I want to live with you.

第1話 -蜜side-

 お経を読む声が聞こえる――…


 ずっとそばにいた幼なじみが亡くなった。旅行先での事故だった。彼は、私の彼氏の双子の弟で、声も仕草も、もちろん顔もよく似た仲の良い双子の兄弟だった。旅行も、家族水入らずで――最も、彼らの両親は既に事故で他界しているのだが――楽しんでいたものだった。


 ある夜、旅行中のはずの彼氏から電話がかかってきたことを覚えている。動揺していたからか、そこから現在に至るまでの記憶があまりない。隣に座っている彼氏のアキは、ぼーっと正面に供えられた遺影を見つめていた。固く、こぶしを握り締めて。

 散々涙を流したのだろう、切れ長の瞳は真っ赤に腫れ、痛々しくて直視できなかった。私には、彼の傍にいることしかできることがない。


「ごめんな…ごめん、ごめんなさい…」


 掠れた声で、アキが言う。私は、その声を聴きながら正面に供えられたハルの遺影を見つめた。そこでは、ハルが明るくて綺麗な笑顔を浮かべていた。胸が痛い。涙が浮かんでくるのがわかった。小さいころからずっと一緒にいてくれたハル。アキと付き合うことになった時も、ハルは自分のことのように喜んでくれたっけ。


 ハルとの思い出が頭を駆け巡る。誰よりも優しくて、素敵だったハル。あなたにもう会えないなんて、あなたと笑いあえないなんて、考えられない。胸にぽっかり穴があいてしまったような気分だ。私でさえこうなのだから、きっと、生まれたころからずっと隣にいたアキはもっとつらい。


 彼らの両親は、アキとハルが生まれてからすぐに事故で他界している。つまり、アキの肉親は、ハルだけだった。そのハルまで失ってしまったら、アキはどうなってしまうんだろうか。アキは、お葬式の間、ずっとうつろな目のままだった。



 * * *



 お葬式の後、アキとハルが住んでいたマンションに、ふたりで手をつないで帰った。旅行先での事故だったので、お葬式の前にハルの火葬は済ませていた。アキの手のひらには力はなく、私が一方的にアキの手を握り、その手を引いて歩いているようなものだった。


 ほとんど無言なアキは、ときおり立ち止まって涙を溢しながら「ごめん」とだけ繰り返し、事故が起きた場所にいなかった私は何があったのかを知らないので、答えることができない。そんなことを繰り返してマンションについたころには、もうずいぶんと夜がふけていた。


「アキ、ごはん、食べる?何か作ろうか」

「……」


 ソファに腰かけたアキは、俯いたまま何も言わずに首を振った。広くて頼もしかった背中は、今は弱弱しくて壊れてしまいそうだ。

 つい数日前まではふたりお揃いにしていた赤茶色の髪の毛がふたつならんでいたソファには、ひとり分の赤茶色しかない。


 食べないとは言われても、放っておいたらアキは何日も何週間もご飯を食べない。ソファから動かずに俯いているだけの生活を、きっといつまでだって続けてしまうんだろう。


 私は、冷蔵庫から食材を取り出して、勝手にご飯を作り始めた。これも、いつものことだった。いつもなら、ソファにふたつならんだ赤茶色がゲームをしたり楽しそうにじゃれあっているのを見ながら、ご飯を作っていた。それがもう見れないのかと実感して、目の前がぼやけてくるのがわかった。




「蜜、ごめん、ひとりになりたい」



 アキが小さく震えた声で呟いたのは、ご飯を作り終えてアキの隣に座った時のことだった。気持ちは痛いほどわかる。きっと、ひとりになってハルとの思い出に浸りたいんだろう。私はきっと、今、アキにとって邪魔な存在だ。


 だけど、ひとりにはしたくなかった。私はアキを失いたくないから。今アキをひとりにしたら、ハルの後を追ってしまうのではないかという不安が拭いきれなかったから。


 そんな私の考えを見越してか、アキが痛々しく笑って私の頬を撫でた。指先が冷たい。いつものアキの指先は、触れられたところが火照るほどに熱いのに。


「蜜、明日連絡するから。絶対。約束する」


 声も、笑顔も、今にも消えてしまいそうなほど、弱弱しかった。それでも言葉は強く感じたから、私は黙って頷いて立ち上がった。


「鍋に、たまごがゆがあるから、気が向いたら食べて。冷蔵庫にサラダもあるから。連絡待ってるね。また明日」


 できるだけ明るい声色で、アキに言う。上手く笑えているだろうか。アキはちいさく口角を上げて、「ありがとう」とだけ言って頷いた。


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