干の違和感を感じたが、ロランは特にそのことを追及することなく、交渉結果を伝える。


「じゃあ今日中に出発するのかい、ロラン?」


「ああ、荷物の準備が出来次第、エルティア山脈へ向けて出発する」


 その言葉に3人は頷くことで同意する。






 4日後、秘密工廠の自室で惰眠を貪るルゥにヨミが近づいて来る。


「ルゥ起きて下さい。緊急事態です。人間がエルティア山脈にやって来ました」


「……?」


 乱暴に揺すられ強制的に覚醒させられたルゥが状況を把握には時間が必要だった。

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魔王が死んでも終わりません ものりす @ogosokana

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