第4話 勇者

「派手にやりやがったな」


 パンデモニウムから転移してきたザルドの目に映ったのは無残に破壊された城だった。


 既に日は落ち、夜になっていたが、あらゆる場所から黒い煙が上がっている。城壁の上には鎧を着た兵士の死体が転がされていた。そして木製の城門は半開きの状態で放置されている。


 ザルドは城門をくぐり城の中へ入る。侵攻の勢いを抑えるために造られた狭く曲がりくねった通路を兵士の亡骸を跨ぎながら進むと複数の声が聞こえてきた。何を言っているかは聞き取れないが、進むにつれ声は大きく騒がしいものになる。


「お前ら!騒ぎ過ぎだ!」


 通路先には石畳の広い空間があった。そして多数の魔族が酒を飲み騒いでいた。全員人と似た容姿を持ちながらも狼の耳と尾を持った魔族、魔狼族であり、ザルドの配下だ。


「あ、隊長! 遅いっすよ! もう殺す人間いませんぜ!」


 酔ってヘラヘラ笑いながら近づいてきた魔狼族の男が告げる。


「そうらしいな。だが–––」


 そう呟くとザルドは素早く男の頭を鷲掴みする。


「油断し過ぎだ! せめて見張りくらい残してから酒盛りしろ!!」


 鷲掴みした手の力を徐々に強めながら怒鳴る。


「す、すいません……けど人間の生き残りくらい酔ってても……」


「そうじゃねぇんだが、と言ったところで今のてめえらには無駄か……」


 顔をしかめながら呟き、男を手から解放する。


「つうかお前ら、人間の死体をそのまま食うなって言ってるだろ? 俺らは屍食鬼グールじゃねえんだぞ」


 男から視線を周りの魔狼族へと移すとザルドは彼らが酒の肴にしている人間の腕や足の一部と思われる人肉を見つけ、再び顔をしかめる。


「人間の食料をつまみに酒を飲んでたんですが、足りなくてつい……」


 気まずそうに苦笑いを浮かべながら1人が発言する。


「……クロムはどこだ?」


 ため息を吐くザルド。だが、次の瞬間には切り替えて比較的酔ってなさそうに見える部下に問いただす。


「城の中です。人間の記録を漁ってます」


「そうか」


 そう言い終えるとザルドは城の奥へと歩み出す。






 両開きの重厚な扉の奥は執務室へと続いていた。部屋の奥に執務机、壁際に本棚。絵画など多少のインテリアはあるが、絢爛豪華という印象ではなく、どちらかというと実務重視と印象をザルドへ与えた。


 そして今、執務机には大量の書物が山積みにされ、1人の魔狼族によって検分されている。


「ザルドか? 遅かったな」


 部屋に入ったザルドに気づき、顔をあげる。

 赤みがかった茶色の耳と尾を持つその男はザルドと違い軍服を着崩してはいない。そのためこの部屋の主人と言われても違和感ないとザルドは感じた。


「ま、いろいろあってな。それでクロム。なんか珍しい情報はあったか?」


「いや、ここにあるのは武器や食料の在庫表や出納記録だ。王国の前線拠点というから期待したんだが、ありふれた情報しかない」


 クロムと呼ばれた男はつまらなそうに告げる。


「そうか。それより副隊長のお前がいながら下の連中緩みすぎじゃねぇか?」


「俺もそうは思ったが、ここ最近息抜きの機会がなかっただろ? 生き残りの女、子供は干し肉にするために後方の処理場に送ったからせめて酒やつまみ食いくらいは見逃してやることにした」


「……そうか。いや悪かったな」


 部下の不満がそこまで高まっていたことに気づきけなかった自分を恥じ、詫びを口にする。


「構わないさ、それよりどうだった? 買えたか?」


「ああ、これがそうだ」


 クロムの問いかけにザルドの目の色が変わる。得意げな表情で2束の丸めた羊皮紙を取り出す。クロムは机の上の資料を床へ下ろす。そして1つの羊皮紙の封を解き、机に広げる。


