第3話 商談

 パンデモニウムの一角にそびえ立つホテル。本国からの高官や貴族のための宿として整備されたその建物の最上階には一面ガラス張りの展望レストランがあり、夜を彩る星々と下界に広がる街の灯がよく見える。


 テーブルへと通されたルゥとヨミは席に座る。対面にはこの会食を提案したセスルトが座った。メイド服を着たヨミがルゥとテーブルを共にするのは主従の関係を考えればどこかおかしな光景だ。けれど八尾の妖狐を咎める者はいないし、セスルトが客として扱う以上異論を口にできる者もいなかった。


 やがて料理がセスルト配下のスケルトン達によって運ばれてくる。


「本来ならコース料理などをお出しすべきなのでしょうが、今日は私のわがままで人間の料理をご賞味頂きたいと思いまして。よろしいでしょうか?」


 煮込み料理やスープ、蒸し料理など様々な方法で調理された食べ物と水や酒といった飲み物がテーブルに並べられていく。


「問題ないよ」


 人間の料理は初めて見るらしく、ルゥは並べられた料理を興味深げに眺め続ける。


「ありがとうございます。ささ、どれでも好きなものから食べてみてください。全て人間界の食材です。ああ、人肉は入っておりませんのでご安心を」


 そう言ってセスルトは鉤爪の手を器用に使いナイフで目の前の肉を切り分け、小皿に取っていく。


「美味しいね」


「ええ」


 薄い衣がついた焼き魚の切り身をフォークを使って口に運んだルゥは率直な感想を野菜を煮込んだスープを飲んでいたヨミと言い合う。


「お口に合ったようでなによりです」


「そういえばバーのマスターやウェイターがスケルトンだったけど飲み食いできないのに料理とかできるの?」


 ルゥはバーで人骨のスケルトンを見たときから感じてた疑問を尋ねる。


「流石に味見はできませんから調理は他の者が行なっています。しかし料理を運び、提供するぐらいなら問題ないと考えています。私の配下は死霊魔法研究の一環で人骨から造られた個体ですが、使いやすいですよ」


「へぇ……」


 魔導兵器研究者として死霊魔法の話は興味深かったのか、食事の手を止めてセスルトの話に聞き入る。


「さて博士。少しばかり商売の話をしてもよろしいでしょうか?」


「良いけど何?」


 もう少しスケルトンと死霊魔法について聞きたかったのか少し不満げな声で尋ね返すルゥ。


「博士が独自に開発された魔導機兵は平均的な魔獣の価格より高価格ながら多くの皆様にご購入いただいております。利益を順調に出すことでき、大変感謝しております」


「私も感謝してるよ。商売なんてやったことないから造るだけに専念できて本当に良かったよ」


 そこは本当に感謝しているらしく、ルゥは微笑みながら感謝の言葉を口にする。


「何よりです。さて博士、そろそろ新製品など考えてはいただけないでしょうか?」


「新製品?」


「はい、実はより強力な魔導機兵を要望する声が日増しに高まってきております。勝手な願いであることは重々承知しておりますがご検討いただけないでしょうか?」


「つまり新型ってことか……一応今試作段階なんだけど飛行型の魔導兵器は考えてるよ」


 話を理解したルゥは特に気にする素振りも見せることなく開発状況を口にする。


「ほう、飛行型ですか。流石は魔導技術の天才と呼び声高い、ゼルファスト博士ですな。今度は空ですか」


「300年も研究し続けたら誰でもこのくらい思いつくし、実現できるよ」


 セスルトの言葉を世辞と受け止めたルゥは大したことではないという意を込めて淡々と告げる。


「ただその飛行型は魔石の消費が今の汎用型に比べて高いから、売り物としてはどうかなぁ……武装も機銃と爆弾になるから弾薬の補充も必要だし……」


 それは販売目的で考案したものではなく、移動要塞に配備するために試作しているものだった。なので採算性はあまり考慮されていない。


「そうですか……博士、現在の汎用型を改良という形ではできませんか?」


 顧客の負担が頭によぎったのか、若干彼の声はトーンダウンする。


「それは装甲を強化したり、武装を追加したりってこと?」


「はい。ここだけの話ですが魔導機兵を必要としている方々の多くは人間との戦闘は想定していません。ご自身の身辺を守ることを目的にしておられるようなのです」


「身辺警護? でも部下の魔族がいるでしょ?」


 汎用型でも剣や槍などの武器を持たせれば戦力となる。けれど魔族の兵士には防御力はともかく、攻撃力は及ばない。それがルゥの認識であった。


 そのため金をかけてわざわざ魔族機兵を側に置くというのは理解できなかった。


「いえいえ、彼らは自分の部下から身を守るために魔導機兵を買うのです」


「どういうこと?」


「ゼルファスト博士には縁がない話かと思いますが、末端の指揮官の方々は他を圧倒する才能も後ろ盾となる独自の権力も持ち合わせてない場合がほとんどです。凡庸な彼らが指揮官として力を行使できたのは先王陛下の承認があったからです」


