第20話 こくうのきし


「口ほどにもありませんわぁ」


「所詮は人界に降りた末席ですぅ」


「ハァ……ハァ……」


 クリンは既に半死半生で肩で息をしている。

異形の荊は殆どが焼け焦げ、花弁は食い荒らされたように損失していた。


 対照的に二人の少女は傷1つなく、手に持った《心器》が魔力光を帯びて輝いていた。

 

 戦闘が始まってそれほどだったわけではない。

少女達が《心器》を展開してから、ほんの少しの間にクリンは一方的に痛めつけられたのだ。

 

「どちらがトドメを刺すですぅ?」


「美味しくありませんし、お譲りいたしますわぁ」


「同族を食べようという発想がそもそもおかしいですぅ……さて、クリン先生、覚悟はいいですぅ?」


「……タオレルワケニハ」


「《咲け!回炎の花!》」


 ハルシィの槍の刀身が火花を散らしながら回転し、やがて花弁のような形に噴出する炎を纏い始めた。


「いくですぅ!」


 翼を広げ、飛び上がったハルシィは、獲物を仕留める猛禽のように急降下し襲い掛かる。

 螺旋状に噴き出す炎は、彼女自身も飲み込みながら推進力を生み、更なる加速を促す。


「ァァアアア!」


 放つ荊は一瞬にして焼かれ、粉塵に引火して起きる爆発すら物ともせず、一直線に突撃するハルシィ。

 殆ど力を発揮できない今のクリンに、もはや為すすべは無い。


「終わりですぅ!」


そして断罪の炎は異形を焼き尽くした。




◇◇◇◇◇◇◇◇




「やられちゃった……?え、どうなったの?」


 荊が崩壊していく中、映像は途切れた。


「あれは完全に敗北です……映像は暫しお待ち下さい……」


アカーシャは壁へ歩いていった。


《あれを受ければ、ひとたまりもないだろう》


「守護者の風上にもおけません。やはりもっと残虐な者を作らねば……」


壁をさわりながら、何か恐ろしい事を呟くアカーシャ。


 これ以上危険なのを配置されても困るぞ。

誰かすぐに登れるようなの、いないかな?


《忘れているかもしれんが、もっと適任な男が一人おるだろう?》


 え、マヌ爺?嫌だよそんな。

絶対めちゃくちゃ怒られるでしょ。

家出る前にやられた一撃なんて目じゃないくらいにさ。


《今まで一言も言わなかったのは怒られたくないからか……》


 忘れる訳ないでしょ、あの爺さん一人だけ昔の少年漫画みたいな世界観だし。

 

 あのインパクトは頭から離れないよ、だって走るだけで新幹線みたいに風景が消えるんだよ?

どう考えても同じ生命体じゃないでしょ。


《英雄や勇者は人族とは少し違うからな》


 あれで少しなんだ……まあいいや、ともかくマヌ爺に頼るのは禁止ね、絶対だから。


 どうにかして、他でもっと強くて早くここまで来れるような魔術師とか戦士とかを、もっとおびき寄せて攻略させないと。


 流石に100の階層を登ってくるのは、あの子達でも荷が重いだろうし。


《奴に頼らないならば、逆の方向性にするほかあるまい?》


 逆……というと登る方を強くするんじゃなくて登りやすくするって事?

でもそれ試した結果が、手の出せない100階層の迷宮じゃん。


《本当にそうか?少し考えてみろ》


……ネーデルが操作できる場所があるなら、干渉できる場所もどこかにあるとか?


《それもそうだが、作り変えられないのは、お前の魔力の所為なのだろう?お前なら可能なのではないか?》


んー、サンドボックス系は苦手なんだよなぁ……だからネーデルに頼ったんだけども……って、そうだ。


「アカーシャ?ネーデルはどうなったの?」


「心配無用です、奴には読み取った記憶から再現した装備を持たせております」


「誰の記憶……?」


「フーカ様のです!」


アカーシャは自信満々に答えた。


「えぇ……」




◆◆◆◆◆◆◆◆




「ドウヤラ……マニアッタヨウダネ」


「……タスカッタ……ノカ」


力尽きたクリンは気絶し、彼女の姿は元の服装に戻った。


 豪炎は、"アカーシャの眷属の異形"を焼き尽くしていた、クリンには火傷ひとつない。


「センセイ、ユックリヤスンデクダサイ」


 異形を盾にした者は、見るからに怪しい仮面を付け、口元に布を巻いて顔を隠していた。


 背格好から男であるのは、誰が見ても一目瞭然であったが、マルスィやハルシィにはそれが件の魔人なのか判別がつかない。


「っ!……何者ですぅ!」


ハルシィは、用心深くマルスィの下へ後退し、様子を伺う。


「ソウダナ……"コクウビショウネン"、トデモナノッテオコウカ!」


 踵を鳴らし、仮面の男は見得を切った。

空気は一変した。

たった一言で、これまでの剣呑な雰囲気は損なわれる。


「うわぁ、美少年って……」


「ハンノウガワルイナ、アカーシャハ、コレガサイテキダト……」


 ドン引きするハルシィとは全く違う事を考えている者がいた。


「魔人ならクリン先生よりか美味しそうですわぁ……」


 舌舐めずりするマルスィ。

その頭の中を占めるのは即ち、食欲である。


「なるべく嫌な音は聞きたくないですぅ、言葉の意味がわかるですぅ?」


「起きるまで、ですわぁ。ですのでちょおっとだけ、魔力消費の少ないわたくしが、クヒヒ、お相手いたしますわぁ」


「サドル様を見ておくですぅ……」


ハルシィは部屋の隅で保護されているサドルの下へ。


「コトヲカマエルツモリハナイ!サラバダ、センセイハ、カイシュウサセテ--」


「それは通りませんわぁ」


マルスィの蔓が迫る。


「ヨテイヘンコウカ、《土塊よ、我の望む組み換えを!》」


両者の間に魔術で作られた土壁がせり上がっていく。


「それで止められるとでも?」


土壁の表面に蔓が這い、そして締め付けられた壁は砕け散った。


「ボクトシテハ、カエラセテ、クレタホウガ、キミタチノタメ、ナンダケドナ……」


「余計なお世話ですわぁ!私達は"遊びに来た"だけですもの!」


「シカタナイ、デハ、オアソビニ、ツキアッテアゲヨウ!」


「《第13位権限において宣言する!挑戦者はマルスィ・ルタート!勝敗条件は戦闘不能、序列線の制約に従い、参加者以外の攻撃を禁じる!》」


「攻撃を禁じる……?」


マルスィは、試しにハルシィに向かって魔力晶を投げた。すると途中で見えない壁に弾かれ落ちる。


「序列戦……なるほど、わかりましたわぁ」


「コレデオタガイニ、ダイジナモノガ、マモレルカラネ」


「……あなた、もしかして--」


「バレテシマッテハ、シカタナイカ、ソウダ、ボクハ--」


「--クリン先生の事が好きなのでしょうか?」


「エ、イヤ、エ?ナゼ、ソウナル?」


「隠す事はありません、愛に生きるのは素敵な事ですわぁ」


「そうじゃなくて、先生の事を先生と呼んで、土の魔術を使う序列戦13位って言ったら誰かわかるんじゃないかっ!?」


思わず口元に巻いていた布を取る男。


「……どなた?」


謎の男は黙って布を巻き直した。

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