「これが魔狼族の血から作られる強制人狼化薬の製法か。人狼などいにしえの空想と思っていたのだが……」


「そのおとぎ話をゲオルグが現実にしていたとセスルトから聞かされた時には俺も奴の正気を疑った。だがホントらしいな」


 羊皮紙に書かれた魔界の文字や魔法の術式を眺めるザルド。


 人狼。魔界では人間と魔狼族の間に生まれると半魔人とされていた。けれど人間界への侵攻以前、人間が魔界に来ること自体ほぼなかったので伝説として語り継がれる程度の存在だった。


「魔王はこの薬で人間を人狼にして下級兵士として使役するつもりだったそうだ」


「だが、人類が弱すぎたために必要性がなくなったこの薬はお蔵入りとなったというわけか」


「この薬でただの食い物でしかなかった人間が兵士になる。血は必要だが人狼の軍団という数の力が手に入る」


「その力で人界侵攻軍を支配して武力でお前が魔王になる。それは良いが、まず目の前の問題を解決しないとな。人狼がどの程度の力を持つか? 人狼がこちら支配を受け入れるかどうか? いや、まず誰に薬を作らせるのつもりだ?」


 夢を語るザルドに冷静なクロムは課題を突きつける。


「ルゥフェミア・ゼルファスト。ゲオルグの部下で自前の研究施設を持ってるはずだ。あの狐にやらせれば良い」


 ニヤつきながらルゥの名を出すザルド。


「ゼルファストって妖狐のか? いくら知り合いとはいえ、お前に進んで協力するとは思えんのだが……」


「ああ、興味がないと断られた。だがそれがどうした?」


「お前まさか無理矢理やらせるつもりか?」


 笑みを絶やさないザルドを不審に思うクロムは強硬手段を彼がとると予想して困惑する。


「いや、頼むだけだ。ここにいる全員でな」


「つまり脅してやらせるということじゃないか……妖狐族を敵にするつもりか?」


 部隊を動かして強襲するという意味として受け止めたクロムは呆れながら呟く。


「心配はいらねえよ。連中の当主は本国にいるから事態の把握は困難なはずだ。政治的な問題になるには時間がかかる。何より狐が五体満足なら向こうも大した文句はねえだろ」


「……」


 直情径行気味なザルドの性格を踏まえるとそう上手く行くとは思えない。けれどここで苦言を呈したところでまともに取り合ってもらえないことを理解しているクロムは目を閉じ沈黙する。


「狐の戦力は八尾と機械人形だけ。俺の今の部隊でも制圧は容易いはずだ」


「だが彼女の拠点が何処かわからないことには–––」


「その為の情報がこれだ」


 そう言うと2つ目の羊皮紙の封を解き、広げる。それは地図だった。


「このあたりの地図のようだが……」


 人間の街や魔族が占領した街などの基本情報しかない地図に困惑するクロム。


「そう焦るな」


 クロムの反応が愉快なようで笑みを浮かべるザルド。


「大蛇は大海を渡る」


 言い終えた瞬間、地図が青白い光を放つ。光は数秒で収まった。


「魔法による隠蔽術式か」


 クロムが再び地図を覗き込むと先程まではなかった情報が加えられていた。魔族の指揮官達がどの地域を支配しているか一目で分かるようになっている。おもむろにザルドが1人の指揮官の名に触れると、中空に文字が現れる。その指揮官が保有する戦力構成や戦略物資など事細かに表示された。


