第36話 鏡面海の守護者・裏
デュラハンさんが眠ってから、かなりの時間が経った。
いくつ階層を登っても、意識が戻る様子はなかった。
一人で行動するのには、慣れていた筈なのに。
いや、慣れていたからかもしれない。
◆◆◆◆◆◆◆◆
海のような迷宮の果て、転移した先の湖面は、ただ静かに鏡像を映していた。
「ミケ、ここでお別れだ」
デュラハンさんは、右手に魔力視をしなくても見えるほどの魔力を集め、僕に向けていた。
「何を……」
なぜ敵対しているのかも、状況もわからない。
一つ言えることは、魔術なんて使ったら、今度こそ、どうなってしまうかわからない。
「お前ェを、先に行かせるわけにはいかねェンだ、悪く思うなよォ?」
ニコラスと名乗る青年は、不敵に笑う。
守護者と名乗ったそれは、デュラハンさんの肩に手をかける。
洗脳術の類だろう、塔にいた他の生徒のように。
「デュラハンさんに魔術は使わせません」
例え、自分がどうなったとしても。
--魔導具を砕く。
刹那、暗く視界が歪む。
遍く映し出す湖面から、僕一人が、消失して跳ねる。
「--ッ!」
影を絶つ一撃を。
-魔術は使えない、使えば光が見える。
-湖面は走れない、走れば波が生まれる。
-息は出来ない、すれば音が聞こえる。
-二打はいらない、逃せば機を逸する。
--この一撃で全てを!
「……なっ、消えやが--」
鈍の刃は標的を薙いだ。
--筈だった。
揺らめく幻影の間をすり抜けていく短刀。
「残念だったな」
ニヤニヤと嫌味な笑みのニコラス、その余裕は。
「俺の領域の中で不意打ちなんて--ぐっ……は?……何を……」
次の言葉を吐き終わる前に消え失せた。
「な、何事!?」
崩れ落ちる青年の腹から飛び出ている短刀、それは自分の物によく似て。
「……ニコラス、お前は邪魔だミケ」
その背後には、映らない筈の鏡像。
「何言ってやが」
「うるさいミケ『同化』」
刀に吸い込まれるように、ニコラスは消える。
「ミケ……いや、フェイクよ、ミケはお前を殺すミケだミケ」
似ても似つかない表情の自分が、同じ短刀を向けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆
それは鏡像とは思えない凄まじい魔力を帯びていた。
「ミケデュラハンさんは寝てもらうミケ--《虚空剣》」
「そんな剣がワタシに効くとでも--」
デュラハンさんの関節に的確にいくつもの剣を差し込み、兜を蹴飛ばす。
「黙って、ミケろ、ミケモノ」
「ぐっ!私のパーツがぁぁ!!」
「《開け、虚空の門》」
現れる巨大な石扉、伸びる黒い腕。
それがデュラハンさんを分解し、引き摺り込んでいった。
「デュラハンさんに何をシタァァァ!!」
許せない。
「落ちミケよ、あれはミケモノ。本当のデュラハンさんは無事ミケ」
「戯言ヲォォォォ!!」
信じられるか、そんな言葉。
「やれやれ、フェイクは所詮フェイク。真贋の区別もつかないミケな?」
やる事は同じだ、瞬時に切りとばす!
「ァァァァァァ!」
「騒ぐなマミケ」
渾身の一撃が空を切る。
「お、お前は何だっ!」
どこに消えた……!?