「それは魔王様という唯一の後ろ盾を失った指揮官達が下克上を恐れて、魔導機兵を当てにしているということですか?」


 それまで黙って2人の会話を聞いていたヨミが自分の見解をゆっくりと確かめるように発言する。


「左様でございます。声紋登録さえ済ませれば、絶対の忠誠が手に入るところが好まれています。また実際に先王陛下が亡くなってから指揮官の死によって部隊長が交代する部隊もいくつかあります。現場の責任者が不安になるのも仕方ないことかと」


「うわぁ……」


 ヨミからの報告で魔族軍の内情を知ったつもりになっていたルゥだがその認識が甘かったことを知り、うめき声をもらす。


「もはや内部崩壊間近といった感じですね。しかし納得はできます。魔導機兵の能力の低さを数でカバーしようとすると費用がかさむ。だから性能の向上を求めているということですね」


「おっしゃる通りです」


 ヨミの言葉に相互理解ができたことを確信し、灰褐色の羽毛で覆われた顔を綻ばせる。


「魔族を仮想敵とするなら改良より新規設計の方が良いかもね。汎用型に武装や装甲を追加するなら確実に機体のバランスが崩れるし」


「新規設計の新型ですか。開発は難航しそうですね」


「そこを博士のお力でなんとかしてはいただけませんか?」


 需要が高まっているこの状況がいつまでも続くとはセスルトも思っておらず、商機をみすみす逃したくないと鉤爪の手を組み祈るような姿勢でルゥへ問いかける。


「そうは言っても開発資金だって満足にあるわけじゃないし……」


 腕を組み目を閉じ、思案に耽るルゥ。


「魔導機兵の売り上げでは足りませんか?」


「完全な新型となると、ちょっと足りないかなぁ」


「ではこちらからも資金の提供を」


「だとしても時間はかかるよ。私が言うのもなんだけど、擬似魔人を売るのは駄目なの?」


「擬似魔人ですか……」


 言いよどむセスルト。


「能力に関しては皆、君みたいに活躍してる個体を見てるから問題ないと思うだろうし、本国の魔導技術はそっちが主流だったし」


 ルゥは腕組みを解き、グラスに入った水を飲み終えると自分の知る情報を口にする。


「……そちらも厳しいのが現状です。魔獣に魔導技術で知能や言語能力を与え、強制的に進化させて造られる擬似魔人……その擬似魔人である私が言うのもなんですが、施術者によって性能に大きな差があり、品質が安定していません」


