第19話 夢幻を破る
「この僕がいる限り!勝利は揺るがないさ!何故なら僕はアスフィア・リンドブルム・デール・ウルファ・シムクロティ・サドルなのだから!」
サドルは何時ものように啖呵を切る、学園の生徒に見慣れた風景だ。
「そうですね、殿下なら"拳一つで"こんな迷宮吹きとばせてしまうでしょう」
見慣れているが故に、今更それに茶々は入れない。暗黙の了解なのである。
「ああ!見せてやろう、今必殺のぉぉ!《覇王拳!》」
サドルが放った技は単に魔力の波動を流すだけのハッタリだ。
しかしそれを知っているのは従者のハルシィとマルスィ……それとフュリアスの三人のみ。
他の者はそれが必殺の一撃だと信じ込んでいる。
勿論、サドルもだ。
故に、認識で変化するこの領域の中では--それは見かけ通りの絶大な威力の攻撃へと変化する。
「くっ!」
吹き荒れる魔力の波動が荊を薙ぎ倒す。
指向性を持って迫るそれから、蔓を伸ばして離脱したターリア。
「避けましたね……先生?"そんな威力の攻撃に見えた"のですか?」
フュリアスはそう追い詰める。
「何を言った所でここは私の夢の中っ!私に利が……って何をしているんですか!?」
「何って……切ったんです…よ」
フュリアスが持ち上げた手の平は血に濡れ、足元の泥は赤く染まっていた。
「な、《名も無き精霊よ!その者の傷を癒し給え!》」
ターリアは思わず、回復魔術を放つ。
「もう遅い……です《我を血を贄にーー》《夢喰いの》《幻獣よ、我の呼びかけに答えよ!》」
「フュリアス様!」
従者が悲鳴のように叫んだ。
「その為の……魔力晶……だ」
そしてフュリアスは懐に持っていた大量の魔力晶を掲げる。
彼が倒れ、代わりに起き上がったのは彼の数倍はあろうかと言う幻獣。
白と黒の体毛を持つ巨躯の大熊であった。
「おお!獏ではないか!?どれっ!」
大熊を見て、無邪気に喜び、その上に飛び乗るサドル。
それは、夢を食う幻獣、獏。
眠りと夢を介して、あらゆる認識を改変するクリンの魔術にとっては天敵と言えるだろう。
「《この、夢、を、獏よ》」
フュリアスは分かる限りの魔術語で語りかける。
「《幻獣よ、退却せよ!》」
ターリアは送還術を試みるが大熊には効いたような様子はない。
「くっ!やはり戻らないか!」
「ふはは!--え、おい!なにをする!うぉぉ!」
大熊に掴まれ、投げ飛ばされたサドルは彼らの視界から消えた。
「殿下は何をやってるんだ……」
そして、大熊が口を開け、周囲の魔力光を吸い込み始めた。
瞬く間に迷宮の景色は殺風景な迷宮へと戻っていき、生徒達を拘束していた荊も消える。
「ワタシノ、リョウイキガ……」
ターリアの姿は荊の塊のような異形へと変わった。
周囲を見回す大熊はその異形を見ると、直ぐに襲いかかる。
「セイギョ、サレテイナイカ、メンドウナ!」
暴れる大熊を避け、回復魔術師の少女がフュリアスへ駆け寄った。
「大丈夫ですか、フュリアス様」
「やはり元は使い魔か……なら後は簡単だ」
「しっかりしてください!フュリアス様!《名も無き精霊よ!この者の傷を癒し給え!》……っ顔色が……」
傷は塞がったものの、フュリアスの青ざめた顔色に変化はない。
「……なに、捧げたと"思っている"間は戻らないさ」
ヨロヨロと立ち上がるフュリアス。
「さて……クリン先生?今度こそ降参して貰いましょうか?」
大熊の攻撃を避ける異形を見てそう言う。
「リョウイキヲ、イチブヤブッタテイドデ!」
「……僕は領域を破っていませんよ先生?先生は、"幻獣を召喚され領域を破られた"と認識したんです」
「フュリアス様?でも現に獏を召喚して……え?」
回復魔術師の少女が幻獣の方を見ると、大熊は消えかかっていた。
「領域を破れる程の幻獣なんて、そうそう呼べる訳ありませんよ。まあ、大量の魔力があれば出来るかも知れませんが、生憎持ち合わせが……」
そう言って"最初から空だった"いくつもの魔力晶を見せるフュリアス。
「キサマ!ダマシタナ!」
「騙すも何も、先生がそう認識しただけです。先生の思ったようになる領域なら、そう思わせたらいいだけの事でしょう?」
そして、大熊は完全に消えた。
「ワザワザ、オシエテクレテ、タスカリマシタヨ!」
異形は一直線にフュリアスへ肉薄する。
「サア!ドロノヨウニネムレ!」
「わざわざお話するのだって意味はありますよ?」
異形はフュリアスにトドメを刺そうとした。
だが、それがフュリアスの元へ辿り着くことはなかった。
「ナン……ダト」
「なんだこいつは、弱すぎないか?」
背後から一撃を浴びせたサドルがそう呟いた。
異形はそのまま砕け散り、領域は崩壊を始めた。
風景にヒビが走り、ボロボロと砕けてゆく。
「お見事。起点が単純な使い魔で助かりましたよ……おや?殿下?」
「む、どうやら領域が解けるようだな」
サドルの姿は透けてゆく。
「今回は"我々"の勝利だな!」
文句を言いたいフュリアスだったが、それは仕舞っておく事にした。
「……決着をつけるのはまた今度にしましょう」
そうして、サドルが差し出した手を握り、二人は握手を交わした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます