第15話 推理と呼ぶには真相に遠く
ターリアと名乗る少女に助けられたフュリアス一行は彼女の魔術で錯乱から脱し、荊の迷宮を進んでいた。
「……君は何年生なんだ?」
フュリアスは道中、ターリアへ幾度も質問を投げていた。
「私はアドルノ寮の1年生です……寮の中にいたので、この塔が出現した時に飲み込まれてしまったんです……」
「……そうか、だがあの魔術の腕だ、一人でも問題なかったのだろう?」
「いいえ、一人ではとても……ここで身を潜めるのが精一杯で……フュリアスさんが回復してなかったら……不意打ちも難しかったです……」
照れたように髪を触るターリア。彼女の髪は鮮やかな緑の髪だった。
「……珍しい髪の色をしているな?」
フュリアスはなんの遠慮もなく、その髪の毛に触れた。彩度の高い色は魔力を髪の毛に蓄える人種のみがもつ特徴だ。
「え、ええ。父方の血です……」
更に顔を赤らめるターリア。
「……そうか」
「フュリアス様?近すぎるのではありませんか?」
ターリアに対して妙に距離が近いフュリアスに、荷物持ちの少女が聞いた。
「……か弱い女子を守るのは紳士の役目だ」
そう言うフュリアスの目は何か別の事を考えているような目に映った。
「助けられたくせに……いいのでありますか?アドルノ寮でありますよ?」
「生徒はなるべく回収していくと言っただろう?」
「それはそうでありますが……」
荷物持ちの少女はただただ不服そうな様子であった。
彼らは会話しつつも警戒を怠らなかったが、辺りに魔物の気配も魔力光も無く、一行を遮るものは、荊の壁と徐々に悪くなっていく足場だけであった。
「そろそろです、私がいつも隠れている場所は……」
ぬかるんだ道を乗り越え、一行はようやく彼女の隠れ家へ到着した。
「やっと休憩でありますか?」
「ええ、それはもう」
「それにしては足場が悪いような……」
「そんな事ありませんよ、私にとっては最適な場所です」
「え?」
「--泥のように眠れますからね」
全員がそこへ足を踏み入れた瞬間、泥の中から大量の荊が伸び、フュリアス達をその場に拘束した。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「こんな簡単に連れてこれるとは思いませんでした」
「た、ターリアちゃん?何を言ってるでありますか?冗談はやめてほしいであります!」
「最初から貴方達は、私の掌の上」
「だろうな。全て幻影術魔術だったんだろ?」
フュリアスは拳を握り締めながら聞く。
「気がついていたのですか?」
「ああ、やっぱりそうなのだな。まあ、今君自身が答えてくれたようなものではないか?」
「何を?」
「古典的なカマかけに引っかかってくれてよかったよ」
「!」
「さて種明かしをしようか。先ずは一つ目、君は明らかにおかしな事を言っている。何かわかるか?」
「……?」
「実に初歩的な話だと思うがな。一週間前にアドルノ寮の中にいて塔の出現に飲み込まれ、この階層から出ていない生徒が、なぜ、"ここが塔である"と分かる?……後から入った人間以外そんな事はわからないはずだ」
「なるほど?」
「それに、恥ずかしい話だが、僕は《名もなき精霊に呼びかける》のが苦手でね」
「確かにフュリアス様が二人も回復できるとは思いませんでした……」
従者の一人が言う。
「だから言っただろ?"いつまでも未熟ではない"と、魔力晶を使えばなんとか、二人までは行使できるように学園で訓練したのさ」
「……だから?」
「正直に言うと"あの時、僕は自分自身にしか魔術を使えなかった"」
「……は?」
「状況的に考えて、あの場で二人分回復できる能力があるなら、態々、魔力晶で増強した魔力で、それをしない道理はない……普通なら」
「何故使わなかったのですか?」
「僕の魔術でその《幻覚から》回復できるとも限らないし、得意でもない魔術、自分も錯乱している状態だ。何か誤れば、怪我じゃ済まない。まあ、君はそういう初歩的なミスは想像もしない人間なんだろう」
「……」
「そうなると、何故僕の魔術で僕を含め二人の症状が治ったのか、という事になる」
「……なぜでありますか?フュリアス様は自分にしか使ってないでありますよ?」
「僕の推測を言うと、そもそも"音響魔術による錯乱自体が起こっていない"からだ」
「え?でも現に変な物を見ましたよ?」
「変な物なら、僕達はずっとここで見続けているだろう?」
