第28話 アドルノ寮のオトシマエ

 ネーデルは息巻いていた。


「今回の黒幕はフーカ君だ、僕の考えた通り、先生達が回復し次第、この事を伝えて討伐する」


「そんな!この塔を出したのだってわざとじゃないんですよ?」


 反論するモモの言葉、しかし、ネーデルにはまるで響かない。


「偶々古代語を知っていたとでも?冗談じゃない、魔族を引き連れて僕を脅迫したんだぞ……?」


「え、そんな事を……!?」


「僕の城壁を一撃で破壊できるような魔術が使えるのに部屋の直し方が分からない?そんなわけはない。」


「確かに……」


 モモの頭に浮かぶのは地底湖で黒竜を操る姿や、塩湖での彼女の姿。


「確かに性格は良くないかもしれないわね!」


 関係のない事を言いながら、納得したような顔のレモナ。


「レモナ様、人の事言えます?」


「モモには負けるわ!」


 笑顔で悪態を吐く二人。


「……最初の事件で、君らは何も証言しなかったな?本当は何か知ってるんじゃないのか?」


「地下に行ったわ」


 隠していた筈のことをあっさりと告げる。


「れ、レモナ様っ!」


「地下……いや、今はいい。あの騒ぎで姿を見せなかったのは彼女だけだ」


「フーカさんは、私達の為に--」


「ならば、なぜわざわざ魔人などと名乗った?それも、"実在した"魔人の名前など」


「えっ?」


「資料によると、魔人クドゥリューは歴史上に何度も出現している、君達と行動を共にしたのも何か理由があるはずだ」


「ないわ」


「レモナ様、なぜ言い切れるのでしょうか」


 当然ネーデルは尋ねる。


「私が地下へ誘ったんだし、それにモモはあなたがけしかけたんじゃない」


「……ですが、実在の」


「知ってたのよ。貴方が調べられるんだから無理という事はないわ」


「……では今回の事件は全て偶然が引き起こした事故だとでも」


「そう!」


「あまりに出来すぎている、とは思いませんか?」


「世の中にはそういう事もあるわ!」


「なぜ彼女をそこまで信じられるのですか?」


 モモの疑問は当然だった、行動を共にしたとは言え、レモナが彼女に接している時間はそれ程なかったからだ。


「別にフーカの事を信じてるわけじゃないわ」


「え、じゃあ何で……」


「私の勘がそう言ってるから!」


「は、はぁ……」


「では、レモナ様はどうするおつもりで?」


「決まってるじゃない、アドルノ寮の不始末はアドルノ寮がつけるわ」




◆◆◆◆◆◆◆◆




「情け無い事だが、我々魔導学園が動員できる者はもう殆どいない」


 包帯に、簀巻き状態のメルセン。


「ガリカ様、王国からは救援はないのですか?」


 医術師の質問にかぶりを振るガリカ。


「やつらは今、会議と外の対応で精一杯なのじゃ。流通は止まっておるし、中にいた国民の殆どは動く事すら。恐らく父上も倒れた事じゃろう」


「何か対抗策は無いのでしょうか?あの塔から防御するような術は……」


 ガリカの表情から、医術師は希望が薄いことを悟っていた。


「恐ろしい事にの、魔力の吸引は王宮の結界の中ですら防げん、攻勢魔術は殆ど機能しなくなるはずなのじゃが……む?」


 蹴破れた扉、吹き抜ける風、それは膠着した会議の空気を砕く。


「ま、待ってくださいっ、レモナ様っ」


 慌てて引き止める少女の声。


「話は聞かせてもらったわ!この国は滅亡するわ!」


 扉を開け放ったのはレモナ、遅れて続くモモ、ネーデルの3人。


「君!急に何を!」


 諌める技術者。


「--私達に任せなかったらね!」


 そう付け足して、腕を組み、仁王立ちする。


「……レモナ?無事じゃったのか?」


「細かい話は後でいいわ!今すぐ動ける者を出しなさい!」


 驚くガリカの言葉を他所に、ズカズカと机に乗り出すレモナ。


「……君ら以外にはもういない、ネーデル君が連れ帰った生徒や、クリン先生は暫く動けそうにないからな」


 メルセンは冷静に伝える。


「言ったじゃないですか、他に動ける人もいないって!無理ですって!」


