第29話 少年達の本領

 フュリアス一行が歩むは、鬱蒼とした階層。


 大樹が立体的に絡み合って生い茂り、奇妙な鳴き声がどこからか、けたたましく響く。


 その巨大な幹や枝で構成された木々の回廊は延々と続き、まるで果てを感じさせない。


「……二番煎じでありますか?これも幻影術でありますか?」


 アローニアは硬い樹皮を叩いた。

苔むしたその表面は本物の木々の感触と遜色ない。


「この規模の幻影術の使い手が何人もいては溜まったものではありませんな」


「……言い切れないのが恐ろしいです」


 冗談のようなレパルスの言葉を、否定できないランプラ。


「そうかどうかはともかく、常識は捨てた方がいいな」


 迷宮の中に森などあるわけがないとして、荊の迷宮を幻影だと見破ったフュリアスではあった。


 しかし、彼は先の温泉やら、この階層やらを見て、もはや自分の今までの経験は通じないのだと"悟らせれていた"。


「それはそうと、フュリアス様」


 訝しむようなアローニアの視線はフュリアスに向かう。


「なんだ?」


「いつまでエステル様の手を握っているのでありますか?」


「む?……あぁ」


 指摘されて漸く意識したフュリアス。


「これは失礼しました、エステル様」


「……」


 フュリアスはそっと手を離すが、エステルはその離れた手でフュリアスの袖を摘む。

顔は伏せたまま、無言である。


「あらあら……これは」


「……であります」


 見合わせた二人の少女はフュリアスの隣にサッと移動し、同じように袖を掴んだ。


「な、なんだお前達、歩きにくいではないか」


「羨ましいことですなぁ、フュリアス様」


 茶化すレパルス。


「只でさえ足場が悪いんだ、そんな事言っている場合ではないぞ」


「私達にも譲れない一線というのがありまして」


「諦めるであります」


「まったく……ん?」


 エステルに強く腕を引かれ、その場に引き止められるフュリアス。


「……だ、ダメ」


 それをしたのは、ようやく口を開いたエステルだった。


「なんでありますか、聖女候補といえど一人--」


「これ以上進んだら--」


 音はなかった。

音もなく、フュリアスの胸部は切り裂かれた。



◆◆◆◆◆◆◆◆




「なッ--!?」


《◼︎◾︎◼︎◾︎--!!》


 瞬間的に襲いかかった何か。

彼らの目に見えたのは一瞬の残像。


「フュ--」


 突然流血したフュリアスに驚くアローニア。


「攻撃だッ--」


「《名もなき精霊よ!この者の傷を癒したまえ!》」


 即座に回復魔術で対応するランプラ。


「--まったく見えないであります!」


 目に黄緑色の魔力光を灯したアローニアが魔力光で敵影を捉えようとするが、一切の残照すらない。


「散るのは危険ですな!ここはまとまって……ぐッ--!?」


 レパルスは駆け寄ろうとするが、踏み出した足は切り裂かれ動くことを許されない。


「あ、あぁぁ」


 ガタガタと震えるエステルは、乳白色の魔力光を目に灯していた。


「大丈夫です!エステル様に傷は追わせません!」


 表面上傷が塞がっただけのフュリアスは、それでも気丈に言う。


 しかし、エステルにその言葉は届いていなかった。


 彼女にだけはその魔力光が見えてしまっていたのだ。


「何か見えるのでありますか!?」


 震えながらコクリと頷くエステルの目に映っていたのは、黒々とした蠢く魔力光だった。


「ま、魔人……やっぱり私を……」


「やはりこの間の魔人が犯人かッ!」


「フュリアス様!」


「レパルス!アローニア!逆だ!周辺に魔力光を放って光が全くない箇所に奴はいるッ!!」


「了解!」


 硬直しているエステルを除く全員が魔力光を向けて放ち、魔力視をする。


 すると辺りに反響している筈の魔力光をの波の中に、不自然な空白が現れた。


「《名もなき精霊よ!我らを癒し給え!》」


 ランプラは全員を行動可能にすべく回復をした。


「おぉぉぉぉぉ!!」


 踏み込んだレパルスの斬撃が影を捉える。


《◼︎◾︎◼︎……》


 姿を現し、倒れ臥したのは、タール状の物を纏った四つ足の獣のような何か。


 これまで階層に蔓延っていた肉の塊の魔物とは毛色の違う風貌に、フュリアスは警戒心を強める。


「これが魔人……?いや、あの時は魔獣を介していたが……」


「フュリアス様」


