第27話 無理ゲーみたいな塔に住んでる転生者はどうすればいいですか?


 満月は部屋を仄かに照らす。

起きているのは私と護衛(実質監視している)のネバネバ達だけだ。


 生前に見た月と変わりなく見える。二つあったり緑だったりしない。


 ただの月だって風情があって嫌いじゃない。


「故郷と変わらないのは月だけ、か」


 文字も同じだったら良かったのに。なんか私の知ってる字は古代文字扱いだし。


「まあ、そのうち一体何が起きたのか分かるようになる……といいなぁ」


 知らず、頰に生暖かい何かが伝う。


「……あれ?」


 私は……帰りたいのだろうか?

 でも何処へ?

 マヌ爺のところ?

 それとも生前の居た場所?

 思い出す事すら出来ないのに?


 私は九頭龍風香、元の名前は分かる。

ただ、それ以外はよく分からない。

あるのは余計な知識ばかりだ。


「……どうかしましたか?」


 真後ろからの声。


「わっ、てアカーシャか。脅かさないでよ…」


「申し訳ない….…です……ふわぁ」


 欠伸をする寝惚け眼のアカーシャ。

今の姿に変わってから、人並みの睡眠が必要になったらしい。


 割と隙だらけに見えるけど、不眠不休のネバネバ達のお陰で、こっそりと誰かに事情を話す事も出来ない。


「月を見てたんだ、ほら月にはうさぎが……あ、国によっては違うのか、ねえアカーシャ、月の影とか窪みが何かに見えない?」


「……すみません、今の目はあまり良く見えないもので……クドゥリューさまは何かに見えるのですか?」


「ほら、あの暗い部分が--」


「ほぉ……そのような……」


 指差しで、それぞれの国で月に何がいるように見えたか教える。


 年下の子供に教えているような気分だ。

魔族とはいえ、いまやアカーシャは幼げな少女そのものだし。


「やはり、クドゥリューさまは、優れた知識をお持ちの方です、流石お一人で復活できただけの事はあります」


 純真な目で見られるとなんだか申し訳なくなってくる。


「そういえば聞いてなかったけど、アカーシャはなんでここにいたの?」


「それは--」




◆◇◆◇◇◆◇◆




「ど、どうかしました……?」


 その声に意識を引き戻された。


《いや、ないでもない、ちょっと考え事してた》


「……それであの、どこへ向かってるんですか?」


《確か休憩用の中立地帯があるはずなんだよな……》


「あ、いくつかありましたけど、直ぐ下にもありました……ところで……なんで僕を鎧の中に?」


《鎧は人が着るものでしょう?》


「ぜ、全然前が見えないですよ……?」


《大丈夫!私が見ておくから!》


 実際はショートカットしてるのを見られない為だけど。


 取り敢えず、穴を開け--しまった。

今はイヴがいないから飛べないんだった。


 でも、もう遅い。


《あ》


 私達は既に真っ直ぐに落ち始めていた。


「なんですか……!?もしかして落ちてますか!?」


《多分大丈夫!し、舌だけは噛まないように!》


 前にも同じような感覚を感じた気がするがどういう時だったのかよくわからない。

舌を噛んだのは誰だったか。


「は、はい!」


 自由落下の終わりは唐突だった。

水は跳ね上がり、一瞬干上がったように晒された湖底。


「おぐぇ」


《ま、まさか》


「らいじょうぶれす……おろろろろ」


《デュ、デュラハンさぁぁぁん!!》



◆◇◆◇◇◆◇◆



 湯気がもくもくと煙る。

こんな階層作る指示出したかな?

しかしなんで温泉?


 辺りには寝ぼけたような魔物達の姿。

この分だと温泉にも浸かってるんだろう。


「ご、ごめんなさい」


《しょうがない、私の失敗だから……うわ、ヌルヌルしてる……》


「あ、あの……」


《くっ、自分じゃ体の中に手届かねぇや……》


「僕が洗いましょうか……?」


《あ……ありがとう、そうだ汚れてるからデュラハンさんも体洗ったら?》


「え……?」


 改めて見るとだいぶ汚れてるし。

なんか獣じみてるし、くさそう。


「あ、その……」


何かモジモジとしている。


《何してるの?準備したら?》


「えっと……僕はどうしたら……」


《どうもなにも、全部脱ぐんだよ?ここ温泉だから》


「あの……その……僕は……」


《じゃあ先行ってるからー》


 このくらいの年頃って恥ずかしがる頃だっけ?


 年頃……?

そういや私の生前って幾つまで生きてたんだ…….?

……まいっか。


 今の私はどう見ても性別以前の問題だろうし、まあ、男の子ならそこまで気を使わなくてもいいでしょう。


……


 そして一人、湖の淵でお湯と格闘する事暫く、やはりどうやっても中に手は届かない。


 流石に汚物を温泉の中へ入れる訳にはいかないし。


「あ、あの……すみません……?脱ぎましたよ?」


やっと来たようだ、何がそんなに掛かったのだろう。


《助かったー、じゃ、よろしく--》


 振り向く前に、視界が変わる。

兜を持ち上げられてるらしい。


《わ、ちょ、ちょっと、流石に頭が離れてるのは》


「な、中を洗うので外さないと……」


 湖の淵に兜が置かれたらしく、妙に地面が近く感じる、というか真っ暗。


《あ、あの、デュラハンさん?目の部分が下向いちゃってるから水平に置いてほしいな?》


「あ、ごめんなさい……」


 一応視界が開けた。

でも外側に向けられている、別の意味でなにも見えない。


 これはもしや円盤でも見えないやつですか?


「あ、これ外しますね」


 顔の横に腕とか足とかがバラバラに置かれていくのは軽くホラー。


……これ自分で戻せないじゃん、このまま置いていかれたらジ・エンドやぞ。


《どう?汚れは取れそう?》


「はい、これなら匂いも残らないかな……?」


《ありがとー、テキトーでいいよー》


「もう大丈夫だと思います」


《よし、じゃあ戻してー》


「あの……はい」


 バラバラにされた私の体が徐々に組み立てられていく、最後に残った兜も無事に頭の位置に乗せられ、私は完全体になった。


《あぁ〜生き返るわぁ〜!》


「っ……!」


 視界には彼はいない。


《あれ?どしたの?》


「何でもありませんっ」


 後ろを振り向いても、その声は背後から聞こえていた。


《よし、次はデュラハンさんを洗ってやろう》


「だ、大丈夫ですっ!」


 私の視界からバシャバシャとうまく逃げ続けるデュラハンさん、そういうお年頃か、仕方ない。


《これは温泉の伝統だ。ここは迷宮だし、それを守らない者には死の制裁が待っている……》


「そ、そんなっ!」


《でぇじょぶだ!おら痛くしねぇからよぉ--》


「ひゃぁぁ」


 後ろ手に掴んで持ち上げ、兜だけ180度回転させると、ようやくその姿が。


 斉天の霹靂だった。


「お、おろしてくださぃぃ」


 聞いたことがある。

男には、生えているのだと。

かのヤサイ戦士もじっちゃんも、言うのだから間違いない。


《え》


 猫のような長い尻尾を足の間から通して前を隠し、ワナワナと震えていた。



--というか彼ではなく、彼女だった。



◆◆◆◇◇◆◇◆




「……僕は自決しようと思います」


《えっ!?》


「僕の一族は、家族以外に尻尾を見られた者は、その相手と結婚するか、命を断たねばならない、のです……」


洗ったミケはよく見なくても女の子だった。


《なん……だと……!?》


この世界だと普通なの……か?


《そ、それじゃあ、デュラハンさん……は……》


「あ、あの、僕の名前はミケであってます……」


《え……だって違うって……君じゃなくて、さん付しろって事じゃなかったの……?》


「えっと、そっちは、あってます。男の子に間違えられてると思って……あなたがデュラハンなのかと聞いたんです……」


 全然分からなかった……


《いや、そんなことより自決って》


「仕来りですから、あなたに迷惑をかけられません」


《見られたらって……ん?それって、異性に?……ほ、ほら、この体は今は性別とか関係ないと思うし!》


「……関係ないです」


《えっ》


「見られたら、男でも女でも関係ないです」


 どうなってるのさ、その一族。

あっという間に滅びそうだけど。


《じゃ、じゃあ人以外に見られた場合限定?》


「関係ありません、この尻尾はそういう事です」


《そういう事って……え?》


 人以外に見られて……?


「まあ……色々あるのです……では……」


 どこからか取り出した錆び切ったナイフを首に当てるミケ。


《ちょ、ちょっと待った!》


「他に方法はありませんから……」


《け、結婚すればいいんでしょ……?》


「えっ」


 私の意識を元の体に戻せばこの鎧はただの鎧、私と気づかれはしないだろう。


《す、するから死なないで……》


……でもどうなんだろうか、生涯の伴侶が物言わぬ鎧とか……?死ぬよりマシ……?


「……よ、よろしくお願いします」


 茹で上がったような顔になったミケは、顔を伏せながらそう言った。

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