第21話 ネーデルの戦い

 未だ、映像は復旧していなかった。

さらに追い討ちのような情報がアカーシャから投げられた。


「……ネーデルの反応が消失しました」


「えっ、どういう事?何か持たせてるんじゃなかったの?」


「眷属の応答もありません……」


 ネーデル寮長……どうしてだぁ、なぜなんだ。どうにかしてくれるんじゃないのかぁ。


《まだ判断するには早いだろう、もしお前が最初に期待した通りであるなら、何か策を講じたと考えた方がいい》


そうか、そう言う事もあり得るか。


「至急、近隣の守護者を--」


「大丈夫、ネーデルを信じよう。彼なら無事にここに戻って来るはずだよ」


「クドュリュー様がそう言うなら……」


 これで、余計な手は入らない筈だ。

頼みますよ、ネーデル寮長。

この隙にどうにかしてくれよ、他とないチャンスなんだからね。


《奴が何かしているうちに、作り直す手筈を整えるぞ》


どうやって?アカーシャとか、その眷属がいる限り、簡単になるような事してたらバレちゃうし。


《そう難しい事では無い、お前がその気になればな》



◆◆◆◆◆◆◆◆



「《嘆け、韃靼の羊》」


 唱え、シュルシュルと、脱衣していくマルスィ。


「あ、こらっ、やめるですぅ!」


「コレハ……メノヤリバニ、コマルナ」


 謎の男もとい、ネーデルは視線を逸らしながら次の手を考えていた。


「あらぁ、遠慮なさらなくて結構ですわぁ、恐怖している獲物の方が--」


マルスィは、それを咎められても一切気に留めない。


「そして血を全身で味わった方が美味ですわぁ」


 衣服を投げ捨てた彼女の肌は、漆黒に染まっていた。

足の先は羊のような蹄を持ち、衣服の代わりに白い毛皮を纏う。

ただ、それも申し訳程度に局部を隠すに過ぎず、他は隠していない近かったが。


「ああもう、ちゃんと肌を隠すですぅ!」


一応寝ているサドルの目を塞いでおくハルシィ。


「隠したら肌で返り血を味わえません……わぁ!」


そして距離を詰め、ネーデルに鞭を振るう。


「オット!……ナカナカ、イヤ……カナリキビシイナ」


 何とか防ぐが、後方へ飛ばされたネーデル、彼は仮面の下で冷や汗が流れるのを感じていた。


 見た目はともかく、相手は高位魔術である心器を操る人外。


多少腕に覚えはあるネーデルではあるが、それも人間や一般的な魔物に限った話だ。


「ハタシテ、ドチラガ、マジンダロウナ」


「一緒にされては困りますわぁ!さあ!食事の時間ですわぁ!」


マルスィの体から伸びる蔓、その先端は羊の頭。

それらは大きく口を開けて、獲物を食む為に迫る。


「デハボクモ、ソレナリニ、ガンバラセテモラウヨ! 《オキアガレ!ツチクレヨ!》」


大きな影が蔓の前に立ちはだかる、それは無骨な土塊兵。


「トウッ!」


ネーデルはその中へ飛び乗った。


「心器ではありませんね、その程度では相手になりませんわぁ!」


羊達の蔓がその巨体を締め付け、先程と同じように砕こうとする。


「ハタシテドウカナ!《ガレキノケンヨ!》」


壁のような石の剣が床から生え、土塊兵の両腕ごと蔓を断つ。


「蔦を切ったくらいで!」


直接飛び込んできたマルスィの蹴りが炸裂し、土塊兵の前面の装甲は砕け散った。


「ダロウネ!《ガレキヲココニ!》」


土塊兵から上に抜け出していたネーデルは、瓦礫を降らせる。


「おかしいですわぁ!これで囲んだつもりなんて!」


ほんの少し跳んだマルスィ、彼女が回転しながら放った蹴りは、その衝撃で彼女を囲む障害物を破壊する。


「サスガ、ジンキニハ、カナワナイカ」


「次は、貴方ですわぁ!」


空中のネーデルは翼を持たない。

落ちるしかない彼にはマルスィの蹴りを躱す術は無い。


「《ツチクレヨ、ワレノノゾムクミタテヲ!》」


 砕かれた残骸、落ちる瓦礫がマルスィを中心にして凝縮する。


「こんな拘束なんて……え」


「《サラニ、ギョウコセヨ!イシヨ!》」


彼女は岩の中に顔を残して飲み飲まれ、固まったそれは岩塊となった。


「イクラチカラガ、ツヨクテモ、スベテカタメラレタラ、ウゴケマイ!」


その上に立って杖を構えるネーデル。


「……これはすぐには……動けませんわね」


顔だけが出ているマルスィはそう呟いた。


「……オトナシクシテクレヨ」


「すぐに、と言いましたわぁ……」


岩の隙間という隙間から、夥しい数の根や蔓が伸び、速やかに岩を覆っていく。


「私ひとり分の穴を開けるなんて、簡単ですわぁ!」


押し開いた隙間からマルスィは抜け出し、伸ばした蔓でネーデルを捕まえる。


「……ツカイタクハナカッタノダガ」


「楽しいお遊びも終わりにしましょう」


一本の蔓から巨大な羊の頭が現れ、ネーデルを呑み込んだ。


「味がしませんわ、石みたいな……あら?」


捕まっていたはずのネーデルはそこにはなく、同程度の大きさの土塊兵に変わっていた。


「《擬似領域:無銘騎盤》」


 彼女の背後で短い詠唱を呟いたのは無傷のネーデルであった。


領域によって生み出されたのは土塊の騎士達。

足元には白と黒に塗り分けられた正方形の升目。


「まだ至っていない領域なんて相手になりませんわぁ」


「アア、ベツニ、カツツモリナンテ、ナイカラネ」


「なら、大人しく私の--っ!」


振動。部屋を揺らすそれは耳障りな異音を発した。


「ドウヤラ、マニアッタヨウダ」



◇◆◇◆◇◆◆



「……ネーデルの向かった階層は崩壊、彼らは塔の外へ落下したようです」


アカーシャは淡々と報告した。


「では負けたか、他は?」


フーカは特に驚いた様子もなく聞く。


「守護者の反応もありません」


「なるほど、そうなったか」


顎に手を当て考え込む。


「どうすれば良いでしょうか?」


「そうだな、"我輩"達は待つだけでよい。本でも読みながら、な」


"フーカ"は『虚空塔編集記録』の頁をめくり、口角を釣り上げた。

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