「魔王はこの地図を使って各地の状況を一応把握してたらしい。ま、それよりここだ」


 ルゥフェミア・ゼルファストと書かれた魔界の文字を指差すザルド。


「ここはエルティア山脈だな。随分険しいところに拠点を造ったのだな」


「引き篭もりの穴蔵狐らしいじゃねえか。ここから2日もあれば行けるよな?」


 嘲りながらザルドは大雑把な自分の予測をクロムに問いかける。


「今から行くつもりか?」


「逆に何か聞くが、何か不都合でもあるか? 俺はこの薬を手に入れることが最優先だと考えている。万が一人狼が駄目でも奴の機械人形がそれなりの戦力になるはずだ」


「……分かった。ただ後方への伝達やこの城での事後処理をする必要がある。4日は欲しいのだが–––」


「ぎゃああっ?!」


 クロムの言葉は突然の悲鳴に遮られる。


「何だ?」


「城門の方みてぇだが、下の連中酔って喧嘩でも始めたのか? ちょっと見てくる」


 ザルドはそう告げると地図を丸め懐に仕舞う。


「俺も行こう」


 そう言って立ち上がるクロム。


 2人が宴の場所に向かうために城内を進む。すると再び2人の狼の耳に声が届く。しかも今度は複数の悲鳴、そして微かな血の匂いを2人は感じ取る。


「急ごう」


「ああ」


 ただの喧嘩という想定は崩れた。2人はこの異常に困惑を感じつつ、狼の脚力を活かして数秒足らずで部下達が酒を飲んでいた現場に到着した。


「おい、何があった!? 説明しろ!」


 そこに怪我人あるいは死体があると考えていたザルドの考えに反し、その場にいる魔狼族は誰も怪我をしていなかった。ただ皆一様に顔を青くし、オロオロとするばかりだった。


「それが……城門の方から音が聞こえたんです。さっき隊長にどやされたばかりだから誰か見に行かないとまずいという話になって、1人見に行ったんですが……」


「そいつが最初の悲鳴の主ということだな?」


 クロムの言葉に説明していた部下が頷く。


「それで血の匂いがしたんで今度は2人が見に行ったんですが……」


「帰って来ねえというわけか……」


 3人の安否不明という事態に顔をしかめるザルド。


「ザルド」


 クロムに呼ばれるとほぼ同時にザルドもまた異変に気づく。ゆっくりとこちらに近づいくる足音が複数聞こえてきたのだ。足音は城門の方から近づいてくる。


「……4人か?」


 ザルドは魔狼族の聴力で捉えた音から推測した人数をクロムに問いかける。


 クロムは無言で頷く。そして首を城門へと繋がる通路へと振り、指差すことで部下達に迎撃の指示を送る。


 魔狼族部隊は素早く行動し、足音の主達の到着前に配置に着くことができた。


 夜の闇に包まれた通路からの足音は止まることなくこちらに近づいてくる。


「何者だ?」


 ザルドは相手の姿を確認することなく警告の意味を込めて発言する。


 止まる足音。だがそれは一瞬だった。


「お前達の敵、つまり人間だよ」


 通路から出て来たのはフード付きローブを見にまとった4人組だった。フードを目深に被っているため男女の区別はできないが、その声から発言者は男と断定できた。


 またその男の手には形は剣のようだがやけに刀身が分厚くまるで馬上槍のような奇妙な武器があった。


「生憎と俺は敵に足る人間に出会ったことがないんだがな……」


 相手の出方を見るためにあえて軽く挑発の言葉を口にするザルド。


「では、3匹の狼を倒したといえば満足してもらえるかな?」


 その言葉に一気に魔狼族部隊は殺気立つ。


「ほう、つまりお前は魔法の達人というわけか? 敵として見ていいようだな」


 人間の魔族への対抗手段など魔法ぐらいだと思ってザルドは周囲の部下に警戒するように促す。


「残念ながら俺はそこまでの人間じゃない。だが–––」


 その瞬間、男の剣が割れ、光が溢れ出す。


「魔王を討滅した聖剣ならここにある」






『布告』


『全ての魔族指揮官へパンデモニウム代理行政官セスルトから伝達します。昨夜グラフェルシア王国方面軍指揮官、ザルド・クラハドラスが人間に討たれました』


『生き残った魔狼族の話では敵は聖剣と思われる武器を使用したとのことです。私は未確認ながらこの人間を2人目の勇者と考えるべきと考え、要警戒対象として情報収集を開始します。情報をお持ちの方、また現時点までに集まった情報をお知りになりたい方はセスルトまでご連絡ください』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る