第14話 フュリアスと荊の迷宮


「……ネーデル君、説明を」


「君に"君"付けで呼ばれるのは違和感をーー」


「態度がなってませんよ人族?」


隣に立つアカーシャがネーデルの発言に割り込んだ。


「ふふ、申し訳ありません、魔人クドゥリュー様。何なりとお呼びください。--これでよろしいかな?アカーシャ様」


「分かればよいのです」


恭しくなったネーデルの態度に満足げなアカーシャ。


「この人は一応私の先輩だからね、アカーシャちゃん。あまり怒らないであげて」


「クドゥリューさま、ダメなものはダメというべき」


それを今、君に言ってるんだよなぁ。まあいいか。


「……本題に戻りましょう。それで?」


「ああ!君が望む難解で複雑な史上最大の迷宮が完成したんだよ!」


「えっ?」


「指示書には、守護者達を迷宮から分離させろ、とあったが、そこを変更し、10階毎に守護者が置くことした」


被害者出さない方針って書いたのに。言葉だって聖女ちゃんに翻訳させてるから間違いは無いはずだし……ネーデルには何か考えがあるのか?


「そして、建築の管理を其奴らと眷属達に分担したのさ、君の設計図は簡素なように見えて全てが詰まっていたよ!お陰で最高の作品が出来たと自負している!」


「いや、あの……私の希望は……」


「はははは!どうせ君の命令には逆らえないんだ!禁止されてきた罠の構想を実現することができて最高の気分だよ!」


……もしかしてこの人って常識人枠じゃ、ない?


《あの寮にいる生徒の長だろう?まともな人間なわけあるか》


取り敢えず生徒達の様子を見てみよう。もしかしたら突破できるかもしれないし……



◆◆◆◆◆◆◆◆



触手から逃れた生徒達は、荊で出来た森のような迷宮の中、甘い香りのする花々が咲く草地を見つけた。


辺りは昼のように明るく、灯りは必要そうもない。彼らはそこで一旦休憩し、準備を整えていた。


「サドル達のような奴らに手柄は渡さん。解決するのは我々だ……」


迷宮へ乗り込んだ生徒のフュリアスは魔晶を握りしめ、迷宮の先を睨む。彼は今回の件で武勲を上げるべく、貴族である家の命を負っていた。


「フュリアス様、やはり荊は燃えません。諦めて道の通りに進むしか無いかと」


「やむ負えまい、想定内だ」


「捕まった生徒達はどうしますか?」


「探し出して回収だ、我々は救出もしなければならない」


「お待たせであります!道はある程度見てきたであります!」


「ご苦労!よし、気を引き閉めろよ、僕がコレを使うような事態にならないようにな」


フュリアスの手の中で魔力晶が輝く。


「そんな事言って、いつものように直ぐ使わないで下さいよ?召喚術ならまだしも、フュリアス様の回復魔術を受けるくらいなら自分で治したほうがマシですから。」


「言ってろ、いつまでも未熟な僕ではないさ」


意気揚々と迷宮を歩いていくフュリアス達。足取りは軽く、それは彼らの経験を物語っているようである。


「フュリアス様!前方に気配が!」


「構えよ!」


荊の壁で区切られた小道を進むフュリアス達は通路の先で動く影を見付ける。


目を凝らしてみたところ、 大きな草の陰にリスのような、小動物の姿を発見した。


その動物はフュリアス達に怯える様子もなく、小さな声で鳴いてすり寄ってくる。


「……なんだ、一体?」


「ただの動物ですか、警戒して損しましたね」


「何か大人しくて可愛いですね」


「ちょっと触ってもいいでありますか?」


「……ほどほどにしておけよ」


しかし、その瞬間、首を傾げていたリスは体を駆け上がる!


