第16話 荊の姫

「無様だなメルセン? 生徒に担がれて帰ってくるとは」


 第六王女は運び込まれたメルセンにどうしようもないものを見る目を向け、そう言った。


「返す言葉もありません」


 すっかり正気に戻ったメルセン。しかし身体中に包帯を巻かれ、片腕は吊り下げられている。


「して、他の者の隊員はどうなっている?」


「捕虜か魔人の手下になってます」


「あの子達以外の生徒はどうなったのだ?」


 帰還するなり、技術者達に連れていかれたレニー、そしてメルセンと同じ部屋に寝かされたシリウス寮の青年、それ以外の生徒は安否の確認が取れていない。


「……おそらくまだあの中でしょう」


火打ち石を取り出すメルセン。


「病室じゃぞ?」


王女の一言で懐の手はまた布団の上へ戻る。


「ああ、いえ、癖で。今は持ってませんし」


「どうかの、お主が切らしておるとは思えんが--」


 小言を言おうとしたガリカの横に文官がやってきた。


「失礼します!ガリカ王女、虚空塔から送られ続けている文章の情報では、かなりの人数が幽閉されていうものかと」


「そうであろうな」


 彼女は報告を聞いても、眉ひとつ動かさない。


「まあよい、魔術の無効化の使い手であるお主が復帰できれば余裕じゃろ」


「あーその事なんですが王女様?」


「なんじゃメルセン?」


「暫く動けそうにありませんね」


「ターリアはどこじゃ、あやつに治療させればすぐにでも復帰できよう?」


「塔の中で日々のストレスを解消してるんじゃないですか?」


「お主は何をしておったのじゃ……全く。それにストレスは主にお前のせいではないかの?」


「何のことでしょうかね?」


「精々ホルムズに取られんようにな?」


「はぁ……冗談もほどほどにしてくださいよ」


「それ以上間抜けな事を言うとお主の口を縫い合わせるぞ?」


「おお、怖い。……気をつけますよ。ご命令とあらば」


「うむ。妹をよろしく頼むぞ?言ってる意味はわかるな?」


「一体どちらが……」


「開かない口の方がいいかの?」


「いえ、なんでもありません。承知しました、王女様」


◆◆◆◆◆◆◆◆


「ナンテ、ラクナショクバダロウ」


 洗脳された教師の一人、建築の管理に回されていたクリンは感動していた。


学園での業務や部隊での任務と違い、面倒ごとを押し付けてくる同僚や上司がいなかったのだ。


「守護者クリン、報告ご苦労。クドゥリュー様もお喜びだろう」


「ハッ!ゼンリョクデハゲミマス!」


 報告する相手が突然年端もいかない少女に変わったのはよく分からないが、恐ろしい肉の塊よりかはマシと考えるとそれ程気にならなかった。


 他にする事と言えば、他の階層に展開している自身の領域を維持し続けることくらい。


 それもアドルノ寮のネーデルと先程の少女のお陰で多少の魔力を込め続けるだけで済んでいる。


「キョウモ、ガンバッタ」


 充実感と疲労感とを胸に守護者のみ与えられた広い自室へ戻る。


 職員寮の簡素な作りと違い、高価な寝具が備え付けられているのも彼女にとって評価が高い点だった。


 その寝具は虚空塔が出現する際に吸収された部屋の物だった。


 アドルノ寮には退学者が多く、新品同然の代物が空き部屋に残されている事が多い。

ただそんな事は彼女は知る由もない。


「……ココデクラソウ」


 同僚から奪った煙草を取り出す。

ここ最近は面倒ごとの始末に追われ、思い人には相変わらず相手にされていなかった。

そんな鬱憤が彼女の手を動かす。


「イツカラダロウ」


 こんなものを吸うようになったのは。

思い人がいつも吸うものだった。

勧められるわけでもなく、ほんの少しの興味でしかなかった。


 その人の世界に少しでも触れることができるなら、そう思って強請った"こんなもの"は、いつからか"それを吸う事自体"が目的になってしまった。


何に火をつけようと、心は変えられないと言うのに。


クリンは魔術を使わず、わざわざ火打ち石を取り出して着火した。


白い溜息は仄暗い天井へ沈殿するように登っていく。


「オセッカイメ」


 放り投げる手紙、魔導具であるそれは宙を舞い消える。

阻害されて届かない事は理解していた。


勢いあまって、煙草から灰が落ちる。


落ちてしまった灰は足元で仄かにくすぶり続けた。


「バカラシイ」


それを踏み潰す事も出来ず、クリンはただ煙を吐き出した。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「おぉぉぉぉぉ!」


「シィの翼じゃ、重過ぎですぅ!」


「スィの蔦も限界ですわぁ!」


 迷宮を進むサドル、マルスィ、ハルシィの三人は、塔の中を落下していた。


 サドルが手をついた脆い壁からその中へ落ちたのだ。


 当然それを追って二人は飛び込む。

しかし魔導具なしで飛行できるのはハルシィのみ。


 ハルシィが翼で飛び、マルスィが蔓で掴んでいたが、どちらも長時間は支えられず限界が近づいていた。


「な、なんで壁の中に穴があるですぅ!」


「そんなの知りませんわぁ!」


 しかし、サドルはそれを危機とは全く考えていなかった。


「答えは簡単だ!これが近道だからだ!」


 彼に根拠はなかったが自信だけはあった。


「落ちる直前に、息を合わせて、風魔術を使うぞ!他に道はない!」


「了解ですわぁ!」


「ですぅ!」


落ち続ける彼らの先に、床が迫る。


「行くぞ!3、2、1、今だ!」


「「「《風精よ!その息吹を此処に!》」」」


 同時に放たれた風は、強い魔力光を宿す迷宮の床の抵抗により跳ね返り、彼らの勢いを殺す、それどころか反対に浮かす程であった。


「成功だ!」


 彼らは知らなかった。

フーカの魔力が満ち満ちた迷宮の床や壁が恐ろしいほどの魔力抵抗力を持つことを。

そして、狭い空間で全力で魔術を放つ事の恐ろしさを。


「上昇し続けてるですぅ!どうするですか!」


「これだ!これを狙っていた!この穴は上にも続いている!」


「なんと、サドル様の深慮遠謀には驚くばかりですわぁ!」


 サドルは落ちる寸前、空洞が上に続いているのを見た事を今思い出したので、そういう事にした。


「いいか!この壁は魔術は跳ね返すが、純粋な力には無力だ!故に!」


凄まじい勢いで上昇する彼らの前に天井が迫る。


「うおぉぉぉ!覇王拳!」


サドルの拳は天井を穿った。

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