「……どういうことでありますか?」
「ここはどこだ?宙に浮かぶ塔の中だろう?何故室内なのに日の光が射してるんだ?」
「それは魔人が作った迷宮だからじゃ……?」
「先入観だ、不可思議な迷宮なら、鹿が音響魔術を使ってもおかしくないと思わされたのだよ」
「……いつまで君の推理ごっこを聴き続ければいい?」
ターリアが話を遮る。
「僕らはここで脱落だろうから最後まで聞いてもらいたいな」
「そうですか」
「つまり、"音響魔術を受けて錯乱したような光景"を見せていただけだ。そして、僕がそれを《目覚めさせよ》と魔術を使ったから治ったように見せた。……ただ相手にとって誤算だったのは僕が使おうとした魔術の範囲だ」
「……でもそれだと……」
荷物持ちの少女が疑問を口にする。
「……幻影魔術を使っている人間が僕と関係のない他の人間なら、起こり得ない。ですよね……先生?」
「先生?えっ、どういう事でありますか?」
「学園で訓練するのに教師に師事しない奴はあまり多くないと思うが」
「という事は……」
「後から侵入し、ここが塔であると知っている。そして僕が今使える回復魔術の程度を知っている相手。僕が教わったクリン先生以外には考えにくい」
「それが分かったところで、何になりますか?」
「十分、意義がありました」
「そうですかでは、では、終わりにしましょう」
荊の触手がフュリアスを貫く。
「--時間稼ぎには」
フュリアスは貫かれたまま触手を辿って、走り、ターリアを掴む。
「……一体なにを?」
「会話に詠唱を混ぜて、解除させてもらったんですよ、《名もなき精霊に呼びかける、幻覚から目覚めさせよ》ってね。今の僕には先生がいるようにしか見えませんよ?」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「そろそろ視点を切り替えましょう。お願いしますアカーシャさん」
「フーカさまの為なら」
ネーデルの言葉に渋々従ったアカーシャが、画面に手をかざすと、映像の中の風景はように変わった。
その中で探索していた生徒たちの様子が流れた。
「……会話ばかりでよくわからない」
いや、まあ、確かに私の迷宮のイメージとは会ってるけど、問題はその後だ。幻影がどうのとか意味不明すぎる。
「それで結局、あの階層はどういう事だったの?」
「侵入した者を眠らせ、クリン先生の夢を見せる領域顕現と同期させる階層だ。見せる夢はフーカ君の迷宮に関する記憶を使ってるけどね」
「それで?なんか負けそうな感じだけど?」
まあ突破してくれるなら、ありがたい限りだ。
「あくまで夢だからね。現実のクリン先生は傷一つ付かない。あの階層に足を踏み入れたら最後、養分としてあの領域を顕現させ続けるのさ」
……まさかの夢オチか。なんかかなり頑張って推理とかしてたのにあんまりじゃないそれ?
《わざわざ倒せるようにすると思うか?》
すると思ってたんだよ……協力者なら……あ、そうか、どうにかして本体を叩くとかいう奴か?
「クリン先生も寝てるんじゃ無防備なんじゃない?」
「迷宮の補助で、彼女は限りなく起きている状態に近い、……強力な魔術は使えないけどね。まあ、彼女は同じ階層にはいないから」
どうやって攻略すんのさ。
ん……?見えないとこから魔術をかけるの無理って前にモモ言ってなかったけ?
《侵入者自身に魔術をかけさせるのであろう、それならば射程は関係ない》
……そもそも領域顕現って何?
《見た限り、空間を書き換えて自身の魔術強化しているのだろう。『魔法』が使える我々には無縁だ》
……もしかしてそれ、固有な無限に剣が出てくる奴じゃない?
《なんだそれは人族にはそんな魔術があるのか?》
私達のロマンだよ。自分の心の中を外に塗り替えるとかなんとか。
《魔術は知らんのに何故そんな事を知っておる?》
……私だって知りたいわ。
「もし仮に突破されるとしたらどんな時なの?」
「転移魔術でも使って直接クリン先生を叩いて、かつ自立してる領域の方をどうにかされた時だね」
え、なにそれ、クリアできるの?
「転移術なんて適性殆どないから教えてる人もいないしまあ、ほぼ不可能だね」
これは転移術持ちの奴が現れるフラグだ!
《そう都合よく現れるか?》
じゃないと話が進まないだろっ!
《この世は物語の様にはいかんわ》
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