リスは背中のバックパックに首を入れると、荷物を咥え、逃げていった。


「あ、こらっ!」


「遊んでいる暇はない、置いて行くぞ」


「それが…退却用の魔導具を!」


「何をしているっ!早く回収しろっ!」


「もうダメです!逃げられました!」


「もういい、行くぞ」


「幸いまだ予備があるので……え」


「どうした!何かあったか!」


「前方に魔力光!」


襲いかかってきたのは子鹿だった。


「……先ほどのように気を抜くなよ!」


「了解であります!《土精よ!礫をここに!》」


荷物持ちの少女が放った礫は子鹿の脳天に直撃し、たった一撃で絶命した。


「あれ?そんなに強く無いでありますな……?」


「なんだ、魔人の迷宮も大した事ないな」


その後も、次々と現れる子鹿や小動物のような魔物を屠っていく一行。


「こんな簡単なダンジョン如きに先輩方は一体何を手こずっているのやら……」


何か物足りなさを感じながら、道を進んでいく。彼らは自分達が迷い込んだ場所がただの迷宮ではない事なぞ、とうに頭の中から消えていた。


「……!! 何かが、壁を乗り越えて来ます!」


「ふん!さっさと片付けーー」


《◼️◾︎◾︎◾︎◼️◾︎◾︎!! 》


迷宮に響く雄叫びを上げ、一匹の巨大な鹿がそこに居た。


「所詮鹿だ!一斉にかかるぞ……何をしてっ!? 」


フュリアスの頬に掠る何か。それは鹿の角。周りに居たはずの味方は消え、そこには同じような鹿が現れていた。


「◼️◾︎◾︎◼︎◾︎◼️」


次々に襲い来る何匹もの鹿。


「ーーそうか!その鳴き声!音響魔術かっ!!」


彼は瞬時に看破した。以前似たような経験を持っていたからだ。


「鹿の癖に生意気なっ!!《名も無き精霊よ、惑うものを目覚めさせよ!》」


フュリアスは魔力晶を砕いて唱える。


「……はっ!? フュリアス様、なぜ私を」


すると今まで鹿に見えていた仲間の姿がはっきり元に戻った。従者の一人も錯乱から回復したようだ。


「……いや、今は良い!早く……鹿を!」


フュリアスは二人とも対象にして回復魔術を発動させたられた事に驚いたが、そのことは頭の隅に追いやった。


鹿はその強靭な脚力で跳ね回り、フュリアス達を蹴りつけ、弾き飛ばす。


「くっ!本当に草食動物なのかっ!?」


「フュリアス様!ここは一旦退却を!」


「鹿ごときに全滅させられるなどあってはならん!」


「……!!フュリアス様!避けてください!」


避けきれず、今にもフュリアスに鹿の脚が直撃しようという、その瞬間。


「《光よ!悪しきを切り裂け!》」


どこからか放たれた光の斬撃が鹿を退けた。


「皆さん!こっちです!」


茂みの隙間から呼ぶ声。その茂みへ未だに錯乱していた生徒達の手を引き飛び込む。


「助かった!」


「いいえ、お安い御用です。それが私の役目ですから」


「……君は?」


「私の事はターリアとお呼び下さい」



◆◆◆◆◆◆◆◆



「……あれはどういう事?」


「先生に協力してもらった階層だね、あの階層は非常に良い完成度だと言えるだろう」


ネーデルは妙に楽しそうである。それはそうだろうな。好き勝手にできるんだし。救出とか考えてなさそうだし。


「クドゥリューさまの記憶を一部利用させてもらいました」


膝の上のアカーシャも自慢げである。……あれ?100層全て完成したって言った後に私の記憶読み取ってなかったっけ?


《……お前はよく寝るからな》


えっ、何それ怖いんだけど。寝てる間になんかされてるの?


《少なくとも死んでおらんから安心しろ》


「アカーシャ?私が寝てる間に何かした?」


「……その、えっと、言えません!」


それなんかしたって事やん。……ん?今のアカーシャってどうやって記憶読み込んでるんだろ?


《起きた時に耳の辺りが濡れてないか?つまりそういう事だ》


どういう事だよ……あれ?もし記憶が完璧に読み込めてるとしたら、私の考える脱出プランはバレてるんじゃないの?


《……我輩には分からん。わかった上での行動とすると腑に落ちない点が多い》


まあ仮にバレてるとしたら洗脳なり何なりされてそうだし。今のところ、私変な事言ったりしてないよね?


《安心しろ》


よかった。流石にそうなってたら、もう手の打ちようがない。魔人として始末される未来しか無くなるし。


《お前はいつも変だから何の問題ない》


そういう意味かい!


「階層の説明を続けても?」


「あ、ええ、よろしくお願いします」


「あの階層は簡単なように見せて非常に複雑に構成されているのさ」


「確かに私の注文通りに簡単そうだけど、他に何かあるようには見えないよ?」


私としてはそうなった方が喜ばしいが。


「今はそう見えているが、後から結果がわかる。まあ、彼らの視点に立たないと、あの階層の真髄は分からないんだが……」


「彼らの視点?どういう事?」


「クドゥリューさま、すぐにわかると思いますよ」


「そうかなぁ、私にはタダの簡単なダンジョンにしか見えないんだけどなぁ」


「まあ、ゆっくり眺めようじゃないか、彼らが無様に踊る様を……ね」


ネーデルは心底楽しそうだ。邪悪な笑みっていうのは多分こう言う奴なんだろう。


……こいつ本当に洗脳されてないのかな?

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