「--お前の逃避」
正面からの衝撃。
「ぐぅぅ!!」
続く鈍痛。
「--お前の中の憎悪」
「ぅぅぅっ!!」
止まらない殴打。
「お前の諦めた全てだ」
連撃の果て、振り落とされる短刀を辛うじて捉え、弾く。
カキンと金属音が鳴り、再びその姿が現れる。
「さあ、その"席"を明渡すミケ」
目から紫の魔力光を放つ、自分の鏡像。
それは凄惨な笑みに牙を尖らせる。
「偽物はお前だ、デュラハンさんを返せっ!」
短剣を投げつけつつ、斬りかかる。
「……ミケは一つだけ"本物"を手に入れたミケ、所詮猫を被ってるミケモノにはっ!」
短剣がはたき落とされ、切り返される。
「ミケミケ煩いんだよっ!」
「アイデンティティに口出するんじゃあない!!」
紫の魔力光が、輝きをさらに大きくする。
「……っ!」
警戒に間を開けて、下がる。
「魔力視使ってるミケな?それじゃ、認識阻害もできないミケよぉぉぉ!!」
しかし魔術を使う事なく突撃を仕掛ける鏡像。
「お前だってぇぇ!」
再び鍔迫り合い。
「教えてやるミケ!仕来りだ何だと浮かれていたマミケ!よくミケ見ろその武器を!お前が食った!者達の血をぉぉぉ!」
「何を!」
「その、サビは何の血ミケェェェ!」
重心をズラされ、弾かれる。
「そんなもの魔物に決まって……!!」
大樹の階層で魔物を狩って登って来たのだから。
「魔物なんて毒で食えるわけが無いミケ!お前が食ってたのは--」
短刀を向けつつ、そんな事を言ってくる。
「それ以上口を開くなァァァ!」
魔力を集中し、さらに気配を薄く、存在を希薄に、魔力視をやめ、相手の視界から完全に消え--。
「--《罪を背負え》」
短刀が虎のような腕に止められる--否、虎が鏡像の背から抜け出し、攻撃を防いでいた。
「食らった"眷属達"の憎悪、飲めないならば、ここで飲まれてミケよ、ミケは"眷属"として役割を果たす!」
出でる夥しい魔物の爪は襲い来る。
いつか自分が屠った者達の爪だ。
「やはり魔人の手先!」
隠し持った2本目の短刀を抜き、数多の凶器を弾き、懐へ潜り込む。
「こんなまやかしで!」
「まやかしなものかよッ!」
鏡像もまた、隠し持った短刀を抜く。
他の武器を出すのには間に合わな--いや、魔術なら--。
「《か-」
「遅い!」
--間に合え!
「《風よ!》」
吹き荒ぶ風が短刀を絡めとる。
「詠唱破棄!?」
「吹き飛べぇぇぇ!」
魔力を集中させた掌底、打撃に遅延して発する魔力の衝撃。
「ぐぅぉぉっ!--だ、がぁぁ!」
全力の一撃を受けて、崩れ落ちて尚。
「この程度の痛みで止まるミケではない!」
紫の光は、輝きを増し続ける。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「はぁ……はぁ……」
「くっ……ぅぅ……」
斬り合いは、お互いが疲れ果て、動く事すらままならなくなっても続いた。
もはや武器は砕け、魔力は尽き、焦点も定まらない。
お互いに仰向けに倒れ、水が跳ねる。
「なぜ……虎の腕や、魔物の力を使うのをやめた……」
「同じ能力で……勝たなければ………意味ないミケ。あれは……魔物や魔族は魔力が本体だと教える為」
「本当に……なんなんだ……お前は」
「この領域が作ったお前の鏡像、未だ、お前の中で生きる魔物……そして眷属ミケ」
「眷属って……」
「お前が美味そうに食ってた不味くない獣だミケ……元は……」
「……人?」
「8割外れミケ。"我々は人族を一人として殺めてはいない"ミケ。外は魔力を吸うミケ、中の連中は洗脳ミケ。あと……"新しい眷属"はたった一人の"人間"から生まれたミケ」
「それが魔人?」
「正解でハズレミケ」
「なんだそれは」
「魔人であって魔人ではない……ミケ、まあ次に行けば勝手にわかるミケ。さっさとミケよ、本物野郎。《開け、虚空の門》」
見上げた中空に石扉が浮かぶ。
「な、ま、まだ、決着は……」
黒い腕達に引かれ、体が浮かんでいく。
「これは八つ当たりミケ、魔物達もこれで落ち着くミケ……多分。後は……『同化』」
サラサラと光る砂のように散っていく鏡像。
「一つだけで我慢してやるミケ」
最後の、ほんの一瞬だけ、湖面には、満足そうに笑う自分の顔が映っていた。
似ても似つかない表情だった。
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