 モモの抗議も柳に風。


「大丈夫!ネーデルに秘策があるわ!」


「えっ」


「何も無ければ討伐なんて言いださないわ、そういう奴でしょ?」


「……本当かネーデル君」


 今まで沈黙していたネーデルが懐から何枚もの紙を取り出し、口を開く。


「ここにあるのは、虚空塔の内部の地図だ。エステル様が外に向けて書いていた物と合わせれば100ある内、ある程度の階層が把握できる」


「……でもこれは100にはとても足りないんじゃないのか?」


「残りは僕の頭の中に、そして魔人クドゥリューの対策もあります」


「……君達だけで出来るのか?」


「協力は必要ですが可能です」


「どうするつもりだ?」


「虚空塔ごと再封印します」



◆◆◆◆◆◆◆◆



 虚空塔へ侵入した三名。

ネーデルが脱出する際に崩落した地点へ飛び、直接降り立つ。


「ここを作り変えた時に、僕だけが入ることの出来る道を作った。これで余計な戦闘は回避できる」


「じゃあ、早くフーカのところへすぐに行けるのね!」


「ああ、ここにあるレバーを引けば……」


「ダメですネーデルさん!レモナ様に触らせたら--!」


バキンと鳴ってレバーは壊れた。


「なにこれ!何もしてないのに壊れたわ!」


「大丈夫だ。それはダミーの仕掛けで本物はこちらにある、僕はあらゆる場合を想定して、対策を練り確実にこの難局を解決すべく--


「あの、ネーデル寮長?」


「なんだ?」


「レモナ様、"壊れたものは仕方ないから、走って行く"って階段登って行きましたよ?」


「--は?」


「話を聞く人じゃないですよ」


「……先ずは彼女を捕まえなくてはな」


「ルル、頼める?」


「わふ」


 巨大化したルルに乗り込むモモ。


「寮長もどうぞ」


 手を引かれて乗るネーデル。


「ああ……ところでモモ君、この魔獣は一体なんなんだ?」


 彼等を乗せると、レモナの匂いを追って猛然と走り出すルル。


「拾いました」


「いや……なぜ大きくなるんだ?」


「最近、急に伸びたり縮んだりするようなりました」


「……そ、そうか」


「寮長…….?この迷宮の壁って柔らかいんですか?」


「そんな筈はないが……これは……」


 壁には凄まじい勢いで何かを叩きつけたようなひび割れ跡が延々と続き、魔物は跳ね飛ばされたように四散していた。


「もしかしなくても、レモナ様ですよねこれ」


「……こんな事をできる奴が他にもいるとは思いたくないな」



◆◆◆◆◆◆◆◆



 迷宮の壁を蹴り、跳ね返るように高速で進んでいくその姿は、さながら一筋の光線。


「貧弱貧弱ッ!こんな柔な迷宮じゃ、私を相手にするには足りないわ!」


《よぉし、やれー、倒せー》


 異形の鎧を半身に纏ったレモナは迫り来る魔物や罠を次々に砕いていく。


「《風霊よ!その暴威を解き放て!》」


 更に風によって加速した彼女を捉えられる存在は最早おらず、その進行を止めるものは何もない。


《で、倒すのは良いんだけど、どこに向かってるの?》


「私の通った後に道ができるのよ!」


《そりゃ、すごい!こんなに"何度も"整地するなんで、よほど通りやすい道ができるだろうね!》


「ところでここってどこかしら!」


《君の道の上じゃないかな?》


「そうね!」


《いやそうじゃなくて……》


「私は私のルールでいくわ!」


 そうして天井に向けて拳を構えたレモナ。


《何する気だい?あまり硬いモノを蹴ったりしないでくれよ?僕だって痛いんだからね》


「《風よ!》」


 風に乗って勢いよく飛び上がったレモナ。


「《空の矛よ!》」


 異形の鎧を纏っていない片足に《風の鎧》の力を集め、天井を蹴り穿つ。


「てやぁぁぁ!」


 穿った穴から真っ直ぐ飛び、更に砕き続ける。


《迷宮って順路に従って楽しむものじゃあないの?》


「これが私の道よ!」


そうしてレモナは塔の闇の中へ消えた。

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