第18話 夢幻の領域

 柄にもなく、ネーデルが慌てていた。


「心器だと……!?不味い、不味すぎる。今の先生一人で彼女達の相手をするのは危険だ!」


「そんなに不味い事なの?固有k……あ、領域だったか、領域の方が強そうだけど」


「知らないのか?属性領域なんて適性さえあれば誰でも出せる!だが心器は別だ!」


……宝貝って事?それとも具の方?いや、創造とか流出とか言う奴?


《……見た限りで推測するなら、領域とやらよりか幾分か上級だろうな》


そういえば、なんかあの子達が人じゃないとか言ってなかった?


《ああ、やつらは天族だ》


人の味方っぽいような感じ?


《そう言うわけでもないのだが……取り敢えず魔族の敵対者と覚えておけば良い》


「今あの階層近くにいるのはどれもアカーシャ様の部下だけだ。彼らでは頼りない!」


「人族、私の眷属では不足だと?」


「……あれは今の人族が持ちうる限りの中で最も優れた魔術兵装だ、それに、あの魔力の量はあそこにいるクリン先生に勝るとも劣らない。意識はあっても、彼女は領域を維持する為に他の大魔術は使えない……詰みだ」


 なんかめっちゃ早口になってる、あれか、想定外に弱いタイプかこの人。


「どうにかならないの?」


どうにもならないで欲しいけど。


「彼女を救出せねば……」


 え、あの、ネーデル寮長?なりきり過ぎてません?私はまだ信じてますよ?

流石にここまでは演技で貴方もどうにか脱出する手を考えてるんでしょう?


「アカーシャ様、眷属をいくらかつけて下さい!必ず救出してきます!」


「クドゥリュー様?よろしいですか?」


 そうか! ネーデルは下で暴れてる彼女達を無事に攻略要員にする為に手を打つんだろう、きっとそうだ、そうに違いない!


「いいでしょう!頼みました寮長!」


「すぐにでも助け出して見せましょう!《土塊よ!我の望む組み換えを!》」


ネーデルは壁を開いて走っていった。その後にアカーシャの異形の配下が追従する。


……え、壁とかもう動かせないんじゃないの?


《あの小僧が仕掛けたのだろうが……直通路が使えるなら何故、あやつはそれを使って攻め込ませない?》


……本当に信じていいのか寮長さん。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「よくできましたね、フュリアス君」


ターリアは微笑む。


「では、大人しくしてもらいましょうかクリン先生?」


勝利を確信したフュリアス。


「でも惜しかったでありますな!」


しかし、その背には短剣が突きつけられた。


「フュリアス様!」


従者は身動きが取れず、もがくばかり。


「なん……」


 フュリアスが掴んでいたターリアは揺らめく影のようになり、書き換わった。

そこに倒れていたのは荷物持ちの少女。


「私が誰かわかるでありますか?」


背後から"誰か"がそう言う。


「それは……」


「ここに入ってから一度でも私の名前を呼んだでありますか?思い出せないでしょう?」


「何を……」


「それに魔術語を混ぜるなら違和感が無いようにしないと--」


 微笑む少女は端からターリアの姿に書き換わった。


「--見せるものを変えるなんて簡単ですから」


「君が、先生だったのか……」


「半分正解で半分外れですね」


「後学のために、伺っても?」


「……まあ、いいでしょう。私の"領域"では誰もが夢の中、思った通りに改変されるのです……とはいえ起点は必要ですけどね」


「それはそれは……なるほどッ!」


 隠し持っていた空の魔力晶を後ろ手に投げつけるフュリアス。


「--と、ものは投げてはいけませんよ?フュリアス君?」


 ナイフでそれを弾きながらたしなめるクリン。

その隙にフュリアスは体制を整え、ターリアと向き合う位置へと動く。


「必要以上の暴力は良く無いですよ?先生?」


「手加減してあげているというのに--」


クリンが荊をフュリアスに向けて放とうとした瞬間。


「おおおぉぉぉぉぉお」


彼は落ちてきた。


「不覚だった!僕とした事が!ハルシィ!マルスィ!大丈夫かっ!……ん?ここはどこだ?」


 外でクリンがサドルを眠らせた事によって、彼の意識は領域の中へ迷い込んだのだ。


「サドル殿下っ!クリン先生は今魔人の味方です!」


「まさか向こうの私が?……ハルシィとマルスィがいないと言うことは……」


「クリン先生?どこにもいないじゃ無いか?」


サドルは全く状況を理解していなかった。


「そこの少女がクリン先生です殿下!」


「フュリアス!先生が子供っぽいからと言ってこんな子を先生と間違えるなんて酷いぞ!」


「わ、私は子どもっぽくなんか無いです!」


ターリアは思わず反論してしまった。


「ん?ああ、申し訳ないな。フュリアスの馬鹿がクリン先生が魔人の味方だとか言うのでな!」


「くっ!やはり殿下には理解できなかったかっ!」


「理解できていないのは貴様だフュリアス!クリン先生はちゃんと大人だったぞ!この目で見た!」


「……え?何を見たんですか?」


「すまないが言えない!子供の君には話せないのだ!」


「だから私は子どもじゃないと!」


「そういう風に一々拘るのが子供である証拠だ、クリン先生なら笑って流すだろう!」


ターリアの表情は一気に曇る。


「で、殿下、そ、それ以上はやめたほうがいいですよ!」


「すまないが、僕は早く戻らねばならん!出口はどこだ!」


「どうやら君らにはきついお仕置きが必要なようですね」


荊が伸び、サドル、フュリアスに迫る。


「くっ!どうすれば!」


「おおっ、なんだなんだ?」


 フュリアスは必死になって避けたが、サドルは全く恐れる事なく、最小限の動きでそれを躱す。


「クリン先生みたいな魔術を使うのだな!」


「殿下!ともかく、この領域を破らないとここから出られません!」


「領域?そこの子が?そんなの"出来る訳ないだろう"?どう見ても、"同級生くらいの子供"にしか見えないぞ?」


「……!先程から何度も何度もッ!」


 ターリアはサドルの発言に怒り心頭の様子だったが、フュリアスは何か不自然な印象を受けた。


「こんな荊"効くわけないだろう"?ほっ、はっ!」


荊をいとも簡単に叩き落とすサドル。


「殿下!?」


 フュリアスの記憶では、魔力以外は自分とそう変わらないはずのサドルである。

それが妙に冴えた動きで戦っているのだ。


「……!"殿下はそこまで強くない"!お前は先生の作った幻影だな!」


「えっ、違いますけど」


ターリアは予想外の発言に驚き、素の反応を返した。


「不敬だぞフュリアス!僕は僕以外に存在しな……うおっ」


サドルの動きは急に鈍くなり、荊に当たりそうになる。


「そういう事か……」


フュリアスの気づきは確信へ至った。


「遊びはここまでです!さあ!私の領域で眠りなさい!」


「ええ、お遊びは終わりです--僕達の勝利で」

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