第22話 休憩地点
「な、なんだあれは」
入り組んだ迷宮を順調に突破していたフュリアス達が発見したのは、湯気の沸き立つ巨大な湖と妙な小屋であった。
「はいはい!フュリアス様!私、知ってるであります!」
先に様子を確認していた斥候の少女がそう言う。
「知っているのかアローニア!」
「はい!遥か北の方ではかつて、地から湧き出る暖かな泉に人々は浸かり、疲れを癒したとか!その名を温泉であります!」
「温泉……?飲む物じゃないの?」
回復術師の少女の知っている知識とは異なっているようだ。
「そうですランプラ。しかしかつては全身で浸かるものだったそうであります!」
「待ってください!アローニアがちゃんと情報を知ってるなんて!また誰か化けてるんじゃ!」
剣士の青年が訝しむ。
「言い過ぎだレパルス、流石に二度同じような手を使ってくるとは思えん、だがよく知っていたなアローニア」
「ふふ、実はあっちに説明が書いてあったのであります!」
アローニアが指差す先には、いい加減な筆跡で書かれた看板がいくつも立っていた。
「……なぜ人の言葉で?」
「いいじゃないでありますか!入りたいであります!行きましょう!」
「……衣服を脱ぐと書いてあるが、だが敵地でそんな無防備な」
看板を検分していたフュリアスは、何故か端に転がっていたその一文を見つけた。
「あー、ほんとでありますなーで、でも……フ--」
「わ、私も……その--」
少女二人はフュリアスをチラリと見、そしてお互いに目を合わせる。
「やれやれ……」
四人の一番後ろにいたレパルスは、いつも通りのその様子をしっかりと見ていた。
立ち止まっている彼らの横を、汚れた格好で通り過ぎる影が。
「聖女候補であるこの私が、何故こんな物の翻訳を--」
「えっ」
「--へ?」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「人前で肌を晒すというのは、やはり……」
エステルは赤面しながら、体を隠すように濁った湯の中へ浸かる。
「……そうでありますな……それにしても」
後に続くアローニア。
「中立地帯ってなんなんでしょうか……」
湯気の立つ湖面の淵から、お湯を手で掬い体に掛けるランプラ。
離れた場所には魔物らしき姿も水面に浮かんでいるが襲ってくる気配も、近付いてくる様子もない。
どれもこれも力の抜けたような顔でお湯に浸かっている。
暗闇の天井には月や星を模した明かりが灯り、ぼんやりと泉を照らしていた。
「クドゥ……魔人曰く絶対に必要らしいですよ」
「エステル様はなぜお一人で?」
「……色々あったのです、魔人と戦ったり」
聖女候補のエステルは微妙な表情で答えを濁した。
「魔人とでありますか!よくぞご無事で!」
「そうでもないのですけどねぇ……」
エステルは髪を弄りながら、乳白色の湯を見つめる。その濁った水面に彼女の顔は映らない。
「本当なら……」
「どうかしました?」
ランプラに俯く顔を覗き込まれ、エステルは我に返った。
「いえ……私には魔人の目的がわからないのです」
「侵略でありましょう?」
「本当に侵略しようというのなら、外に向かって魔物を解き放てば、魔導王国は一気に占領できるでしょう。1週間も待つ必要はありませんよ」
「では一体何が目的で……」
「何か別の意図があるように思えるのは私の思い過ごしでしょうか……」
エステルは魔人が見せた教皇と同じ力を思い出していた。
「こんな場所もあるくらいであります、意外と遊び心のある奴なのかもしれませんな!」
アローニアは浮かびながら思考を放棄していた。
「傍迷惑な遊び心もあったものですねエステル様」
「えぇ……そうですね」
◆◆◆◆◆◆◆◆
少年達は脱衣所の外で装備を点検していた。
仄かに漂うお湯の香り、彼らのいるあたりも、ぼんやりした星のような明かりで照らされていた。
「危険ではないのでしょうか?」
レパルスは剣を磨きながら問いかける。
「彼女が保証するなら仕方ない、教皇領の紋章まで見せられればな……年頃の娘に施すにしては実に悪趣味な位置だが」
「アローニア達だけだと魔術を使われる可能性がありますからな」
"それ"を見ていないレパルスは淡々と言った。
「……知っていたら先に確認させたさ、魔導具でも持たせてな」
そういうフュリアスの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
「フュリアス様には少々早かったですかね?」
すこし茶化すような笑みを浮かべるレパルス。
「貴様とて、そう変わらんだろ」
「英雄色を好むと言いますし、一つ二つは今後の為かと」
「余計なお世話だ」
空の魔力晶に魔力を込め続けるフュリアス。
「その方面で"彼"には何歩か先を行かれてそうですな、して実際のところどうなのでしょうか?」
「何のことだ?」
「アローニアですか?それともランプラですか?」
「……?」
フュリアスのポカンとした顔にため息を吐くレパルス。
「これは、可哀想に」
「さすがに哀れまれるほど僕は物事を知らない訳ではないぞ?」
「……ここまでとは」
「この非常事態に--」
「……まさかエステル様なので?」
「何をいうか、不敬だぞ」
「結局は巡り合わせですから、仕来りは別としても」
「お前は大した信心者だな、レパルスよ」
「我々はいつでも死ねるよう教育されておりますが、そればかりでは」
「僕に横道はないのだ……責任は取らねばならん」
「……」
フュリアスの真っ直ぐに磨かれた鉄杖は、ぼんやりとした光を反射して煌めいた。
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