 隣に立つランプラは冷静に告げる。


「なんだ?」


「外側へ向かった魔力光が、ほとんど返ってきていません」


「……木の所為でありますか?」


 とぼけたようなアローニアの冗談。


「でもないようですな」


 レパルスは呆れ気味に言った。


「どうやら既に術中に嵌っていたらしい」


 魔力光の色の波は、その殆どがフュリアス達の周囲で不自然に消失していた。


「何匹見えますか?」


 唯一見えているらしいエステルへ尋ねるフュリアス。


「み、見える限りで20は……」


「なるほど、その程度なら我々の敵ではありません」


 エステルの反応に対して、フュリアスの方はあっさりしたものだった。


「……へ?」


「我々は素人ではないのであります!」


「《地精よ、土の壁をここに!》」


 フュリアスが作り出した土壁が足元から迫り出す勢いに乗り、アローニアは高い枝へ飛び移った。


「《木精よ!小枝の矢を放て!》」


 アローニアが放ったいくつもの小さな矢は木々に突き刺さる。


「《--芽ぶけ!》」


 突き刺さった小枝から芽が出、黄緑色の魔力光を放った。


「これで見えるであります!」


 魔力光の空白地点が露わになり、蠢いている魔物達の影を形作る。


「《水精よ!我が剣に水流の力を!》」


 剣に碧の光を宿し、水流の力で跳ねるレパルスは影の魔物が反応する隙を与えず一刀のものに切り捨てる。


「次!」


 迫り来る空白に剣を向け、レパルスは駆け出す。


「《土精よ、ここに岩塊を!》《我が魔力を贄に、呼び声に答えよ、青妖!》」


 フュリアスは足元に岩で足場を作り出し、自分を含む三人を高台に上げ、さらに青林檎を抱えた眠たげな目の小さな妖精を召喚した。


《ん……?なんでわたし?帰っていい?》


 ウェーブした長い青色の髪を指で弄び、やる気のない彼女。


「適当でいいぞ、シアン」


《そ、》


 それだけ言うと、ゆらゆらと敵へ近づいていく。


「◼︎◾︎◾︎◼︎◼︎--!!」


 輪郭だけの何匹もの獣が、ひ弱そうな妖精へ爪を降り下ろさんと、殺到する。


 だが、シアンと呼ばれた妖精は避けようともしない。


 「あぁっ!」


 やられる、そう思ったエステルは思わず声を出してしまった。


 しかし、魔物は妖精を仕留める前に力尽き、全て倒れ伏した。


「なんで……?」


「ランプラ、頼む」


「《名もなき精霊よ、我らを清浄な気で包め》」


「……妖青酸だ。彼女がいるだけで、辺りに猛毒を撒き散らす」


「……ようせいさん?」


「妖の青酸で、妖青酸だ」


「青酸ってなんですか?」


「猛毒だ」


「な、なるほど(ようせいさんの、"せいさん"の部分って毒だったんだ……)」


 青酸を知らないエステルは全く理解していなかった。


《さてと、--解けなさい》


 シアンが前に差し出した林檎が少しずつ崩れ、青く光る粉塵となって散り、すぐに影の魔物達の元へ到達する。


《そして、--結び付け》


《◼︎◼︎◾︎◾︎◼︎!!》


 シアンが放った粉塵が纏わりつき、魔物達は苦悶の叫びを上げ、動きを止めた。


「……十分だ!戻れ!」


《え?早くない?萎えるなぁ、まだ殺し足りないから嫌なん--》


「《送還せよ!》」


《ありゃ〜》


 宙に浮かんだ送還術の魔法陣に飲み込まれ消えた。


「ぜぇ……敵の動きは止めた!速やかに排除せよ!」


「「御意!」」


 咳き込むフュリアスの号令で、アローニアとレパルスは全力の魔力を込める。


「《木霊よ--》」


「《水霊よ--》」


「《--我が矢に宿て、鋭く穿て!》」


「《--我が剣に宿て、疾く断て!》」


 アローニアが降らせる矢の雨が魔物達を真上から貫き、水流で加速したレパルスが次々にとどめを刺していく。


 「《青妖よ、我は屍を捧げる--》」


 倒れた魔物達の亡骸はフュリアスの魔術で消えていった。


「--これで敵は」


「……スバラシイ!ヨクデキタセイトタチダ!」


 突然の拍手。


「!」


 その音に振り返ったフュリアスの視界に、映るのは。


「フュリ……アス……様……逃げて」


 見えない何かに押しつぶされるように、地面に倒れたアローニアとレパルス、その直ぐそばに立つ、魔術教師のホルムズの姿だった。

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