第23話 フィッシャー家の長男は聖女の為に命をかけるそうです
「それでは参りましょうかエステル様」
装備を整えた少年は、エステルへ手を差し出した。
「……」
エステルはその手を--取らなかった。
「フュリアス様、エステル様には騎士がいらっしゃいますから!」
すかさず間を取り持つアローニア。
「え、あの」
「そうです、やむ得ないとはいえ、その……柔肌を見せた相手に……」
フュリアスを諌めるように両手で手を取り、距離をとらせるランプラ。
「す、すまない」
「ですから一つや二つと言っているのですフュリアス様」
言ったこっちゃないと言わんばかりのレパルス。
「レパルス?余計な事を言ったでありますか?」
アローニアは馬に蹴られそうな青年を睨む。
「いえ、余計なことなんて一つも」
「そうでありますか?……ランプラ?いつまでそうしているのですか?」
「フュリアス様が失礼を働かないようにしているの」
フュリアスの手を握ったまま、しれっとした顔のランプラ。
「エステル様、お気になさらず」
レパルスがやれやれと言った様子で釈明する。
「あ、あの、私は……」
まさか、魔人の元へ戻らねばならないとは言えないエステルには、うまい言い訳が思いつかなかった。
仮に、自分を連れてきた魔族が使っていた回廊へ連れて行っても、すぐに始末される事は容易に想像がついたからだ。
「そ、その……困ります……」
その上で発言できた言葉は曖昧な返事だった。
そして都合が良いのか悪いのか、湯上りで上気していた彼女の頬は考えている事とは関係なく赤く染まっている。
「……まさか、そんな」
「いえ、その……」
ランプラは思わず手を離した。
彼女にとっては、全く思いもよらない方向からの参戦者にして強力な挑戦者である。
「大丈夫です、エステル様、私は分かっているでありますよ!」
エステルの肩を掴むアローニア、その表情は好敵手を見つけたような顔で、何か別のものを悟ったようなものだった。
「へ?」
「言えないのでありますな!」
「そ、そうです、言えないのですよ!」
何か間違っている事には気がついていないエステル。
「……どう言う事なんだレパルス?」
「そうですな、ここはご自分でお考えになられては?フュリアス様の聡明な推理でもって」
「そうか、うむ……なるほど、わかったぞ、僕に任せてくれ」
そしてフュリアスは困惑しているエステルの前に歩み出た。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「エステル様、貴女は僕にとって(戦力として)非常に魅力的だ」
「へ?」
思いもよらない一言に素っ頓な狂声を出してしまうエステル。
「貴女と(この苦境・迷宮を)共に歩んで行きたいのです」
「い、一緒は困るのです……み、見られていますから(魔人の眷属に)」
「その事(恥部に刻印された教皇領の紋章の事を見た事)でしたら、お気になさらないでください、僕は気にしませんし、知ってしまった以上の事はいたします」
「その(監視されている事を知った)上で(それを気にせず)協力しようというのですか?い、一緒に?あ、あなたの命に関わるのですよ?」
やはりか、とフュリアスは一人納得していた。
恥部を見られてしまった場合、添い遂げるか相手を処刑するかという厳格な仕来りを持つ一族がいる事は知っていたからだ。
「如何なる結果になろうと僕は構いません、例えその為に(命を落として)一生を使い切ったとしても」
そしてフュリアスの覚悟は決まっていた。
「一生(添い遂げるというのですか)!?」
レパルスは戦慄していた。
まさかここまで突っ走って行ってしまうとは思いもしなかったからだ。
「……(魔人に対して)貴方に何ができるというのですか?」
「確かに貴女の騎士に比べ、(僕等は)未熟者かもしれませんが、貴女をお守りして(攻略して)いきたいのです」
「……」
エステルは何を言われているのかわからなくなってしまった。
この少年は魔人を全く恐れないどころか、共に立ち向かおうというのだ。
こういった言葉に慣れていないエステルだが、無意識は口説かれているのだと勝手に理解し、身体に異常を齎す。
「もう一度言います、僕は貴女を為に命をかけ、そして守りましょう。僕の手を取ってください」
真剣なフュリアスの表情。
エステルの胸は速波を打っていた。
湯から上がっているのに、顔から火が出るような感覚に陥っていた。
「……ふ、ふぁい、よろしくお願いいたします」
そうしてエステルはフュリアスの手を取った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「な、何が起きたのでありますか?」
アローニアがレパルスに耳打ちする。
「一つや二つと言いましたが……これはまた極端な……いや本人に自覚があるのだろうか?」
惚けてしまったエステルを座らせ、茫然としている従者達の前へ、フュリアスは悔しそうに顔を出した。
「お前達、フィッシャー家の再興はならないやもしれんが、諦めてくれ、僕は一度決めた事を曲げられんのだ」
「な、何をおっしゃるんですかフュリアス様!真逆じゃないですか!」
ランプラはフュリアスが冗談を言っているのかと思いたかった。
「何を言っているんだ?彼女の一族の仕来りに従って、僕は命を絶たねば成らんのだろう?」
「何故そうなるのでありますか!?」
アローニアには突っ込まずにはいられなかった。
「……見られたことで命に関わる事なんて、やはりそう言った仕来りだろう。他に考えられん。それに、再三僕の意思を確認してきたしな、安心しろ、僕の推理はそうそう外れない」
今回に限ってはそうではないと言いたい従者達は頭を抱えた。
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