第37話 ファンタズマゴリア虚空塔店

 フュリアスは慎重に話し始めた。


「エステル様、その……守護者というのは……?」

 

「脅されていたのです、洗脳術もかけられましたが、聖女パワーで軽減してます」


 エステルはこともなげに言う。


「聖女パワー……」


 ランプラは、回復術師として素直に驚いている。


「表向きは従順になる事で、洗脳術の強制力から逃れていましたが、明確に反旗を翻した以上、のんびりしていられません、裏道を使います」


「そんなものが?」


「眷属や魔物達が使う乗り物です……ここらへんでしょうかね」


 大樹のウロに札をかざすと、樹皮が二つに割れて開く。


 裏道と称された横道は、ジメジメとした空気が流れていた。


「直ぐに来るので下がって下さい」


「……何でありまっ!ひゃっ!」


 アローニアが覗き込もうとした瞬間、洞窟の奥から明かりが見え、汽笛のような音と共に、真四角の列車が停車した。


「な、なんでありますか、これは!」


「魔人が作らせた列車です。一部の配下が持つ、この札を使うと、虚空塔のほとんどへ行けます」


「これでは攻略隊などいりませんな」


 レパルスは苦笑いする。


「こう見えて私、上から数えて二つ目の階層守護者ですから、他じゃあこうは行きませんから!」


 ふんすと、鼻を鳴らすエステル。


「そ、そうでありますか」


 すっかり本来の調子に戻ったエステルに、面を食らう一堂であった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「……え?私のではここまで?何で?私、偉いんですよ?」


《守護者エステル、その札はここまでだ、先へ行きたければ、更新をするように》


 蜥蜴のような魔物に、途中で列車から降ろされ、抗議するエステル。


「何を言ってるかわかりませんが、魔物の車掌なのに妙にしっかりしてますね……」


「そりゃ、魔人の根城でありますし、もうそういうものでありますよ……たぶん」


 その背後でアローニアとランプラは物珍しそうに眺めていた。


「だが……どうする?」


「表示によれば、二つほど階層を飛ばせたようですな」


「行くしかないか」


 振り返ったフュリアス達の前に広がるのは、果てしなく続く巨大な倉庫のような場所だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆



「私にいい考えがあります、ここで札を新調しましょう、幸い、この階層で手に入らない品はありません」


「ここで……?」


「この階層に並んでいるものは、全て商品です。対価として魔力さえ支払えば持っていけますが……危険なのでやめましょう」


「なぜですか?」


「必要な魔力が人間には高すぎるので、おそらく負債を抱えることになるでしょう」


 とかいう話をしていると、離れた場所でアローニアの騒ぐ声が響く。


「な!何でありますか!こんなもので魔力がこんなに吸われるなんて!あり得ないであります!え、あれ?うそ……動けな……」


 力なく崩れ落ちるアローニア。


《眷属、魔力が不足しております、お支払い方法を……》


 妖精のような魔物が、彼女周りを旋回しつつ警告していた。


「何してるんだアローニア……」


 呆れるフュリアス。


「問題ありません、《私が代わりに支払う》」


《守護者エステル、これ以上の支払いは……》


「《まだ上限ではないな?》」


《ですが……》


「《魔人様の為だ》」


《……了解しました、エステル様の負債はこれで限度額となりましたので、ご了承ください》


「《わかった》」


 エステルの負担によって、アローニアの魔力は返還された。


「う、動けるようになったであります」


「急性魔力欠乏症ですね……しかし瞬時に治るとは一体なぜ……」


 アローニアの容体を見ていたランプラ。


「……聖女パワーです」


 エステルは嘘をついた。


「聖女パワー……!」


 ランプラとアローニアは、もはやエステルのことを疑わなかった。


「ところでアローニアは何を取ろうとしたんだ?」


「それはその、この手甲です……」


 取り立てて変わった様子のない、無骨な手甲だった。


「ここにある以上は、何かしらの使い道があるはずですよ、えっと……」


 エステルは、棚の上で寝ていた妖精に話しかける。


「《これには、何の使い道がある?呪いは?》」


《むむ……それは、眷属達が拾ってきたもの、随分と保有魔力が多い、しかし引き出すことが出来ないので、ここで魔力と交換された、呪いは無い》


「《ガラクタか》」


《一応頑丈では》


 ガラクタだな、とエステルは思った。


「……安全だと思うので、使えそうなら人は持っていてもいいかもしれません」


「鑑定も無しに……まさかこれも……」


「聖女パゥワーです」


「聖女パゥワー……!!!」


「では行きましょう、しばらく階段を上ったり下りたりするでしょうが、これ以上商品には触れないように」


「はい!」



◆◆◆◆◆◆◆◆



《誰かと思えば破産眷属ではないか、魔人様のお気に入りとは言え、勝手が過ぎるのではないか?人族?》


 応接間で踏ん反り返っていたのは、蜥蜴の顔をした太った魔物だった。


「《なんとでも言うがいい、虚空塔に還元すべき魔力を隠しているお前に言われたくはないな》」


 エステルは、魔術語にポカンとしているフュリアス一行の前で、厳しい言葉を投げかける。


《何のことやら、正しく虚空塔内の魔物や眷属達の魔力の均衡・再分配はなされているだろう》


 すっとぼけた様子の魔物。


「《抜け抜けと、お前とその配下を除いて、と但し書きがつくだろうが》」


《して、人族、何の用だ?このバックリー率いるファンタズマゴリアに》


「《名前ばかりは……いや、そんな話をしている暇はない。単刀直入に言う。バックリー。お前の持っている札をよこせ、予備ぐらい持っているだろう?》」


《グハハッ!更新を怠ったか小娘!それとも、更新費用すら払えんのか破産眷属では!》


「《出せるか、出せないか。私が聞きたいのはそれだけだ》」


《良いだろう、何を言っても魔人様の為と言われては我々には従う他ないからな……だが……》


「《なんだ?こちらに払えるものはないぞ》」


《お前の連れている人族を何匹かこちらへよこせ、なに殺しは止められているからな》


「《殺しはしない--》」


《ああ、もちろん。殺しはしない。--加工するだけだ》


 大量の黒服をきた蜥蜴達が裏から出てきた、その手には鈍く光る黒い杖。


「《貴様、幽閉していた者達を!?》」


《そうしたいのは山々だが、魔人様がお望みではないのでな、だが、すぐに戻せれば文句はあるまい!》


「《屁理屈をっ!》」


「《それが大人の仕事というものだ、小娘。虚空塔の均衡を預かっているのは、我々ファンタズマゴリアだという事を忘れてもらって困る》」


 魔術の光が部屋に満ちる。

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