 自身に関する情報だからか、セスルトはゆっくりと言葉を選んで話す。


「私はだいぶ前に生命技術に関する研究を中止したからよく知らないけど、安定した品質を少数でも揃えることができる術者はいないの?」


 そんなセスルトの態度を気にも止めず、ルゥは話を続ける。


「私を造りだした魔導技術開発局のゲオルグ局長ならば高性能の擬似魔人を複数用意できるでしょうが、先王陛下と共に四天王として勇者に討伐されてしまいました」


「ああ、局長か。良い上司だったよ。こちらにあまり干渉せず、好きにやらせてくれた」


 自分の上司に思いを馳せ、若干の感傷に浸る。


「さらに本国の魔導技術開発局の魔導学者達は次の魔王陛下が決まらないために動きにくいとのことで……」


「能力があったとしてもこちらに擬似魔人を量産して送るのはほぼ不可能というわけですか」


 心中でため息をつきながらぼやき、酒を飲むヨミ。


「ヨミ様のおっしゃる通りです」


「そういうことなら新型魔導機兵の開発を進めるしかなさそうだね。ただ何回も言うけど時間とお金はかかるよ」


 後から文句を言われないために念を押す。口約束で言った、言わないの水掛論をするつもりはないルゥはお互い誤解のないようにしておきたかった。


「承知しております。提供する資金の額などに関しては後日書面を交えてということでいかがでしょうか?」


 開発は難航するという結論はセスルトの望むものではなかったが、一応開発は進めるという方向に向かうことになり、安堵から目を細め、笑顔になるセスルト。


 彼の言葉を受けとりあえず問題なさそうだと判断したルゥは黙ってヨミに顔を向ける。


「大丈夫だと思いますよ、ルゥ」


「じゃあこっちはできる範囲で新型開発を進めておくから。それで良い?」


 ヨミの承認を得たルゥはセスルトへと向き直り、新型開発の依頼を受ける。


「ありがとうございます」


 頭を下げ、感謝を示すセスルト。






「本日はありがとうございました。大変有意義な話ができたと考えております」


「そう、良かった。私も美味しい料理を味わえて満足だよ」


 会食を終え、ホテルの玄関ホールで見送りを受けるルゥとヨミ。


「博士、最後に1つ伺ってもよろしいでしょうか?」


「ん? 何かな?」


「博士はなぜ人間界に研究、製造施設を造られたのですか? 他の学者が戦場になりかねないこちらを嫌い、本国にいるにもかかわらず……私にはどうも特別な目的があるように思えるのですが……」


 何気ない好奇心から質問したような穏やか口調だったが、その猛禽類の瞳はいかなる動きも見逃さないように鋭さを増していた。


「簡単な理由だよ。私の魔導兵器はまだ新しくその危険性が十分に検証されてない。だからもしものことを考慮して本国ではなくこの人間界で研究するように命じられた、他ならぬ魔王様にね」


 セスルトの様子を気にすることなく微笑みながら語るルゥ。


「なるほど、そうでしたか。お引止めしてしまい申し訳ございません」


「気にしなくて良いよ、じゃ、またね」


 そう言うとルゥはヨミを伴ってホテルの正面玄関から出て行った。


「またのお越しをお待ちしております、ゼルファスト博士」


 そう言い終えると、梟は恭しく深々と礼をした。






 ホテルから出た2人は多くの魔族が行き交う露店が並ぶ街道を歩いていく。


「ヨミ」


「尾行はないと思われますが、一応」


 そう言ってヨミは防音の効果を持つ結界をルゥと自身の周囲に施す。無詠唱で行われた魔法は2人をほんの一瞬白い光で包むが、すぐに光は消える。そして行き交う魔族が発する雑音は2人の耳に届かなくなった。


「最後あれってやっぱり探りを入れてきたんだよね?」


 音が消えたことを気にする様子もなく、歩き続けるルゥが答え合わせをするべく口を開く。


「と、思われます。セスルトならばルゥの未執行の開発予算を知ることなど容易いはずです。ただ移動要塞開発計画は最高機密に属する物。セスルトでは予算の中身は知ることはできないはず」


 進み続けるルゥの後ろをついて歩くヨミ。時折背後を気にしつつ、自論を語る。


「だから中身が何なのか会食で探ってみたってところか……」


「そういう思惑もあったと思いますが、あくまで新型の話が主目的だったと思いますよ。移動要塞について本気で探るつもりなら消極的すぎます」


 そう言って苦笑いするルゥをなだめる。


「それよりルゥ。セスルトからの資金、移動要塞に流用するつもりですね?」


「うん!」


 笑顔で認めるルウ。その顔に罪の意識は微塵もない。


「実際、一から新型を造ろうとしたらしんどいけどさ、多分飛行型から一部構造とか装甲なんかは流用できると思うし、時間もお金も節約できるはずだよ!」


 既に設計済みの飛行型魔導兵器を思い浮かべながら楽観的な推測を語るルゥ。


「まぁ魔王が決まらない現状では咎める者はいないでしょうね」


 ルゥの上司と言えるのは魔王とゲオルグ局長の2人だけ。その2人が死んだ今、彼女を叱り、罰を与えることができるのは母親のみ。


 しかし人間界に彼女はいない。そして法も国外であり、権利関係が複雑すぎる人間界での出来事に対して効力を発揮しにくく、魔王の死という混乱ありほぼ機能していなかった。


「それに資金の流用なんて誰にも証明できないし、セスルトがなんか言ってきたら昔造った物を試作機として渡せばとりあえず納得してくれるんじゃないかな。シメールとかなら火力あるし!」


「ああ、魔導機獣シメールですか。でもあれは用途が違うのでは?」


 どう考えてもアレに要人警護はできないと思いながら発言するヨミ。


「大丈夫じゃないかな? セスルトならどっかの物好きに売りつければいいとか思いそうだけど? それより今後の契約の方は任せて良い?」


「問題ありません。不審に思われない程度の額を請求するだけの簡単な仕事ですから」


 実のところヨミもまたセスルトから金を騙し取ることに罪悪感を全く感じていなかった。

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